第107話 襲撃①
『……もう行ったよ。』
兵士長が走り去ったのを確認したミノタウロスが後ろに呼びかけると、背中に隠れていたパラマとランファが顔を出す。
『あの人間は追わなくてよかったの?』
「ええ大丈夫よ、あの人にはこの場の状況を伝えてもらわないといけないからね。」
『えーと、じゃあ作戦は成功したの?』
「勿論、ばっちり成功よ、流石『キング』ちゃんねえ」
『えへへ、なんかその名前はまだ照れくさいな。』
ミノタウロスはランファにそう呼ばれると、恥ずかしそうに頬を掻く。
その狂暴そうな見た目から見せる子供らしいしぐさにパラマ達も、気づけば子供と話すような口調になっている。
キングという名は、特殊な個体のモンスターには名前がつけられると言う話を聞いたティアがミノタウロスに付けた名前だ。
本人はまともに戦うことができない自分には恐れ多い名前だというが、今日の作戦を見ればまさにキングというのにふさわしい名前と言えるだろう。
ウルフ、ハーピー、エルフ……本来ならいくら環境が整っていようが、人間の精鋭部隊には束になっても勝てていなかったでだろう。
それでも勝てたのはキングの能力により普通じゃあり得ないような連携を取ることができたからだ。
あらかじめ森のモンスター達に食料を与えることで暫く森の奥に潜むよう交渉しておき、それを口実に森の安全性を説き、ビビアンに夜の森を通って魔石を運ばせるように誘導する。
勿論相手はモンスターだ、意思疎通できるからと言っても交渉は簡単ではなかったが、弱肉強食のモンスターの世界で上位に値するA級モンスターのミノタウロスの命令をハーピィや森にすむ下級モンスターが逆らう事などできないだろう。
そして視界が狭い夜の森の中、ハーピィーの歌により聴覚を封じ、更にそのタイミングでパラマ達の風魔法で松明の炎を消し視界も奪う。
それを合図に暗闇の中でも視えるウルフたちが一斉に襲い掛かる。
アルラウネの力により地面に蔦を生やして動きも封じ、あとは兵士の動きに合わせて、パラマ達が指示を出す。
まさに魔物と人間と精霊による連携技だ、そしてそれを可能にしたのがミノタウロスのスキルでまさにキングの名に相応しいモンスターだろう。
「これはあなただからこそできた作戦よ、もっと自信を持ちなさい。」
パラマの言葉にキングもまんざらでもない様子を見せる。
――その調子で戦えるようになったらさらに凄い戦力になりそうよね。
そしてそれから少し時間が経ったあと、向こうから兵士たちの声が聞こえなくなったのを見計らいパラマとランファは馬車の元へ行く。
「……」
パラマは言葉をなくす。
戦いの終わった現場は食いちぎられた兵士と、ウルフの死骸で溢れていた。
一方ランファの方は落ち着いて状況の確認をしていた。
「……意外ね、ランファはこういうの耐えられないと思っていたわ。」
「こういうのって?」
「その……こういう命のやり取りがあった場所って言うの?ほら、あんたってずっと戦いとは無縁だったじゃない?」
ランファはパラマやガイヤとは違い、エルフの森で暮らしていた時は、薬の調合や子供たちの教師をしており、狩りなどは参加していなかったので争いとは無縁だと思っていた。
しかしランファはそんなパラマの言葉に首を振る。
「そんな事ないわ、私の作った薬で命が救われた人もいれば私の作った毒で命を落とした生き物もいたし、直接的ではなくても間接的にはずっと命と関わってきたのよ。」
ランファはいつものようにおっとりした口調でそう言うと、しゃがみ込んで兵士の遺体を見る。
「……でも、確かに以前の私ならこういう光景にも躊躇っていたかもしれないわ……でもね、今は人間ならなんの感情も出てこないのよ。森を燃やしあの子達を奪った人間にはね……」
そう言って食いちぎられた兵士の死体を見たランファの眼は冷たく見下す。
「逆にパラマは大丈夫なの?」
「何が?」
「あなたは優しいから、
「それは……」
その言葉にパラマは言葉を詰まらせる。
前回は自分たちを捕まえた者たちだったから憎悪もあって戦えたが、今回は違う。この者たちはただ雇い主に言われた護衛をしていただけの普通の兵士たちだ、もしかしたら帰りを待つ家族もいたかもしれない。
「わかっているとは思うけど、私たちの居る組織は正義の味方なんかじゃない、これからもこういう事はあると思うけど、パラマはやっていけるの?」
「……」
ランファのおっとりした口調から繰り出される力のこもった言葉、その返事をパラマはすぐに返せなかった。
――
「馬鹿な!モンスターに襲われただと⁉」
森から一人逃げ帰ってきた兵士長の報告を四人の幹部と共に聞いたビビアンが部屋中に響くほどの怒鳴り声を上げる。
「ふざけたことを申すでない!」
「ふざけてなどいません!この目ではっきり見ました!ウルフだけじゃなく、ハーピィーやミノタウロスもいて、そして仲間たちも次々と犠牲になって行き……」
その声に負けじと兵士長も言い返すと、悔しそうに唇をかみしめながら俯き肩を震わす、その姿はとても噓をついているようには見えない。
「じゃあなにか?今回の一件は全てモンスターの仕業とでも言うのか⁉︎」
「それはないでしょう、確かに魔石を好むものもいるでしょうが、普通のモンスターにとっては魔石はマナが濃すぎて人間同様毒でしかありません。」
「そもそもハーピィーやもミノタウロスも森にいるはずがないモンスターです、それに連携をとっていたと言う事気になります。何者かが操っていたとしか考えられないでしょう。」
参謀のジャッカルと戦闘経験の豊富なオギニがすぐさまそれを否定すると、謎がさらに深まったことによりビビアンの焦りと同様が爆発する。
「じゃあ一体誰の仕業だというのだ!一体誰が――」
「ビビアン様、闇越後の鴉様から至急お伝えしたいことがあるとの連絡が。」
「なにぃ?」
するとそのタイミングで兵士から連絡が入り、ビビアンはこの場にいる全員に一度目を向ける。
ジャッカルが代表と言わんばかりに無言で頷くと、ビビアンは一度息を吐いた後、冷静を装い鴉からの通信機をつなげる。
「何だ鴉?今取り込み中なんだが――」
「ヒヒヒ、あんた、今魔石の件困ってるんじゃないかと思ってねえ。」
「な⁉貴様、何故それを!」
「あたしゃ知ってるよ、あんたらの魔石を襲った奴らを。」
「なんだと⁉」
まさに話している最中の事に思わず声を上げる。それを通信機越しで聞いている鴉からは奇声のような笑い声が聞こえてくる。
「それで、それは誰なんだ?」
「竜王会さ。」
「……竜王会?あの黒き狼の後に来たという小さな組織か?」
その意外な組織の名に思わず拍子抜けする。
竜王会は小さい組織だが、黒き狼の居た場所を根城にしているという事で記憶に残っている、だが少し前に強引に金を巻き上げたりもしたが、あっさりと従っていたので大した組織ではなかったと記憶している。
「ああ、あ奴らは小さいが、そもそも黒き狼を潰した組織だ。油断しちゃいけないよ。」
「黒き狼を……」
その話は初めて聞いたが、そうなると少し印象が変わってくる。
「そろそろこの混乱に乗じてあんたを狙ってくるという話も聞いている、用心しておくといい。」
「……わかった」
その事だけを伝えると通信機は切れ、ビビアンは改めてジャッカルたちの方に目を向ける。
「……今の話どう思う?」
「良くも悪くも少しタイミングが良すぎる気もしますね。」
「正直はっきり言えば怪しいでしょう。」
「闇越後は他国からのモンスターを密輸もしていますし、モンスターを操る魔道具を持っていてもおかしくありません。森にいないハーピィーやミノタウロスに関与してるのもモンスターを操ることができたとしてもおかしくありませんな。」
確かに闇越後は様々なところから集めたものを非合法で売買している組織だ、ハーピィもモンスターを操る魔道具も持っていてもおかしくはないだろう。
それに闇越後は他国まで足を伸ばしている、他の国で魔石を欲しがる客を見つけたとすればこちらを裏切り、逃亡する事だって十分可能性がある。
だがそれにしては少しタイミングが良すぎる気もするが、向こうが生存者がいることに気づいていないとすれば納得できる。
そう考えると、竜王会よりもよっぽど怪しい。
「実際闇越後のところ入ってみてはどうでしょう?
「……そうだな。よし、キーリスとブランドの二人は兵を従えて直ちに闇越後のところへ向かえ、そして証拠が見つかり次第そのまま殲滅せよ!」
「はっ!」
「仰せのままに。」
指示を聞いた二人はすぐに部屋を出ていった。
そしてそれに乗じて部屋を出たメーテルはそのまま人気のないところまで移動すると、通信機を起動させた。
――
「ビビアンも動き出したようだな。」
メーテルから一方通行の連絡を聞くと、俺も出発の準備のため立ち上がる。
「よし、そろそろこちらも――」
と、その瞬間、入口が大きな爆発と共に破壊される。
そして破壊されて大きく広がった入口から、スカーフに顔を隠した集団と黒い装備を身に纏った男たちがぞろぞろと入ってくる。
「へえ、黒き狼の居た場所を根城にしてるってのは本当のようだな。」
「な、なんだてめぇら!」
部下たちがすぐに戦闘態勢を取るが、男たちは臆することなく入ってくると一度立ち止まり横に並ぶ。
そして後ろから『影なき蛇』の団長デオンと『ブラッディラビット』の団長ベルゼーヌが前に出てきた。
「ティアマット、悪いが貴様の提案には乗れない、そして貴様にはここで消えてもらう。」
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