第105話 盗賊ギルドの判断

「傍観よ。」


 ティアマットとの会合から数日後、アルメリアは幹部たちを集めロインに会議での話を一通り説明させた後に一言で方針をを告げた。


「それでは、その子供の言う通りにすると?」

「そうよ、私達には他と違ってビビアンが死んでも大きなデメリットはないもの。私達は殺しも盗みも違法売買もしない。ただ情報を売るだけの仕事、潜伏場所なんて探せばいくらでもあるわ。」


 情報を売る組織であるイービルアイは、他のギルドと違い別に犯罪というほどのことは殆どしていないのでビビアンに守られる必要は特にない。

 なんなら色んな情報を持っている分、情報社会の貴族達にとっては重宝されるような組織だ。

 ただ、買い手に裏の人間が多いことと、情報を得る際にする強引な手段により恨みを買いやすいが戦闘面に関しては強くないので、そういう点に関しては迂闊手が出せないこの街にいる利はあった。


「今回の一件で私たちがやることはこの戦いを傍観し、竜王会の情報を得ることよ。」


 その言葉に殆どの幹部が疑問に感じているのが見てとれる。

 確かに竜王会など今まで様々な組織の情報を入手してきた団員から見れば小さな組織である。


 強い戦闘員が二人いるが、他はそこら中にいるごろつき達と大差はない。

 そして何より頭を務めるのは無能の少年である、今まで様々な組織の情報を得てきた団員達から見れば竜王会はそこら中に転がる石ころ程度の組織であり、注目する理由は見当たらない。


 だが、アルメリアはそうは考えなかった。

 何故アルビンとメーテルほどの人間が無能の少年に従っているのか、そもそもあの少年は本当に無能なのか?全てを結論付けるには圧倒的にまだ情報が足りていない。

 そして実際会ってみたことでその考えは強くなり、他の幹部と同じ考えだったロインも今では見方を変えている、


 アルメリアは既に他のギルドの動きを把握している、はっきり言って竜王会にとっていい情報は殆どない。

 だからこそ、この一件は竜王会の、ティアマットの実力を図るいい機会である。

 もしこれで潰れるならそれまでだが、この状況を乗り越えて、本当にビビアンを殺すことができればティアマットとその組織の名は一気に広まるであろう、そうなればあの子供の情報の価値はこれからも上がるはず。


 ――さて、どうなるか。楽しませね。


 アルメリアがうっすらと笑みを浮かべると、その後は団員が集めてきた新たな情報に聞いて行った。


 ――


「おや?随分忙しそうだね。」


『コトブキ』の店の裏でせっせと運ぶ従業員に指示を出す、揚羽を見て鴉が尋ねる。


「ええ、また新たに発注がきましたからね。」

「ヒヒヒ、そうかい、じゃあ今月はずいぶん稼げそうだねえ。」


 鴉が従業員が運ぶ商品を見ながら頭でその商品の勘定計算をしているのか、ニヤニヤと笑う。


「……」


 ――数日前


「それで、どうするんです?」


 ティアマットが時計台を去り、自然と解散になった会合からの帰り路、揚羽が今日の一件について鴉に尋ねる。


「あんなもん、論ずるに値しないよ。どうせあの小僧が勝つことはありえないからね。」

「と、言いますと?」

「帰り間際に、デオンの小僧から武器の発注依頼が来てね、どうやらあの赤眼の小僧がビビアンを殺る前に影無き蛇の小僧の方が襲うらしい。」


 鴉がそう説明しながら楽し気に笑う。

 恐らくかなりの発注依頼が来たのであろう。


「……なるほど、では私たちは傍観ですか?」

「いいや、これはこれでチャンスだからね。あの小心者の貴族のことだ、きっと今頃魔石の事で慌ててるに違いない。だからデオンの小僧が殺る前にビビアンにあの小僧のことを教えるんだ、そうすればビビアンに大きな貸しが作れる。」

「……つまり、竜王会の提案にはと。」

「まあ、そう言うことになるね。」


 その言葉を聞くと揚羽は一度足を止める、そして何かを考えた後、鴉が気づく前にすぐに歩き出す。


「わかりました、ではその情報を伝えるのはティアマットが動いた後がよろしいかと。」

「ほう、何故だい?」

「話によれば、向こうももう一度魔石の乗った馬車を襲うらしいです。その後に伝えた方が貸しはさらに大きくなりますよ。」

「ヒヒヒ、そりゃあいい考えだ。じゃあそこに関してはお前さんに任せるよ。」


 被害が増えた後の方が犯人の情報の価値が上がる、その提案を鴉は受け入れた。


 ――そして現在、闇越後は竜王会の動きを待っている。


「影無き蛇への武器の方はどうなっているんだい?」

「すでに準備はできています、ですが他の者達には竜王会が動くまで渡さないよう指示しています、先に潰されたら元も子もないので。」

「ヒヒヒ、流石だね。魔石に武器に貸しと、今回だけでもこれだけ儲けが入るとは。竜王会の小僧には感謝せなならんね。」

「……ええ、そうですね、こんな機会はまたとないかと思います、」


 店の中に上機嫌な老婆の笑い声が響く中、揚羽は声を上げずにただ静かにほくそ笑んでいた。


 ――


「叔父上、いらっしゃいますか?」


 ブラッディラビットの団長室に外からノックの音が響くと、ベルゼーヌは入室の許可を出す。 

 すると、ベルゼーヌの面影が少しある若い青年が入ってくる。


「ジルか、どうかしたのか?」

「副団長から話は聞きました。叔父上、どうなさるつもりですか?」


 恐らく、先日の会合のことを言っているのだろうと察すると、ベルゼーヌは部屋にあるソファーにジルを座るよう促す。


「先ほどデオンの奴から連絡がきた、どうやら奴らは竜王会を潰すらしい。」


 それに関してジルは驚いた様子を見せることはない。

 まあデオンの性格を知ってるなら当然だろう、デオンは影無き蛇の先代の団長が死に、まだ若手ながら団長に選ばれた男だが、先代と比べて随分と荒っぽい。

 元々影無き蛇は盗み専門の盗賊ギルドであり、やり方は迅速、そして確実なため盗む際の周りは巻き込まないため被害は最小限であった、

 しかしこの男が襲名してからは荒さが目立ち、標的以外にも被害が多く出ている。

 正直あまり好ましくないが、かといって部外者の自分が口を出すこともない、そしてこの男が皆が集まった場で恥をかかされ黙っている訳がないのは皆が分かっている。


「そして、こちらにも共闘を呼びかけて来た。」

「……叔父上はその話に乗るんですか?」

「……不本意ながらな。」


 そう言うとジルは露骨に嫌な顔をする。

 それを見てため息を吐く。


「仕方あるまい、ビビアンの恩恵を受けているのは我々ブラッディラビットだ、殺し屋家業を生業としている我々にとってはビビアンを殺されるのは不味いのだ、」

「組織のため……ですか?」

「ああ。」


 ベルゼーヌはジルの問いに小さく頷く。

 元はブラッティラビットは今から二十年以上も前、ベルゼーヌとジルの父親でありベルゼーヌの兄である先代の団長、ゲインと二人でコンビを組んでいた殺し屋時代の通り名だった。

 二人の圧倒的な強さに裏社会では知らない者はおらず、その強さに魅了され名のある殺し屋や賞金首が二人に付いてきて、いつしか組織へと成り代わっていた。

 組織に変わってからもブラッティラビットの名はとどまることを知らなかった。

 しかし、今から十年前、騎士団によってゲインが討たれ、弟のベルゼーヌが団長になってから組織は変わってしまった。

 最凶とうたわれた殺し屋集団は鳴りを潜め、今では徹底的に守りに入るようになった。


 元居た街から国も迂闊に手を出せないこの街に拠点を移し、依頼を受ける際にはまず、イービルアイから情報を得て、危険性がないかを確認してから引き受けるようになった。


 そのおかげか、十年で被害は最小限に抑えられており、依頼を確実にこなしていることもあって、評価が落ちたこともない。

 しかし……


 ――……いや


 ジルは頭に言葉がよぎったが首を振って振り払う。


「ならば、我々は参加せずあの男に始末させればいいのでは?」

「恐らくそれは無理だろう、奴ではあの子供は殺せない。」

「ですが無能の子供という話じゃないですか。」

「無能か……」


 ジルの言葉にそう呟くと、ベルゼーヌがフッと笑う。


「そんな言葉に捕らわれるな、無能なんて肩書きは飾りにすぎん。」


 無能だとしても油断はするな、ベルゼーヌはそう伝えたかったがジルには今の言葉が無能の子供を恐れる情けない男の言葉に聞こえていた。


「安心しろ、お前が一人前になるまでこの組織は守り抜く……何としてでもな。」


 そう言うと、ベルゼーヌはジルを部屋に一人残してデオンに返答をしに部屋を出る。

 ベルゼーヌの言葉にジルは唇を噛み締め体を小刻みに振るわせていた。

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