第23話 因果応報

  ギルドと繋がった酒場の一席で、一つだけ大いに盛り上がりを見せる席があった。

 飲んでいるのはこの町で一番のランクのパーティー『高貴なる剣』で、そのランクは今日を持ってCランクからBへと昇格した。


「か〜今日は酒がうまいぜ!」


 パーティーのリーダーであるデビット・ブラハムがランク昇格を肴に木のジョッキに入った酒を美味しそうに一気に飲み干す。


 飲んでいる酒は酒場の中では最高級ではあるが、実家がそこそこの地位にいる貴族であるデビットからしてみれば、家にあるものに比べるとかなり劣るものではあった。

 しかし、それでも今日は記念すべき日ということもあってか、その酒は今までで飲んだどの酒よりも美味しく感じていた。


「しかし、アレだな、ギルドのランク上げも大したことないな。」


 一気飲みをしたデビットが顔を火照らせて言う。

 家の後継者から外された貴族の三男で結成された三人組のパーティーの『高貴なる剣』は三人の実家がある国の西部とは正反対の東部にあるこの街を拠点に活動し、僅か一年足らずでここまでのし上がってきた。


 この早さは数いる冒険者の中でもかなり早く、それこそ現ギルドの中で最強のパーティーと謳われる『光の使者』に匹敵するほどである。


「それもこれもデビット様の威光があってこそですよ。」


 メンバーの一人がヨイショするように告げると、もう一人も同意し、デビット本人もまんざらでもない様子で笑みを見せる。


 だが、実際はその言葉の通りであった。 

 デビットたちが住む国、ベンゼルダは世界四大国と呼ばれるだけあって、王都ベルゼルを中心に東西南北の地方に分かれている。


 人々の生活に欠かせない仕事となっているギルドも王都に拠点を持つ中央本部の下にそれぞれの地方本部があり、更にその下に各街に作られた支部が存在する。


 その中でも東部は他の地方に比べ、爵位の低い貴族が多く、冒険者をしている者達も、ギルドの職員も平民が大半を占めていた。

 そして、西部の貴族であるデビット達がわざわざ東部で活動している理由もそこにあった。


 西部地方でもそれなりの地位にいるブラハム家は東部ではかなり高く、誰も容易には手出しできない存在である。


 その事に目を付けたデビットは、家が同じ派閥に属する貴族達と共にパーティーを結成、東部へと乗り込んできたのだった。

 本来の実力はEランク程度のデビットたちは、依頼の途中放棄、、運搬物資の横領、護衛の依頼では勝てないモンスターを前に依頼主をオトリに使い逃走するなど度々問題を起こしていたが、その事を知った実家から多額の寄附金と圧力をかけられ依頼は全て達成として報告されていた。


 そして、地位と権力もステータスに一種だと考えるデビットはその行動になんの罪悪感も抱かずにいた。


「そういえば、今日来た女の話、どうするんですか?」

 

 ふとパーティーの一人が今日あった出来事を思い出し、話を切り出す。

 それは昼の出来事で、デビットたちは以前遠征時に受けた依頼で護衛した家族連れの商人の娘に出会した。


 その娘は途中で依頼を放棄しておきながら冒険者を続ける自分達に激しく抗議してきたので。いつものごとく権力を駆使して向こうに非があることにして報酬の未払いを理由にギルドが使えなくなるブラックリストに登録しておいた。


 登録を解除して欲しければ報酬を払う様に伝えてはいたが実際に約束は守るのかと、尋ねた仲間に対しデビットは嘲笑した。


「ハッ、あんな端金の報酬だけで許すわけねぇだろ、あの商人には十倍の報酬を要求した後、あの妻と生意気な娘を差し出させる。」

「ああ、確かにあの生意気な女も容姿だけはいいですしね。」


 そう言って、三人がその母娘の事を思い出す。

 その容姿は親子揃って、かなりの美人であった。


 本来なら護衛をしていた際に襲う三段ではあったが、その前に強いモンスターに出会し、三人をおとりに逃げ出したので結局手がつけられていなかった。


「あいつら平民にとってギルドは生きるに欠かせないものだからな、嫌でも受けるだろうよ。でもまあ、女どもを壊れるで楽しんだあとは、ちゃんと約束通り取り消してやるよ、なんたって俺は優しいからな。」

「ハハハ、流石デビット様、平民との約束を守るなんて、なんと優しいお方だ。」


 酒場に三人の大きな笑い声が響き渡り、そのまま三人は朝まで飲み明かした。


――そして、翌日。


 酒場でそのまま眠った三人は、近くから聞こえる喧騒に目を覚ます。

 

「って……クソ、うっせぇなあ、なんの騒ぎだよ?」


 周囲の声が二日酔いに頭に響き、頭を抑えながら隣につながっているギルドの方を見る。

 

「あ?なんだ?」


 すると、依頼の張られた掲示板にいつも以上に人が群がっていた。

 デビットたちも掲示板に近づき、強引に人混みを追い払うとその原因である依頼に目を通す。


「なになに……隣町までの物の運搬……報酬は十万ギル⁉」


 その破格ともいえる報酬に酔いも吹き飛び、思わず声をあげた。

 隣町までの距離は往復日帰りで行ける距離で、出現するモンスターも自分達倒せる奴らばかりだ。

 この手の依頼はよくあるが大体Dランクの依頼で報酬も高くない。

「しかも前金で五万ギルもらえるみたいだぜ?」

「これは頂きだな」

「でも、これ、Aランクの依頼ですよ?」


 仲間の一人が指摘する、これだけ破格の依頼ながら受注しないのはこれが原因だろう。


「へ、こんな依頼がAもするかよ。」


 こんな依頼を高ランク、高報酬で出した依頼主を嘲笑うとデビットはその依頼の書かれた張り紙を引っ剥がし受付まで持っていく。


「おい、この依頼を受けたいんだが」


 そう言って差し出すと、受付嬢は一度驚き目を丸くした後、ペコリと頭を下げた。


「申し訳ありません、こちらはAランクの依頼となっていますので……」

「ああん⁉︎こんな依頼がAランクもするわけねーだろ、大体この町の冒険者の最高ランクは俺達『高貴なる剣』のBが最高だろうし誰も受けられないだろうが!」

「し、しかし……依頼主様からはとても重要な物の運搬になるので出来ればAランク冒険者をと……」

「AもBも大してかわんねぇだろ!おい、俺を誰だと思ってんだ、」


 そう脅すと、受付嬢は慌てて奥へと入って行った。

 そして戻ってくると再び頭を下げる。


「わ、わかりました、では依頼者に連絡します。」

「け、最初から素直にそう言えばいいんだよ。」


 そしてその後、ギルドに訪れた依頼主と対面した。


「……あなた方が依頼を受けてくださる冒険者の方々ですかい?」


 依頼主は着ているローブに付いたフードで顔を隠し、声変わりをしていない子供の様な声と独特の口調でそう尋ねる。


「ああ、『高貴なる剣っ』てもんだ」

「わかりやした、ではこちらを隣町の武器屋まで届けてほしいのです。」


 そう言って安っぽい鍵をつけられた宝箱を渡される。


「中には何が?」

「企業秘密です、ですが、この中の物は大変貴重で、売れば数千万ギルほどの価値があると言われています。」

「す、数千万……」


 その値段に流石の貴族の三人といえど思わず唾を飲む。


「ええ、だからこそ隣町の運搬でも態々Aランクの依頼にしたんです。」


 最初は嘲笑っていた三人のその話を聞くとその依頼に納得を見せる。


「ですので、くれぐれも丁重に扱っていただきたい。」


 そう言って渡されると、三人は手を震わしながらも受け取りその場を後にした。


――


「へへへ、まさかこんなおいしい依頼があったとはな」


 仲間に宝箱を持たせながらデビットは目的の町までの道のりを歩いていく。 

 運んでいる物が物だけに流石の三人も辺りを厳重に警戒しながら足を進める。


 しかし、歩き出してから一時間、ふとデビットが足を止めた。


「どうしたんですか?」


 仲間の一人が尋ねる。

 何か見つけたのかと思い周囲を見回すが辺りにはモンスターの気配すら感じられない。


「なあ、この箱、俺たちで開けてみないか?」

「え?でも中は開けるなって言われて――」

「でも気になるだろ?何しろ数千万の代物だぜ?もしかしたらとんでもねぇお宝かもしれねえ。」


 デビットがそう言うと二人もその箱を見つめ、中身を想像し唾を飲み込む。


「そんでもって、凄い物なら俺達で戴いちまおうぜ。」


 デビットがニヤリ笑ってそう告げると、二人の仲間は一度顔話見合わせる。


「で、でも運搬だけで十万ももらえるんだし欲張りすぎるのもどうかと……」

「ハッ、バカかお前は、勿論報酬ももらうんだよ、ちゃんと渡したって報告してな。」

「なるほど、いつも通りって訳ですか。」

「ああ、あんな得体も知れない奴に渡すより貴族である俺達が持ってた方が良いに決まってるだろう。」


 そうと決めるとデビットたちは箱についていたカギを剣で斬り落とす、安物を使っていたのかカギは簡単に外れた。

 そしてゆっくりと箱を開ける。


――宝石か?それとも魔法兵器か?


 興奮しながら三人が箱を覗く。


……しかし、箱を開けたその瞬間、中からは鼻が曲がりそうなほど強烈な臭いを放つガスが飛び出し三人を襲った。


「うわ、なんだこれは⁉」


 その強烈なにおいに思わず箱を放り投げる

 そしてすぐさま手で扇ぎ、ガスを振り払うが、突如視界が下へと急降下した。


――え?


 何が起こったかもわからないまま、デビットはそのままうつ伏せの状態で顔から地面に倒れる。


「か、体が動かな――」


 必死で藻掻いてみるがまるで力が入らず、指先一つ動かせない。

 ブラハムはそこで自分が麻痺をしていることに気づく。


「まさか、さっきの煙か?クソ、あの依頼者め、ロクでもないもん運ばせやがって……帰ったら不敬罪で奴隷に墜としてやる。」


 開けた事を棚に上げ、ブラハムは依頼者に苛立ちをぶつける。


――クソって、周りに人はいないのか?


 周りを確認したくても体は動かせず、目線は地面のままである。

 すると突如そばから悲鳴が聞こえた。


「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」


 その声は仲間の声のようで、その近くからは他にも唸り声のようなものも聞こえてきた。


「ま、まさか、魔物⁉」


 先程まで近くにはなにもいなかった事は確認済みだった、となると……


――ま、まさか、さっきの臭いに誘われてきたのか⁉


 二人の悲鳴も耳に入り、デビットは体が動かないまま恐怖におびえる。


「だ、誰か、助け――」



――



「…………バカな奴らだ。」


 俺は魔物たちに食いちぎられ肉塊となった三人に近づくと、もう聞こえないであろうがそう吐き捨てた。


「そのまま持っていけば難なく十万ギルが手に入ったのにな」


 ま、そうならないと思ったからこそ立てた計画なんだがな。


 開けられた宝箱を見る。

 このモンスターをおびき寄せる臭いと麻痺効果のある煙はモンスターの罠用に作られた物だったが、ちゃんと人間にも効いてよかった。


 死体から前金として払った五万ギルを含めた、こいつらの所持金の少しだけ残し奪い取る。


「これは勉強代としていただいておく。」


 本当ならこの立派な装備ももらっておきたいが、金目の物全てが無くなれば人為的な事が疑われるからな。

 こいつらはあくまでモンスターにやられたのだ。


「ま、来世で頑張りな。」


そう言い残すと、その場を後にした。


――


 後日、この町一番の高ランクパーティー『高貴なる剣』の全滅が報告されるとギルドではその話で持ちきりになった。


 その事に驚く声は聞こえたが、それと同時に納得の声も聞こえていた。

 全員が『高貴なる剣』の本来の実力を知っているのでこのあたりのモンスターにやられたと言われても、誰も疑わなかった。


 ただ、一部を除いては……


「あ、あのゴームズさん……」


 青ざめた表情で自分を見る受付嬢の肩を叩き、ゴームズは横に首を振った。


「我々はただいつもの様に依頼の仲介をしただけだ、何も知らない、いいね?」

「は、はい……」


 そう口では言っているが、ゴームスは内心でこれが人為的なものだと確信していた。


――数日前


「依頼を発注したい。」


 ギルドに乗り込んできた、少年に半ば脅しの形で賠償金を引ったくられると、少年はそのお金の半分を返してそう言った。


「依頼ですか?」

「ああ、隣町までの品物の運搬をな」

「そ、それは構いませんが、それならば、これほどの大金でなくても」


 隣町までの運搬なんて低ランクで報酬も出された金額の十分の一で済ませられる。

 なのになぜこの少年はこれほどの条件で、しかもこの場で言ったのか。

 それについて少年は説明する。


「いや、隣町といってもこの辺りにはモンスターが出没するだろ?何かの間違いで依頼を受けた奴が魔物に殺される可能性のある危険な依頼だからな」


 と言って、その条件で依頼してきた。

 

「あんたは何も言わず、いつも通り依頼の仲介をしてくれればいい」


 そう言った少年の顔はまるで悪魔の様な冷笑を浮かべていた。


――


 そしてその依頼が受注された翌日、この騒ぎである。


 依頼内容は他の依頼と何も変わらないごく普通の依頼だった。

 恐らく、よっぽどの事がない限り百のパーティーが引き受けて九十九ののパーティーが難なく成功する依頼だろう。

 だが、それでも失敗し冒険者は死んだのだ。


 その事実にゴームズは恐怖を覚えた。


「何とも恐ろしい少年だ。」


 正直言って敵に回したくないし、もう関わりたくない。

 今更になってこの前の対応に不安を覚えて来た。


 そしてそう感じていたところで受付嬢が恐る恐る尋ねてくる。


「あ、あの、ところで……ゴームズさん。」

「……何かね?」

「強引ではあったとはいえ、Aランクの依頼をBランクであった『高貴なる剣』に受けさせたことを後々本部や伯爵家から追及されたりしませんよね?」

「……」


 そこでゴームズは察した、全て、もうに手遅れだったという事に……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る