第40話 領主

教会での一件があった翌日、俺の泊まっている宿に二人の兵士がやってきた。

 どうやらこの町、リンドンの領主のところの兵士らしく、昨日の一件で領主が俺に話を聞きたいという事での呼び出しだった。


 手配犯という立場上あまりそう言う場には行きたくはないが、断る理由もなく、断れる立場でもない。

 俺は素直に兵士に従い、連行される気分で領主のいる領主館へと向かった。



 兵士達に連れられたのは町の奥にある大きな庭のある屋敷で、そのまま兵士たちと共に屋敷の中へと入って行く。

 無駄に広い廊下を通り抜け、二階の一室まで案内されると、兵士がノックをして外から部屋の主に要件を伝えた後、部屋の中へと入る。


 中に入ると広々とした空間の部屋で一人、資料が積まれた机に座りながら資料に目を通す男がいた。

 見た目の年齢は四〇代くらいで、整った茶髪の髪と髭を持った中々凛々しい顔つきをした男だ。


 男は俺が入ると、資料をいったん机に置き、こちらを目を向け小さくほほ笑む。


「君がティア君だね、話はメンデス君から聞いている。私はこの街リンドンで領主を勤める。コレア・カルタスだ。」


 男がそう名乗ると、こちらも改めて名を名乗る。

 流石に領主に家名を名乗らないのは失礼だと思い、早急に家名を考えるが、アリアから話を聞いていたのか家名を言おうとしたところでカルタスは手で制止をする。

 そして互いの自己紹介が終ったところでコレアが早速要件を切り出してくる。


「さて、君を呼びだしたのは他でもない、昨日一件のお礼を言いたくてね。町外れにある教会にあった隠し部屋を見抜き、行方不明になっていた子供の救出の手助けをしてくれたこと、この地域を任された領主として心から感謝する。だが、君は聞くところによれば商人だと聞く。今回はメンデス君がいたからよかったが一歩間違えば君の身にも危険が及んでいた可能性がある。教会という事で調査を疎かにしてしまった我々が言うのもなんだが、あまり無茶はしないで貰いたい。」

「……以後気を付けます。」


 お礼と説教を続けて言われ少し複雑な気分だが、素直に反省の弁を述べるとコレアも満足そうに頷いた。

 


「さて、説教はここまでとして、次に謝礼の話と行こうか。」

「謝礼?」

「ああ、何か要望はあるかね?」


 報酬はレーグニックからもらう予定だったから考えていなかった、……が、もらえることに越したことはない。


「やはり金ですかね。」


 正直にそう答えると、カルタスは小さく笑う。


「フフ、金か、商人らしいといえばらしいが、この辺りでの有力者のへの口利きもできるのだが?」

「残念ながら自分はまだ駆け出しなもんで、人を紹介された所で、売る品も物資を買う金もありませんから。」

「そうか、ではすぐに用意させよう。」


 カルタスはそう言うと手を叩き、部屋の外で待機している兵士を呼び、金の準備をさせる。


「そう言えば、捕まっていた子供たちは全員無事だったんですかい?」


 金の準備ができるまで時間がかかりそうなので尋ねてみる。

 本当なら黒幕の商人の事も聞いておきたいところだが、生憎俺は教会にいたのは偶々という事にしてあるので商人の存在も知らないことになっている。

 まあそっちは後日レーグニックでも聞いておこう。


「ああ、あの場にいた子達は全員無事だったよ、ただ他にも捕まっている子はいるみたいでね、だが後はこちらで何とかするから安心してくれ。」


 という事は商人を捕える目処が立ったという事か。

 なら、これで俺の役目は終わりだな。


「君がいてくれて本当に助かったよ。改めて礼を言わせてくれ、ありがとう。」

 ……は?


 カルタスは机から立ち上がると俺に向かって頭を下げた。


「町の領主ともあろう者が、たかが一商人に頭を下げるもんじゃ無いですぜ。」

「そうだな、確かに世間ではそれが普通なんだろうな、おかげで私は貴族からよく変な目で見られることが多い、だが私自身、今の自分を変えるつもりはないさ。平民だろうが奴隷だろうが必要な時は感謝もするし謝罪もするし頭も下げる。」


 ……あんたみたいな貴族ばかりならどれほど良かったか。


 その後、戻ってきた兵士から金の入った小さな袋を渡されるとそのまま屋敷を後にした。



「あっ」


 外に出ると、屋敷の門の前にアリアが待機していた。

 そして俺を見つけるや、駆け寄ってくる。


「あの、先ほど宿に行ったらこちらに向かわれたと聞いたので……えっと……昨日は少し気まずい雰囲気のまま別れてしまったので、もう一度話をしておきたくてですね。」


 昨日……ああ、ただの忠告のつもりで言った言葉だったが、彼女は怒られたと捉えたのか。


「別に深く考える必要はない、あれはあくまで俺個人の考えだ、考え方は人それぞれだからな。」

「いえ、ティアさんの言葉に何も返せなかったのも事実です、ですが自分の考えを否定できないも確かなんです……」

「そうか、なら大いに悩めばいい、あんたはまだ若いんだ。騎士団なんて職についていたらこれからいろんな経験をするだろう、その中で自分の考えを固めていけばいいさ。」

「そうですね。……フフ、でもティアさんは凄いですね。ティアさんも十分若いのにもう自分の価値観を持っているなんて」

「俺は若くてもこの短い人生の中で色んな経験を積んできたからな」

「そうなんですね。」


 そう答えると、色々察しているであろうアリアはそれ以上追及しては来なかった。


「あのそれでですね、これからティアさんは元の街へ帰られるんですよね?」

「そのつもりだが?」

「実はその街に私の先輩もおられるのでもしよろしければご一緒しませんか?」


 そう言えば、レーグニックと一緒に来たと言っていたな。

 あまり遠くはないが魔物も賊にも遭遇することはある、彼女ほどの戦力がいれば心強い。


「タダでいいならな。」

「勿論、ご同行なのでお金なんて取りません。ですが民を守る騎士としてしっかり護衛はさせてもらいますよ。」


 なら、断る理由もない

 こうして、俺は短い間だが再びアリアと共に行動する事となった。

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