第76話 始まり①

 夕日が地平線に沈みきり、外が闇に覆われ始めた頃、それに合わせる様に闇オークションは始まった。

 屋外に用意されたステージの上でオークションの進行役を務めるブリット家の使用人が価値の低いものから順に紹介していき、それらに対して顔に蝶をモチーフにした仮面を身に着け顔を隠した客人たちが競り落としていく。


――どうやら、問題なく始まったようだな。


 そのオークションの主催者であるブリットが隅から会場の様子を伺う。

今回はいつもの会場であった屋敷とは違い、以前から予備の会場として用意しておいた廃村を使うことになったため、客である貴族達からは不満の声が上がっていたが、いざ始まれば皆いつものオークションに夢中になっていた。


 ブリットがノイマンの命により闇オークションの主催者を務めてから今回で四度目を迎える。

 ノイマンの派閥が増えたせいか初めの頃よりも参加する貴族達も増え始めている。

 

 ブリットは貴族ではあるが爵位は子爵と、決して高くはない。

 だからこそ、この貴族社会でのし上がるには高位の爵位を持つ人間との交流が必要不可欠となってくる。

 そして、このオークションの場はまさに自分を売り込むのに打ってつけの場となっている。

 ここに集まるのはノイマン派の中でも有力者ばかり、そして自分がノイマンから主催者を任されているという事実だけでも向こうから寄ってくる。

 

 そしてブリットは今回のオークションで更に評価を上げる予定だ。

 今回は目玉として精霊ドリアードに加え、ダンジョンに生息し捕獲は不可能だと言われているAランクモンスターミノタウロス、そして東洋の有名な絵師が書いたと思われる龍の絵が描かれた奴隷も手に入った。これらが披露されれば会場は大いに盛り上がるだろう。


 そのため、このオークションの失敗は決して許されない。ブリットはこの日のために一ヶ月間、念入りに対策を練ってきた。

 

 対立している隣町のカルタス伯爵の不穏な動きを察知すると、ブリットは場所と日時を急遽変更した。

 屋敷から荷物を運び出すのも日にちをかけて少しずつ行い、尾行にも採算の注意を払っていた。

 だがそれでもどこから情報が漏れ、乗り込んでくる可能性もある、そう考えてブリットは会場の警備も今まで以上に厳重にした。

自分の私兵は勿論のこと、毎回この時に依頼している傭兵ギルドの他、辺りで名を馳せている黒き狼を雇っていた。

 黒き狼は金さえ払えば何でもやってくれる犯罪者集団で依頼金は高額だが、実力は本物である。


 一番いいのは誰も中に入れないことだが、いざという時はマリスには父親の様に旅の道中に黒き狼の襲撃によって命を落としたことになってもらう。

 それくらい今の立場なら誤魔化せる 

 そう、すべてはこの日のために動いてきた完璧な作戦である。


……なのに。


  なぜ、この不安は消えないのだろう。

 どこか、見落としてる所はないか?そんな不安が拭えない

 やっとここまできただけに、失敗は許されない。


「ブリット様。」


 そんな不安を抱えながらオークションを見守る、すると兵士が一人こちらへとやってくる。

 その表情を見るからに余りいい報告ではなさそうだ。


「どうした?なにかあったか?」

「その……カルタス伯爵が訪ねてまいりました。」


――やはりきたか。


「……わかった、すぐに行く、それまで奴らを決して中に入れるなよ。」


 ブリットはオークションの進行を気にしつつも塀の入り口まで、戻る。

 するとそこには武装した兵士を何人か連れたカルタス家新当主のマリス・カルタスの姿があった。

 

「おや、どうなされましたか?これほどの兵士を連れて、ここでは今私が招いた方々でパーティーを開いているのですが、貴方を呼んではいなかったはずです。」

「ごきげんよう、ブリット子爵様、実は最近捕らえた賊からここで貴方が今日違法な闇オークションを開くという話を聞いたので調査に伺いました。」


 ――ぬけぬけと、そんな重要な話を賊なんかにするわけがなかろう。

 

 内心の言葉を噛み殺しブリットは冷静な口調で返す。


「はっ、調査ですと?隣の領主の貴方にどんな権限があるのです?」

「……ええ、そうですね、だから私はあくまで彼のお手伝いです。」

「彼?」


 そう尋ねると、マリスの後ろから人相の悪い暗い雰囲気をまとった男が現れる。


「……この男は何者かな?」

「王子直属の騎士団第十一部隊、通称聖騎士団団員のグレイス・レーグニック様です。」


――聖騎士団だと!


 その言葉にのどから出かかった驚きの声をグッと堪える。

 見た目を見ればそうは見えないが、男が身に着けている鎧にはしっかり王家の紋章が刻まれてあった。


 ――いや、落ち着け聖騎士団だからと言ってどうにかできる状況ではないだろ。


 ブリッツが必死に冷静を装う。


「そうだとしても了承しかねませんな、今ここでは私が招いた方々が屋外でパーティーを楽しんでいるのです、水を刺される様なことはしないでもらいたい。」

「聖騎士団の命令でもか?」

「えぇ、誰であろうともです。」


 あくまでこの場の立場は自分の方が上、ブリットは強気を貫く、するとレーグニックは小さく笑った。


「ケハハ、そうか、ならば仕方がない。こっちも王子の名前背負ってるし、強引にはいけない。ならばパーティーが終わるまでここで待たせてもらおうか。」

「……お好きにどうぞ」


 とりあえず中にさえ入られなければ、誤魔化す手段などいくらでもある。


――いや、いっその事、この男も殺すか?


 精鋭部隊の聖騎士団といえど今は一人、一人くらいなら消すこともできるのでは?


 マリスの護衛をかって出た聖騎士団が賊の襲撃でマリスを庇い死亡、そしてその行動もむなしくマリスも殺されてしまう。

 ブリットの頭の中に一つのシナリオが出来上がる。


 だが、それは会場から聞こえてきた爆発音によってかき消されていった。

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