第110話 矛盾の男

 ――な、なんだこやつは。一体何を言ってるんだ?


 自分の部屋に不法で侵入してきた男の言葉にビビアンは戸惑う。

 どこの誰かはわからないが、そのただならぬ雰囲気から自分への明確な殺意があることがわかる。


「おい!侵入者だ!衛兵早く来い!」


 ビビアンが外に聞こえるように大声で兵士を呼ぶが、兵士が駆けつけてくる気配はない。


 ――なぜだ?なぜ誰も来ない。


 屋敷の中には常に使用人や兵士が巡回しており、叫べば一人くらいには聞こえているはずである。

 だが、誰かが来る様子は全くない。

 黒いオーラを放つ剣を持ちながら男がゆっくりと一歩近づくと、ビビアンはその雰囲気に飲まれ「ひぃ!」と情けない声を上げ後退する。


「お、お前は一体誰だ!何が目的だ⁉」

「竜王会……つったらわかるか?」

「り、竜王会だと⁉」


 ――まさかこんなガキが?いや、という事はやはり鴉の奴が正しかったのか。


 先ほど感じた嫌な予感が的中したと察する。

 竜王会とのしがらみと言えば、あの強引な徴収ぐらいだがあの程度で命を狙ってくるとは思いもしていなかった。

 かといって近々アボットへの支払いがあるので今返すのは難しい。


 ――お、落ち着くのだ。時間を稼げばきっと他の幹部の者たちが帰って来るはず。

 それに最近手に入れたアレもある、ここじゃ使えないが隙を見て外に出られればアレを使ってこんなガキもすぐに殺せるはずだ。とにかく今は時間を稼ぐんだ。


「ま、待て、話し合おう!ワシを生かしておけばお前にもっといい思いをさせられるぞ。」

「へえ、俺と交渉しようってか?面白い、ならお前の価値プレゼンしてみろよ。」


 男はそう言うと、一度剣を腰に収めビビアンのイスに我が物顔で座る。


 ――よし、馬鹿め。とりあえず適当に向こうの喜びそうな条件を言って時間を稼ぐぞ。


「とりあえずこの前の金は全て返そう、そして更にお詫びとしてその倍、いや、三倍の金を払おうではないか!」

「ほう、元々上に払う金がなかったから俺たちに多寡ってきたんだと思ったが、随分余裕があるみたいだな。」


 ――こ、こいつ、何故そのことを……


 アボットから金を要求されていることは周囲には知られないようにしていたはず、だがこの街にはイービルアイという名高い情報組織がいる分、この程度のことは調べれば簡単に出てくるので、そう考えればおかしくはないかもしれない。


 ――向こうもそれなりに調べてきているという事か。


「そ、そうだ!ならお前達を五大盗賊ギルドに任命してやろう、今はちょうど空きがあるからな、その肩書があれば他の貴族からも仕事が増えるぞ。」

「五大盗賊ギルドねえ……」


 その言葉を聞いた男は鼻で嗤った。


「悪いがそんな肩書に価値はない。」

「な、なんだと⁉」


 ――なんて生意気な、本来なら貴様らの様な弱小組織が名乗るなどおこがましいことなんだぞ!


 しかしこれも当然、嘘の条件である。五大盗賊ギルドを決めるには他の四つのギルドにも認められなければならないのでビビアン一人で決められるものではない。

 だからそれすらも断られたことにビビアンは苛立ちを募らせる。


「そ、それならワシと手を組まんか?ワシはノイマンの関係者だ、わしの名があれば大抵の者は手が出せなくなるぞ。」

「それはお前じゃなくてノイマンの名だろ?現状いつ切り捨てられてもおかしくお前と手を組んで何になる。」

「な、なにおう――」

「残念、時間切れだ。」


 反論しようとしたビビアンに対しそう言うと、男は立ち上がり再び剣を取り出す。


「ひぃ!ま、待てもう少し話を――。」


 どんどん後退していくビビアンは気が付けば壁まで追いつめられる。

 すると、そのタイミングでドアノブが回る音が聞こえ部屋の扉が開くと、幹部の一人であるメーテル・ノーマが入ってくる。


「おおお、来たかメーテル!早くそのガキを始末しろ!」


 待ち望んでいた味方の姿を見て、ビビアンが、勢いよく指を指して指示を出す。

 しかし何故かメーテルは男の前に立つと、まるで王の前に伏せるかの如く、その場で膝をつく。


「お待ちしておりました主様。」

「お前もご苦労だったな。」

「いえいえ、これも主様の為ですから。」

「な、なんだと?主って、お前まさか……」

「ええ、私は元々竜王会の者ですから。」


 メーテルがいたずらっぽく笑いネタバレをすると、ビビアンは以前裏切り者がいるという話を思い出す。


「だが、貴様はキーリスの推薦できた者だろ!それが何故――」

「裏切者が一人とは限りませんよ?」

「ま、まさか……」

「キヒヒ、そういう事ですよ」


 どこからともなく奇妙な笑い声が聞こえて来るといつものように宙返りしてジャッカルが姿を現す。


「キヒヒ、楽しんでいただけていますかな?ビビアン様。」

「ジャッカル、まさか貴様も……」


 メーテルはともかく、ジャッカルは数年の付き合いになる、それだけに驚きを隠せていない。


「くそ、誰か―!誰かいないのかー!」


 誰かがどうにかして隙を作ってくれれば外に出られるその思いを込めて叫ぶがやはり誰も来なかった。


 ――


『おい、誰か!』


 壁を屋敷の廊下にビビアンの叫び声が木霊する。


「おい、早くしないとビビアン様が危ないぞ!」

「わ、わかってる!だが、しかし……」


 兵士たちがビビアンの部屋の扉に目を向ける。


「あら、どうかなさいましたか?」


 扉の前には一人の和服の女性が立っており、剣を構える兵士達に首を傾げながら微笑む。


「い、いやなんでも無い……です。」

「フフ、ではもう少しお話ししましょうか?」

「そう……デスネ。」


 その眼、その声、その姿を見た男たちは目がトロンと落ちていき再び釘付け状態になっていく。


 ――


「待ってくれ、わしが悪かった、だから命だけは――。」


 ビビアンは土下座しながらハエのように手を擦り命乞いをする。

 しかし残念ながらそれは無理なはなしだ、何せ元々これが目的でここまで来たんだからな。

 ノイマンの関係者であるビビアンの命をとるためにわざわざこの街を訪れ、時間をかけて情報を探り、そしてその情報から計画を練り準備をしてきた。

 本来ならもう少し準備に時間をかけるつもりだったが、向こうからアヤをつける理由をくれたので動くことになった。

 そして今が最終局面だ。


 俺は頭を床につけて手を擦るビビアン立ち見下ろすと、そのまま容赦なく斬りかかる。

 ……しかし、魔剣からは斬った感触は伝わってこなかった。


「……胸騒ぎがして急いで戻ってきたが、やはり正解だった様だな。」


 気が付けば俺の前からビビアンの姿は消え、少し離れた部屋の隅に老兵の男と共に移っていた。


「決してできた人間とは言えないが、それでもこの者は私の主人には変わりないのでな、悪いがそう簡単には殺させはしない。」

「お、おおおおおおおお!来てくれたのかオギニ・ブランドン!」


 ビビアンはまるで女神に祈るように自分を守った老兵に頭を下げる。


 ……やはり来たか、オギニ・ブランドン

 ジャッカルから情報を聞いてベルゼーヌに次に危険視していた男、滅んだ小国で忠義の将と呼ばれ、そして国王殺し裏切りと称された男。


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