第218話 テアトラ合衆国編 消える炎

どこをどう走って逃げたのか、




気が付けばアーキャリーは、




狭い通路がひしめき合う住宅街にいた。




知らない国の知らない町、




逃げるといってもどこに逃げればいいのか……。




あの二人は無事だろうか……。




通路には子供と犬がいて、




老人が座り込んでタバコを吸っている。




壁の向こうからは赤ちゃんと母親の声。




ほのぼのとした光景に、




先ほどの殺伐とした状況が嘘のように感じる。




その時、玄関の鉢植えや壁に這う蔦が、




生き物のように動き始めた。




まずいと思った時にはもう遅く、




駆け出したアーキャリーの足に周囲の植物が絡みついていた。




住民は悲鳴を上げて逃げていった。




何か巨大なモノの音が近づいてくる。




家が崩れる音と悲鳴がどんどん大きくなってゆく。




「骨のある王女様だな」




上から声がした。




見上げるとそこには巨大な根に乗ったブルザックがいた。




家ほどもある根を蛇のように動かして追ってきたのだ。




「くっ、あの二人は……」




「ただの人間が魔剣使いに勝てる訳ないだろう。




それより自分の心配をするんだな」




たくさんの植物にぎりぎりと両腕を拘束され、




締め上げられたまま空中に持ち上げられたアーキャリーは、




ブルザックの手の届く距離に寄せられた。




「さて、めんどくさい仕事は終わりだ。




一緒に帰ろうか……ん? 何だこの魔素は……」




アーキャリーを支えていた樹が自然に切断……




いや、一瞬何かが横切った。




落ちゆくアーキャリーは何者かに抱きかかえられ、




近くの屋根の上に降ろされた。




純白の翼が頬に優しく触れる。




「ネネル!」




「遅くなってごめん。




何とか間に合ったわね、アーキャリー」




アーキャリーは安堵から泣き出した。




「こんなところで〝雷魔〟に出くわすなんてな……」




ブルザックは額に手をやり、大げさに天を仰ぐ。




「アーキャリーはここにいて。




ちょっと倒してくるから」




「で、でも相手は将軍……」




「大丈夫。ミミナ、頼んだわよ」




「お任せ下さい。




アーキャリー様、こちらへ」




ミミナ率いる4人の小隊はアーキャリーを背中に乗せ、




空に避難した。




「……お前を倒せれば、




俺の経歴にまたひとつ、華を添えられるぜっ!!」




ブルザックが魔剣モスグリットを振り上げると、




周囲の建物を壊しながら100を超える植物の根や蔦が、




まるで意思を持った触手のように、




とてつもない速さで襲い掛かってきた。




















白い光が一閃、俺たちの頭上を走った。




レグザスのレーザーがウルバッハに直撃する。




『オスカー逃げて! そいつにハ勝てないワ』




ユウリナから通信が入った。




『いや、逃げたらやられる』




リンギオは冷静だ。




『……死人ガ出るわ』




吹っ飛んだウルバッハが地面に落ち、粉塵が舞う。




「死ぬと分かっていても王家を守るのが我らの仕事」




キャディッシュは剣を抜いた。




『ユウリナ、奴の能力はなんだ?




知ってるのか?』




『……い……は……人……て……』




再び電波が悪くなった。




機械蜂からの映像には、




襲い掛かる機械トンボの姿があった。




粉塵の中から再び浮いて戻ってきたウルバッハは、




容姿が変わっており、なんと俺の顔をしていた。




「お前たち、そいつは偽物だ。捕まえろ」




声までそっくりだ。




そういう能力の魔人なのか……。




いや、それ以前に浮いてるよな……。




変身の能力も浮遊の能力も、




曲者の魔人達を束ねるには少し役不足だと思うが……。




しかもレーザー食らってなんともないし……。




「ふふふ……冗談だ。




「ジオーが世話になったな。




あんな奴だが役には立つ。




お前には効かなかったようだが」




俺の顔がぐにゃりと歪み、元のウルバッハに戻る。




よく見ると腰に左右二本ずつ計四本の剣を下げている。




ウルバッハはそのうちの二本を手に取ると向かって来た。




ん?……剣から魔素……魔剣か!




まさか4本とも……。




視界に表示が出た。




『【魔剣ムーンジャック】……空間干渉 




取引価格41億リル(37年前時点)




【魔剣メタフレイル】……能力不明 




取引価格15億リル(9年前時点)』




電波が悪く今にも消えそうだったが、何とか読むことが出来た。




空間干渉ってのは一体……。




目前に来たウルバッハは着地と同時に剣を地面に突き刺した。




その途端、空気が歪み、波のように襲ってきた。




「うおぉっっ!!!」




俺たちは全員勢いよく吹き飛ばされた。




何が起きた? 空間を揺さぶったのか……? 




すぐに火炎放射を見舞ったが、




炎はウルバッハを避けて二つに裂けた。




やはり……空間を曲げている。




「……なぜ戦争を望む?」




ウルバッハはニヤリと口角を上げ、目を瞑って頭を振った。




「俺たちは傭兵だ。戦うことが仕事さ。




分かり切っているだろう。疑問に思うことか?」




「本当にそうか?




能力者が10人以上いれば国の掌握なんて簡単だろう。




なぜそれを……




いや、まさかもうすでにお前たちが……」




「……ふふふ。どうかな……」




ウルバッハは嬉しそうに、そして不敵に笑う。




「もうすぐ〝大黒腐〟がやってくる。




資源には限りがあるからな。




今まで何度も繰り返されてきたことよ」




〝大黒腐〟……クガが言っていたことか。




ウルバッハが斬り込んできた。




魔剣同士が激しくぶつかり合う。




なんちゅー力だ。




俺は押されながらも瞬間的に炎の竜巻を出した。




自分ごと包み込むように火柱を作ったが、




ウルバッハは素早く後方に飛んで避けた。




その隙に【王の左手】の三人が完璧な間で剣を振るう。




「もらったぁッッ!」




しかしウルバッハは二刀流で受け流す。




「さすがにウザいぞ、お前たち」




魔素が急激に上がった。能力を使う気だ。




「みんな下がれ!」




そう言った途端、ウルバッハの周囲の全空間に、




透明の亀裂が走った。




「ぐぅっ!」




「ぬぉ……」




三人から血しぶき。




俺にも亀裂が当たった。




特別装甲使用の胸当てが抉れ、顎から耳にかけて血が出た。




だが全員、重症ではない。




俺たちが引いた瞬間にカカラルの炎がウルバッハを直撃した。




結構長い間炎を吐いていたが、ウルバッハは無傷だった。




カカラルはクウカヵヵッ!と鳴いてから、




もう一度炎を吐こうとした。




その時、ウルバッハのもう一つの魔剣の刀身が、




急に黒い砂鉄に変化、一瞬空中を漂って、




鞭のような形状に変形すると、




凄まじい速さでカカラルを斬りつけた。




翼の付け根から血が飛び散り、




カカラルは悲鳴に近い鳴き声を上げて一旦上空に退いた。




傷は浅い、大丈夫だ。




「おい、さっきの話だが、




魔物が大挙して押し寄せてくるんだろ?




今人類が争ってる場合じゃないはずだ。




協力し合える余地はないのか!?」




「……北の王よ。随分と純粋だな。




あいにくだが、




俺の野望はそんなくだらないことじゃない」




ウルバッハが魔剣を俺に向けた。




すると俺のフラレウムが勝手に持ち上がる。




物凄い力で動かせない。




「人間なんぞ滅んだ方がいいんだ」




フラレウムの刀身に空間の亀裂が何本も走る。




「あ……」




パキィィィンン……と俺の魔剣が砕けた。




一瞬、頭が真っ白になった。




カカラルが急降下して炎を見舞う。




「〝炎の奏者〟はここで終幕だ……」




メタフレイルが再び黒い砂鉄に変化、




一瞬で長い槍に変形し、カカラルを貫いた。




「カカラルッッ!!!」




断末魔の叫びをあげて、深紅の巨鳥は倒れた。




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