第60話 クズの道
「……は?」
俺たちの会話が聞こえていたのか今まで別々の話をしていた連中が口を閉ざすと、まるで打ち合わせでもしていたように揃ってこちらに注目してくる。
「あの……い、今、なんて……」
「俺たちは
「「「「は、はあぁぁぁぁ⁉」」」
今度はここにいる全員に聞こえるようにハッキリ宣言すると、その場には大きなどよめきが起こった。
「な、何を考えているのです!なんで今の話の流れでそうなるんですか!」
「まあ、やっぱりそうなるよな。」
「ノイマンの名前を聞いた時からこうなるとは思ってたッス。」
叱咤する様に声を上げるマリスとは対照的に、それなりの付き合いになるエッジ達は察していたようで呆れた様子を見せる。
「ど、どういうことですか?」
「兄貴は元々ノイマンの魔石島で十年間奴隷をやってたっス。」
「ま、魔石島で十年⁉」
マーカスから出た聞いたことのない単語にどよめきはさらに大きくなる。
「魔石島?」
「兄貴やアッシらが働かされていた島のことっすよ。あそこは魔石島と呼ばれて名前通り魔石を、発掘する鉱山がある島の事っス。」
「へぇ、という事は俺が掘っていたのは魔石だったのか。」
魔石のことは勿論知っている。
言葉通り魔力のこもった石の事でそれを使えば俺でも微弱ながら魔法が使える便利な代物だ。
俺も葉巻に火をつけるライター代わりに火の魔石を多数所持している。
まあ、それを掘っていたのは気づかなかったが。
「それで、どうしてそこまで驚く必要があるんだ?」
「魔石は加工することで武器や道具にも使われる非常に重要な資源なんスが、その石が取れる場所はマナ濃度が高く普通の人間には毒なんすよ。」
「毒?」
「ええ、その場所にいると疎いものなら少し気分が悪くなる程度で済むんッスが、敏感な者なら数時間で倒れたりするっス。そして更に厄介なことにそのマナの敏感さってのは個人に差があり測定することもできないんッス。」
成程な、だからあの島では奴隷を使い捨てで働かせていたのか。
丁重に使おうが、こき使おうがどちらでも毒で死ぬ。ならば死ぬまでこき使った方がいいと。
兵士たちが無事だったのを見る限り防具をつければどうにかなったんだろうが、奴隷分は用意できなかったのかしなかったのか……まあ今更どうでもいいか。
「一年前にノイマンの魔石島で奴隷たちが脱走したと風の噂で耳にしましたが、まさかあなた方が関わっていましたか。」
「で、でも、そんなところでよく十年も無事でいられましたね。」
「それはアニキが無能だからっスよ、無能はマナに関わることができないっすからマナの濃度は一切感じないんスよ。まあそれでもあの環境で十年は異常っスが。」
「む、無能⁉︎」
そして今度は驚きの声のほかにあちこちからその言葉に対する聞きなれた反応も聞こえてくる。
「それなら尚更わかりません。何故せっかく逃げ出せたのにわざわざ自分から関わろうとするのですか?本来であれば逃げ出すことすら奇跡に近いでしょうに。」
「奇跡じゃねぇ、行動した結果だ。およそ十年間鞭で叩かれ岩を運びながら練りに練って立てた計画を実行しただけだ。」
「……失礼ですが、あなた年はいくつですか?」
「さあな、大体十六くらいだったかな。」
「くらい?」
「あくまで推測だからな、スキルの判別ができるのが五歳で無能が判明したとして、そこで売られたと考えてたら島に来たのは五歳、そこからは土と岩しかない世界で生き続けたからな、正確な時間なんてわからねえ。」
「……」
質問に答える度にマリスは顔をしかめて言葉を止める。
その回答一つ一つがどれも予想外で言葉にならないって感じだな。
「それで、なんで関わろうとするんだよ?逃げ出せたのならもうそれで良かっただろうに」
マリスが言葉を止めているとの奴隷の一人が会話に割って入り代わりに本題を尋ねてくる。
いや、一人というよりここにいるり代表か。
気がつけばここにいる全員がこちらの会話に聞き耳を立てていた。
「復讐なんて考えられる相手でもない、わざわざこちらから突っ込む理由もないだろ?」
「まっ普通はそうだな、確かに俺も脱走の際に最低限のメンツを保つ程度の報復はしたし、名前を聞くまではその存在も頭の片隅にある程度だったしな。」
「なら――」
「だが再び関わることがあるなら話は別だ、やられた分今度はこっちもやり返す番だ。」
「そんな理由で大貴族に喧嘩を売るっていうのか?」
「く、狂ってやがる」
奴隷達が絞り出したような声でそんな言葉を呟く。
「本当にそう思うか?」
「え?」
「今の俺の話に少なからず興味がそそられた奴もいるはずだ、だからこそ話を聞き入ってるんだろ?」
「そ、それは……」
「別にそれはおかしいことじゃねえさ、国の大貴族様が自分が働かせていた無能で奴隷の最底辺の男に食われる、そんな話の方がそんじょそこらの英雄譚よりよっぽど面白いだろ?」
俺の問いかけに全員が黙り込む、答えはしないが俺の話にのめりこんでるのを見ればそれが十分答えになっている。
「自分の生まれを嘆く人生はもうとっくに飽きてんだよ。クズとして生まれてきたのならクズを楽しまねぇとな」
そう言っては話を締めると初めのどよめきが嘘のようにその場から声という声が一切聞こえなくなっていた。
「なるほどな、確かに面白い話だ、それに見合った実力があるならな。」
静まり返った教会に男の声が響くと、今度はその声が聞こえた方に注目する。
そこには先ほどまで興味なさそうに眠っていたアルビンが体を起こし前の椅子に足を掛けて椅子にもたれながら座っていた。
「あんたにそれほどの実力はあるのか?国の大貴族を食らうほどの力が。」
「今はそんな実力はないが焦る必要もない、俺は若いからな、数年後、数十年後とじっくり時間をかけて確実に潰すつもりだ。」
だからこそ、話を白紙に戻したんだからな。
「なら、数年後、数十年後にならやれんのか?」
「そのための準備をこれからするって話だ。」
「そうか、なるほどな……面白えじゃねえか、気に入ったぜ!俺も混ぜろよ、その話に。」
アルビンが勢いよく立ち上がるとこちらに向かって歩き出す。
「貴族に盾突こうとする奴は五万と見てきたがどいつもこいつも御託を並べてつまんねえ奴らばっかだったぜ、それに比べてあんたの理由が一番面白くて説得力があった、あと必要なのはその言葉に見合うだけの器があるかどうかだ。」
アルビンはそう話しながらゆっくりとこちらに近づいてくると俺と向かい合ったところで足を止める。
「俺は頭が悪いんでな、これ以上話を聞いたところでわからねえ、だから――」
アルビンは剣を抜くと、そのまま俺に向ける。
「これであんたが従うに値する男という事を証明してくれ。」
……なるほど、結局
「生憎だが……そういうの話し合いは大好物だ。」
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