第25話 嫌な予感

 次の日になると、俺は早速一人で町の広場に場を設けると露店を開いた。

 マリーがいない分、いつもよりは準備に手間と時間がかかったが、問題なく終えると俺はカウンター越しに町の状況を観察していた。


 ……と言っても辺りには人っ子一人いなく、たまに少し先で巡回している兵士が通るのが見えるくらいだ。

 まるでゴーストタウンで店を開いているようでなんだか馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 だがそれでもやることはいつもと変わらない、俺は客が来るまでの間並んだ品の確認などをしながら時間を潰す。

 そして暫く経つと、巡回の兵士二人がこちらに気づき近づいてくる。


「おい貴様、こんなところで何をしている?」


 兵士達が威圧的な態度で尋ねる。

 そんなもん見りゃわかるだろ、と思いつつもここでは揉め事を起こさないという約束なので、出かかった言葉を戻し丁寧に答える。


「私は行商人として旅をしているレクターと言います。こちらの方で露店を開こうかと……」


 そう名乗ると、何故か兵士たちは「ああ、例の……」と何やら意味部下な言葉を溢してニヤリと笑う。


「話は聞いている、なら商品を見せてもらおうか。」


 そう言って、並べてある品を手に取っていく。


「……なんだこの店は、ロクな代物がないじゃないか。」

「ああ、全くだ」


 酷い言われ様だな、まあ否定はできない。

 確かにいつも店に出すような目ぼしい商品は出してはいない、それらはジェームスの収容スキルにしまわれたままで、ここに並んであるのは俺が独自で買ったり、取って来た物ばかりだ。


 俺の人脈や知識なんかでは揃えられるものは限られており、あるのはどこにでも売っている様なありきたりな物ばかりだ。

 だが、それでもこの一年ジェームスの下で学んで必要性の高いもの選び適正な価格を売っているので、決して悪いものではないはずだ。


 だが、その珍しさのない品揃えに兵士達は不満そうな様子を見せる。


「ちっ、見て損したぜ。」

「ああ、時間の無駄だったな。」


 なら、さっさと帰ればいい。

 どうせ、珍しいものなら強引にでも奪うつもりだったのだろう。


「……こんな店はあっても不要なだけだな」

「そうだな、ならここは町を治めるブーゼル様の兵士として無駄なものは排除しないとな。」


……あ?


 そう言ってニヤッと笑ったかと思うと、兵士達は俺がいる事を構うことなくこちらに向かって魔法を唱え始める。


「ファイヤーボール!」


 言葉と共に兵士から炎の球が屋台に目掛けて飛んでくる。

 俺は咄嗟に屋台を横に転がし炎から逸らす、そして代わりに俺がその炎を受ける事となる。


「ぐっ……」


 やはり初級魔法と言えど、まともに喰らえば結構きついな。


「テメェら……なんのつもりだ?」

「何って、ゴミ掃除さ。我らの町にそんな不要なものを持ち込んだのだ、燃やされて当然だろ?」

「お前もそれ以上怪我したくなかったら黙ってみていろ。」


 要は憂さ晴らしか……


 今度は隣の兵士が水の魔法を放つが、再度俺が盾になり破壊を阻止する。


「……生憎俺は商人なんでね、どんなに値打ちのない商品でもそう易々と燃やされるわけにはいかねえんだよ。」

「そうか。まあいい、には何の用もないからな、構う事もない、精々死ぬまで守ってみろ」


 兵士達はそう言うと屋台に向かって次々と魔法を放つ、俺は体を張って、ただその攻撃からひたすら屋台を守り続けた。

 ……それから小一時間。


「チッ、もう魔力切れか。今日はここまでだな。」

「へへへ、やっぱ人間に魔法をぶつける快感は堪んねえな!屋台をぶっ壊すより楽しめたぜ。」


 そう言って兵士達は満足そうにその場から去っていった。


「ハァ……ハァ……流石にキツいな。」


 兵士たちが見えなくなるのを確認すると俺は一度その場に座り込む。

 屋台は無事だが、流石にこれ以上立ってはいられない。

 俺は受け続けた魔法により体も服もボロボロになると、ふらつきながらもなんとか宿へと戻っていった。


――

「ティア!」

「ティア君⁉」

「どうしたの⁉︎その怪我⁉︎」

「すいやせん、今日は売り上げがありませんでした。」


 部屋に戻り第一声で頭を下げて謝罪をすると、三人は俺の格好に驚愕の声をあげた。


「そ、そんなことはどうでもいいんだよ!それより君の方こそ大丈夫なのかい」

「……こんなの唾つけときゃ治ります。」

「治るわけないでしょ!」


 マリーが声を荒げて叱ってくると、ジェームスに話して収納アイテムから一冊の魔導書を取り出す。


「おい、それは店の商品だろ。」


 それは以前町で手に入れたマナさえ使えれば誰でも中級の回復魔法が使えるという魔術書で本来店の目玉として売り出す予定だった代物だ。

 マリーはそんな俺の言葉を無視して魔術書を開き、俺の火傷した部分に触れながら呪文を唱える。


「あんまり使いすぎるのは……」

「別にいいのよ。」


 そう言うと、いつもは笑顔ばかり見せているエルザが肩に手を置いて、真面目な表情で真っ直ぐに見つめてくる。


「ティアちゃん、私達はまだ出会って一年だしあなたがどう言う風に生きてきたかは知らないわ、けどね、今のあなたはもう私達の家族なの、だからあまり無茶はしないで。」


 そう言ったエルザはそのまま腕を首に回し抱きしめてくる、その抱きしめられた腕からはエルザが震えているのが感じられた。

 エルザだけではない、先程怒っていたマリーの眼にも気が付けば涙が浮かんでいた。


 ……そんな二人の姿に俺は何も言えずに頷いた。


「よし、決めた!こんな町に何日もいてられない!明日ここを発とう!そして、この町の現状を外にも知らせるんだ。」


 今度は珍しく意気込んだジェームスが立ち上がり宣言する。


「それはやめておいた方がいいです、ここの領主の域がどこまでかかっているかわからない状態で無闇に言いふらせば今後何かと面倒になる可能性があります。」

「ならこの町の人達を見捨てるの?」


 見捨てるのが妥当だろうが、きっと言ったところで言い争うになるだけだからな、ここは黙秘する。


「そうなるとやっぱり、聖騎士団に頼むしかないわね。」

「でもどうやって?」

「時間はかかるかもしれないけど王都に行って直接尋ねるしかないわね。」

「王都……結構距離があるわね、それまでこの町が無事だといいのだけど……」

「とりあえず、考えるのはまずは町を出てからでしょう。」


 方針を固めると、その日は傷ついた体を休めるために早々と眠りにつく。

 そして次の日……


「町から出られない⁉︎」


 朝、早速身支度を済ませて全員で町の出口へと向かうが、そこで再び門の兵士たちに阻まれる。


「今はこの町の警備を取り仕切る兵士長が不在でな、貴様らが伯爵のお目に……もとい、町で悪事を働いていないかの確認が取れるまではこの町から出さない様にとの事だ。」

「そ、そんな……」

「もし、どうしてもというのならそうだな……、そこの子供だけは出ることを許可しよう。」


 そう言って俺だけ町から出られる許可をもらえたが、俺一人出たところで意味がない、結局俺たちはこの日は町に出ることを諦めることにした。


「ああ、そうそう、一つ言い忘れていた。」


 宿の戻ろうとする俺たちに兵士が告げる。


「昨日貴様らの開いていた露店だが、兵士達からは中々の好評だったらしくてな、是非今日も開いて欲しいとのことだ。」


……悪趣味な奴らだ。


「もし断ったら?」

「さあな、もしかしたら代わりの奴が出てくるかもな。」


 兵士の言葉に三人は心配そうに俺を見つめる。


「ティ……ティア……。」

「な、なんなら今日は私が……」

「いえ……これは俺にしかできない事なので……」


 ジェームスが代われば確実に死ぬだろう、約十年間鞭を受け続け、無能な分頑丈になってる俺だからこそ耐えられるんだ。


 ……そして、それから数日間、俺はひたすら兵士達のサンドバックとなっていた。

 やってくる兵士の数は日に日に増えていき、一人一人から魔力が尽きるまで魔法を放たれる、俺はそれをただひたすら耐え続けた。


 そして、そんな日々が徐々に日常になり始めた頃……


――


 その日はいつもなら兵士たちが来る頃になっても誰一人としてこなかった。

 飽きたとも考えられるが、どうも違う気がしてならない。


 「……他に別の玩具でも見つけたか?」


 嫌な予感が頭を過り不安に煽られると俺は店を置いて、一度宿へと戻る。

 そしてその途中、ちょうど兵士たちが宿の方面から上機嫌に話をしながら歩いてくると、俺はその会話に耳を傾ける。


「な?言った通りだったろ?」

「ああ、まさか親子揃ってあんな上玉とはな。」

「娘の方は領主様に献上するみたいだが母親の方は俺たちの好きにしていいらしいぜ。」

「マジかよ、こりゃしばらくは楽しめそうだぜ。」


 そんな会話をしながら兵士が俺を通り過ぎる……。

 が、その瞬間、俺は振り返りその兵士の肩を掴んだ。


「……おい、今の話、詳しく聞かせろ。」

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