第38話 騎士道精神

「では、あなたの分もスープをご用意しますので、ここでお待ちください」

「あ、はい、わざわざお気遣いいただきありがとうございます。」


 メンデスと名乗った女騎士は、俺と同様に神父に客人用の部屋へと通される。

 彼女の分のスープも用意すると言って神父が部屋から出て行くと、部屋の中は俺とこの女性の二人っきりとなる。


 メンデスは濡れた鎧と小手を外し一息つくと、神父が持ってきたタオルで雨で濡れた体をふき始める。

 国の紋章が刻まれた防具の下に隠れていたのは女性らしいか弱い腕と適度に膨らんだ胸だ。

 顔も整っていて、紅い眼の俺とは対照的な透き通ったような水色の大きな瞳をしており、防具をを外し後ろにくくっていた三つ編みをほどいて濡れた髪を拭う姿はなかなか絵になる。


 しかし少し目線を落とせば、そんな姿には似つかわしくない二つの剣を腰に付けている。

 そんな細い腕で剣なんて振り回せるのか?と思ってしまうがこの世界ではスキルの恩恵もあるのでそれも可能か。


 ジッと見過ぎていたか、俺の視線に気づいた彼女とふいに目が合う。

 女性の身体をくまなく見ていたのだ、なにか勘違いされても言い訳はできないのだが、メンデスは嫌な顔せずに友好的な笑みを浮かべながら首を傾げている。


「どうかしましたか?」

「いや、女性で騎士団員なんて珍しいなと思って、すまない。」

「ああ、そういう事ですか。別に気にしなくてもいいですよ。実際女性の騎士団員は少ないですから。」


 咄嗟に出た言い訳だったが、よく言われるのかメンデスはあっさり納得する。


「ええと、あなたは……」

「そういえば名乗ってなかったな、俺はティア――」


 と言ったところで素性を隠す際に名乗る姓を考えてないことに気づく。レクターの名前は使えないし、本当の姓に関しては以前名乗った際にはちょっとした騒ぎになったので、その原因を調べるまでは名乗らない様にしている。

 

「……とりあえず、ティアでいい。」

「ティア殿ですね、わかりました。」


 彼女は姓を名乗らない俺を怪しむことなく受け入れる、確かにこの世界では色んな事情で姓(家名)を名乗りたくない人間は別に珍しくないが、少しも疑わないのも考え物だな。


「ティア殿はどうしてこの教会に?」

「近くにある村に行こうと思ってな、一応これでも商人だから」

「商人の方だったんですね、その年齢でご立派ですね!」


 などと煽ててくるが、俺とさほど変わらないだろうその年でエリート騎士団に入ってるやつに言われても嫌味にしか聞こえない。

 まあ、悪意はないんだろうが。


「そういえばあんたはさっき第十一部隊と名乗っていたな、と言うことは聖騎士団か。」

「はい、巷ではそんな呼ばれ方をしていますね」

「どうして聖騎士団がこんな辺鄙なところに?」


 レーグニックから聞いているから分かってはいるが会話の流れで改めて尋ねておく。


「あ、はい。実は私、この周囲で起きている子供誘拐事件の調査のために先輩と共にこちらに派遣されてきたのです。」

「なるほど、じゃああんたも近くの村の調査に?」


 もしくは俺と同じようにこの教会に目を付けたか、後者なら目の付け所が良いと評価したいところだったが、返ってきた言葉はどちらも違っていた。


「いえ、私はこの辺り一帯の外を調査するために来ました。」

「外?」

「ええ、この近辺にある町や村は一通り調査は完了しています。ですが、それでも手がかりは見つかりませんでした。ならば山や森などのどこか隠れられる場所などを見落としてないかと改めて調べようと思ったのです。」


なるほど、発想は悪くないな。だが……


「それは少し無謀じゃないか?」


 そういうのは普通集団でやるものだろう?

 どこまでの領域を調査するつもりなのかはわからないが、こんな広い場所を単独で調査するなど賢いやり方とは思えない。

 それならその調査は他に任せて、自分は村や町といった小さな範囲を再調査した方が効率がいいんじゃないか?

 と、その辺りを突いてみる。


「やっぱりあなたもそう思いますか?そうですよね、実際それが得策なのでしょう。ですが、領主の方達は先輩と一緒に周囲の町に足を運んでいるみたいなのでこちらに回せる人手が足りないんです。」

「あんたはもう町の調査はしないのか?」


 一度目は見落としていた事も何度も調べれば気づく可能性だってある。

 それに相手が人間ならば何度も来ることで焦りと、動揺でボロを出す可能性だってある。現に今、出始めている。

 しかし俺の問いにメンデスは首を横に振った


「私は今回の一件には町の人達は関わってないんじゃないかと考えているんです。」

「なに?」

「街の方々とは聞き込み調査と一緒にお話をさせていただきましたが、どの方々の人柄が良く、とても悪事には加担するような方たちとは思えませんでした。なのでもしかしたら犯人は外からくるのではないかと考えているのです。」


……人柄ねえ。


「ならここも調査はしたのか?」


 俺は床を指さしてこの教会を示す。


「ここは私は調査していませんが、領主様の方達が行っていますので大丈夫かと。それにここの神父様はとても親切と評判なんですよ。教会に休憩に訪れた旅の方たちに手厚くおもてなし、買い出しに町に来た時は孤児院の子供たちとも遊んでくださったりと、実際私達もそのおもてなしを受けているわけですから。とてもじゃないですが誘拐などと縁がある人ではありませんよ。」


 ときっぱり否定すると、メンデスはそのまま言葉を続ける。


「私、信じたいんです。町の人や神父さんのような優しい人たちが悪事を働く事なんかないって、私は善良な市民を守るのが仕事ですから。守るべき人達の事を最後まで信じ抜く、これが私の騎士道です。」


 まるで演説でもするかのようにメンデスは自分の騎士道精神を説いた。

 他の人が聞けばきっと拍手でも起きるところなんだろうが……


「……ぬるいな。」

「え?」

「別に、何でもない。」


 丁度そこにスープを持ってきた神父が中に入ってきて話は一区切りする。

 その後は二人でたわいもない話をしながら時間を潰し、雨が止むのを待った。

 俺は商人時代の話に少し嘘を混ぜながら話し、メンデスは自分のことを色々語ってくれた。

 どうやら、メンデスは貴族で代々騎士の家柄らしくその影響で女性では珍しい騎士団に入ったらしい。

 

 そして雨が止んだ頃には日が沈んでおり、結局その日はそのまま客室で休むことになった。

 その時間の間でそれなりに親しくなると彼女は俺ののことをさん付けで呼ぶようになり、俺はアリアと呼ぶようになっていた。

 

――そして次の日の朝


「昨晩はお世話になりました。雨宿りだけでなく一晩休ませてもらって、スープも凄く美味しかったです。」

「それは何よりでした、またいつでもいらしてください。」


 アリアが、礼を言うと神父はニッコリと優しそうな笑みを浮かべる。


昨日のお礼と別れの挨拶を済ませると俺はアリアと、二人で教会を後にした。


 そしてしばらく進んだところで俺は足を止める。


「……すまない、どうやら教会に忘れ物をしたようだ。先に行っていてくれないか?」

「あ、それなら私もご一緒しますよ。」

「……本当にいいのか?」

「え?」


 主語のない問いかけにアリアは眉を顰める。

 まあいい、ならばとことん付き合ってもらうとしよう。

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