第75話 掘り出し物
ミノタウロス……それが見た目から考えられるこのモンスターの名前だ。
ミノタウロスは牛の頭と二本足で立つのが特徴的な大型の魔獣で、この世界の様々な場所に存在する『ダンジョン』と呼ばれる迷宮の下層部に生息している。
討伐ランクはAランクと高く同ランクの冒険者パーティーでも倒すのは容易ではない。
そんなモンスターが、こんな場所で、ましてや生きた状態で捕縛されてるとは、流石闇オークションといったところか。
「さて、どうしたもんか。」
同じ檻に入って、こちらをじっと見ているミノタウロスを見て考える。
はっきり言って非常に厄介な状況だ。
咄嗟に聞こえた声に反応してこの檻に入ったがまさか中にこんな奴がいようとは。
人間相手ならなんとでもなるが、相手がモンスターでは交渉の余地もないし、このクラスのモンスターに対する対策なんて持ち合わせていない。
素直にここから逃げるのが得策だが、生憎ミノタウロスは俺の存在をしっかり認知している。
そんな状態で背中は見せられないし、安易に動くこともできない。
……とりあえずいざという時のためにアイテムバックから剣を一つ取り出す。最悪、腕の一本くらい持っていかれるくらいことを覚悟しておくか。
剣を手に取りミノタウロスの出方を窺う、しかしそんな俺の様子を見たミノタウロスがその見た目からは想像もできない姿で慌てて両手を上げる。
『ま、待って!僕は敵じゃないよ!』
ミノタウロスが両手をあげ、敵意がないことを示したことに合わせて、俺の脳内に先ほどの声が再び響いた。
「この声……そうか、さっきの声はお前が……」
『うん、僕だよ。』
俺の言葉に反応してミノタウロスがコクコクと頷くのを見ると、構えを解き剣を降ろす。
……こいつは驚いたな、温厚なのもそうだが人の言葉通じるモンスターがいるとは。
恐らくスキルか何かだろう。
モンスターは基本スキルは持たないと言われているが、時たまにスキルを持つイレギュラーな存在もいると聞く。
こいつがそれに値するんだろう。
『えーと、その格好をみて貴方も僕と一緒で捕まってる人かなと思って声をかけたんだけど……』
「そうか、いや、助かった。礼を言う。」
モンスターであろうと言うと、助けてもらったことに変わりはない。
俺は素直に礼を告げるとミノタウロスはモンスターとは思えないほど表情豊かに微笑んだ。
『それで、貴方はそこで何をしてたの?』
「俺か?まあ、逃げ出すための準備といったところだ。」
『あ、やっぱり逃げるんだね。』
「そういうお前は逃げ出そうとは考えないのか?」
『うん、だって僕の体は大きいから逃げられないし、逃げ出したってすぐに捕まっちゃうよ。』
「そうか、ならお前も逃してやるよ。」
『え?僕も?』
「ああ、これからここでひと騒動起こすつもりだから、鍵を開けておくからその間に逃げるといい。」
元々モンスターは逃す予定はなかったが、言葉が通じるこいつなら問題はないだろう。それに助けられた借も返さなければならない。
上手くいけばこの作戦に手を貸してくれるかもしれないしな。
しかし、そんな俺の考えとは裏腹にその言葉に対し、ミノタウロスは余りいい反応は示さなかった。
『……ありがたいけど、僕はいいよ。なんだか足を引っ張りそうだし、でもその代わりと言ってはなんだけど、僕の姉さんを助けてほしいんだ。』
「姉さん?」
周囲を見た限り、他にミノタウロスなどいないが……
『あ、うん、義理のだけどね、僕の姉さんはドリアードなんだ。』
「……ドリアードだと?」
その問いにミノタウロスは頷く。
ドリアードは確か木の精霊だったはず、マナの濃度が高い森を住処にし、エルフに信仰されそれ以外の人種とは関わりを絶ってると聞いている。
しかし、それがどうしてミノタウロスに姉と呼ばれているのかがわからない。
その質問に答える様にミノタウロスは話を続ける。
「僕はね、他のミノタウロスと違ってダンジョンの外で生まれたんだ。いつ、どうして、どうなってそこにいたのかは覚えてないけど、気がついたら僕はひたすら森の中を彷徨っていたんだ。食べ物もなくて疲れで意識がもうろうとしていた時、その森に住んでいた姉さんに拾われたんだ。
姉さんは他の精霊たちからモンスターである僕を殺す様に言われていたのに対し、逆に僕を育てるために仲間の元を離れて暮らす様になったんだ。だけど、そのことを知った人間達がある日僕らのもとにやってきて姉さんを……僕も勇気を出して助けに行ったんだけど、いざとなったら怖くて何もできずに……』
「捕まったわけか。」
ミノタウロスは、外見に似合わずしょんぼりと頷く
なるほどな、臆病者のミノタウロスか、まあ珍しい存在ではあるがおかしい話ではない。
それに話し方に幼さも見える。
あわよくば手伝ってもらおうと考えていたがこの様子じゃ力を借りるのは無理そうだな。
ま、そんなに上手くはいかないか。
元々ミノタウロスを味方につけるなんて計画に入っていなかったし問題はないだろう。
「話はわかった、そのドリアードはどこにいるかわかるか?」
『うーん、姉さんは小さいから籠の中に入れられてたし目玉?とか言われて特別扱いも受けてたから。』
「なるほどな。」
となれば、この場所にはいないか。ならばやはり騒動を起こした後に探した方が早いな。
「まあいい、とりあえず借りた借りは必ず返す。オークションが始まったらタイミングを見計らって鍵を外すから混乱に生じて姉と一緒に逃げるといい。」
『ありがとう……ちなみに他の子達は……』
「他のモンスターのことか?流石にそれは難しいな。言葉の通じるエルフは問題ないが話の通じないモンスターでは解放した際に襲われかねないからな。」
『じゃ、じゃあ、それなら僕が襲わない様に説得するからダメかな?』
……は?
「ちょっと待て、お前わかるのは人間の言葉だけじゃないのか?」
『え?うん、言葉がわかるというよりなんとなく伝わるんだ、それで僕の場合は考えてることが相手に伝わる感じで。』
「それはつまり、どんな相手の言葉でもわかるということか?」
『多分、生き物なら』
……とんだ掘り出し物がいたもんだ。
「わかった、それならば他のモンスターも助けてやれる。」
『本当?』
「ああ、ただその代わりにモンスター達に俺の指示通りに動く様に説得してほしい。できるか?」
『う、うん頑張ってみる。』
そういうとミノタウロスは交渉するためか向かい側のモンスターの檻に視線を移し始めた。
……よし、これで役者は揃った、思った以上に面白いシナリオができそうだ。
あとは、本番を待つだけ……
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