第279話 光と闇

フェンリール城下は街もその先の平原も、




黒い軍勢で覆われていた。




城での戦いが始まってからも、




海に新しい船が次々と着岸している。




更に敵はやってくる。




大地は既に黒く染まって久しい。




俺は城の上空から息を切らしながら、




その光景を見ていた。




「これが大黒腐……」




フェンリール城が落ちれば、




この忌まわしきオーク軍は、




ザサウスニア領の奥まで侵攻するだろう。




そうすればミュンヘル王国、




北ブリムス諸国は南の軍勢と挟まれて消滅……。




どうする?




これだけ策を弄して、準備をしても、




圧倒的な数の前では無意味なのか……。




大量の矢を放ち続けても、




ネネルが雷を落としまくっても、




俺が燃やし尽くしても、




その骸を踏みつぶして、




新たなオークが進軍してくる。




全く持ってキリがない。




プランBはある。




南側勢力を無視し、




全戦力をこちらにぶつける作戦だ。




その場合、オーク軍を撃退できたとして、




数カ月以内に南側勢力に攻め込まれ、




北ブリムス連合と、




ムルス大要塞までの国土を失うだろう。




俺たちはコマザ要塞より北に閉じこもって、




徹底抗戦するしかない。




この場合、戦場が一ヵ所になるので、




籠城すればかなり長く持つ計算だ。




戦時下で食料は備蓄しているし、




持ちこたえれば勝機は見出せる。




しかしそれまでの損害がデカすぎる。




死ななくていい命が、




数多く散ることになるだろう。




やはり安易にプランBに移行は出来ない。








その時、ルナーオから通信が入った。




『全兵、城の中に避難して下さい』
















ルナーオの視界に、




上空からの映像が流れてくる。




この数は無理だ、と素直に思った。




このままでは飲み込まれ全滅してしまう。




やはりこの状況を覆せるのは自分しかいない。




「ウェイン!! 撤退よ! 




全員撤退させて!」




7体の精霊を操って、




迫りくるオークの軍勢を攻撃していたルナーオは、




右側にいるウェインに叫んだ。




精霊が通った箇所のオーク達が、




膝から崩れ落ち人形のように倒れまくる。




「はっ!! ルナーオ様は……〝ソレ〟を?」




精霊が漏らしたオークを弓兵が、




それを潜り抜け接近してきたオークを、




ウェインたちが剣で処理する。




剣を振って血を払ったウェインは、




部隊長たちに順次、




城に撤退するように命令を出した。




ルナーオの元に残ったのは10名の決死隊だけだ。




「ウェイン、あなたは行きなさい。誰が指揮を……」




「ルナーオ様、




嫌な予感がしますので、私も残らせて下さい」




「いやな予感?」




「戦士の勘です」




頭から血を流したウェインは優しく微笑んだ。




戦いの最中、ゴツイ大男が高ぶっている気持ちを抑え、




出来るだけ穏やかに見えるよう、




自分に配慮した笑顔を見せてくるので、




思わずルナーオは「……いいでしょう」




と言ってしまった。




視線を戻したルナーオは、




自分を中心にして精霊を円状に泳がせた。




そして精霊の速度を上げる。




向かってくるオークの9割は、




精霊の円を抜けられずバタバタを倒れてゆく。




中に入ってきたものはウェインたちが斬り伏せた。




ルナーオは魔剣オウルエールを、




勢いよく地面に刺した。




そして腰の革袋から〝龍の瞳〟を取り出す。




深呼吸をし、魔素を流し込んだ。




しばらく触れていると、




意識の中でとてつもない量の精霊を感じた。




「見つけた……」




途端、全身が総毛立つ。




それはまるで、




巨大な台風と対峙しているかのような感覚だった。




これを私一人で制御しなきゃならないの……。




ルナーオは集中して、




魔素を精霊の渦の中心に送り続けた。




オークたちは人間よりも圧倒的に〝死〟が軽いらしい。




仲間が精霊に触れて死んでいる場面を見ているはずなのに、




構わず進んでくる。




3体、4体と内側に入ってくるオークが増えてきた。




兵士が一人やられる。




ウェインが叫びながら2体を斬り伏せる。




次々と入り込んでくるオークに、




徐々に押されて劣勢になった。




その光景がルナーオから集中力を奪う。




皆が私を庇って……。




ダメよ……集中しないと。




ルナーオの額には汗が浮かび、




〝龍の瞳〟と、オウルエールを握るそれぞれの手が、




震え出した。




もう、魔素が枯渇する……。




お願い、応えて。




襲い掛かるオーク達に決死隊はやられ、




残るはウェインだけとなっていた。




その時、栓が抜けるように、




〝龍の瞳〟内の精霊たちが一気に動き出した。




襲い掛かるオーク達からルナーオを守るため、




ウェインは一人、前へ躍り出る。




「ウォォォッ!!そんなもんか!オーク共!!」




大型の名剣ザンティウムを振り回し、




左右から飛び掛かるオーク兵をバラバラに叩き斬る。




返り血で真っ赤に染まりながらもウェインは、




一人で何十ものオーク兵を相手取り、




獅子奮迅の活躍を見せた。




しかし、ガッと、ウェインの手が止まる。




いつの間にか目の前に、




身体中から白い棘の生えたオークがいた。




片目の潰れたそいつは明らかに他と比べ異質だった。




ウェインの視界に【〝骨の王〟ザンギ】と詳細が出る。




「〝ジュグ〟を感じるが……お前ではない」




ザンギはニヤリと笑ったかと思うと、




腕の棘をウェインの胸に刺した。




「ぐふっ……!」




口から大量の血が出る。




ウェインは膝をつく。




しかし、倒れなかった。




ゆっくりと立ち上がる。




凄まじい形相でザンギを睨みつける。




ルナーオは声も出せず、




歯痒い思いでその光景を見ていた。




……ウェイン、ごめんなさい。




身体の奥から巨大な精霊の塊が、




勢いよくせり上がってくるのを感じた。




来た! 応えてくれた!




ルナーオの身体がぼんやりと青く光り始める。




大量の精霊たちはルナーオの身体を通過し、




精神世界から現実世界へ飛び出た。




「ルナーオ様! 




あなたにお仕えして、光栄でした!!」




ウェインはそう叫ぶとザンギにタックルし、




身体中に棘が刺さるのも厭わずに、




勢いよく地面に押し倒した。




とてつもない数の青白い精霊たちが、




ルナーオの身体全体から四方に放出した。




精霊たちはザンギもウェインも、




オークの大軍も飲み込み、




フェンリール城下町も覆いつくし、




やがて海の方へ移動した。










俺たちは城の大テラスから、




精霊の大波が、




黒いオーク軍を覆いつくす様を見ていた。




圧巻としか言いようがない光景だった。




ルナーオからの提案を聞いた時、




まさに渡りに船だと思った。




詳細を聞くうちに、




国を出る前から準備をしていたようだった。




声には覚悟が感じられた。




俺は知っていた。




それは戦場で死にゆく者の声であると。




何度も聞いたことのある声だった。




俺は頼まざるを得なかった。




ルナーオが死ぬと分かっていても。




今、目の前に人型の精霊が舞い降りている。




輪郭は光でぼやけているが、




どう見ても女性の姿形、




ルナーオの気配を纏っていた。




青白く発光するその精霊は、




ゆっくりと俺の周りを一周した。




途端、頭の中に、




知らない記憶がフラッシュバックした。




これはルナーオの記憶か……。




「……すまないルナーオ。




おかげで助かった。




この国の多くの命が、




ルナーオのおかげで救われた。




君は英雄だ。深く感謝する」




俺は片膝をつき、頭を下げた。




周りを囲う多くの部下たちも、




同じように敬意を表す。




ルナーオの精霊は何も言わず、




俺の前でふっと消えた。




そしてどこからともなく、




青く光る石が落ちてきた。




込み上げてくる熱いものを抑え、




俺はその光る石を拾い上げた。




ありがとう、ルナーオ。




心の中でそう呟くと、




どこかで彼女の笑い声が聞こえた。


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