第176話 ブロトール王国編 七将帝ミルコップの戦い

敵の襲撃と聞いてナナミア達やギバの側近はブロトール城に避難した。




ブロトール軍の残党が最後の抵抗をしてきたのかと噂になったが、




ナナミアは聞き覚えのある白毛竜の鳴き声を聞いて、




敵勢力はキトゥルセン連邦王国、しかもミルコップ軍だと気が付く。




心の奥底に沈めていた希望が一気に浮上してきた。




助かるかもしれない。




久しぶりに気分が高揚し、全身に温かい血が巡る。




助けに来てくれたのだ……自分とウォルバーを。




両腕を無くしたウォルバーは、




首から前掛けバックを付けた動く道具入れとして使われていた。




ギバは約束を守ってくれた。




というか、もはやウォルバーは視界に入っていないと言った方が正しい。




なのでウォルバーには常に自分の傍にいてもらい、




召使いの役割を担ってもらうことで、




他の者からの迫害を防いでいた。




ウォルバー本人はナナミア以上に心が死んで、




人形みたいな目で、もはや人として存在することを辞めたようだった。




何を話しかけても答えないが、




一応ナナミアのいうことは聞いてくれた。




罪悪感を埋めるのと、彼の命を守るために、




ナナミアは食事や風呂や排せつなど生きるための全てを世話してきた。




「ウォルバー、聞いて」




周りの目を気にしながらナナミアはウォルバーに囁いた。




「敵軍はキトゥルセン軍よ。分かる? 




私たちを助けに来てくれたの。




気付かれないようにここから出るわよ、いい?」




ウォルバーは理解しているのか分からない表情だったが、




手を取って移動したナナミアについてきた。




廊下にはラドーとその部下たちが溢れている。




だがギバたちとは命令系統が違うし、




私たちの事も詳細には把握していない。




ナナミアはそう判断し、混乱している部屋を出た。




薄暗く、兵士たちの殺伐とした中を通って、




運よく誰にも咎められないまま下の階に移動できた。












ミルコップは城の塔の一つに到着した。




すでに入り口や階段で戦闘が始まっている。




松明の明かりを頼りに、甲冑同士が押し合い、血と怒号と悲鳴が飛び交う。




ミルコップはその中で猛獣のごとく暴れまわり、




ものすごい勢いで敵兵を屠りながら、階段を上ってゆく。




レイガンの砲撃もだいぶ敵の数を減らし、




ノストラの戦士たちは勢いに任せ塔の上階へ進軍していった。




中央の城に続く空中回廊に出た時、塔全体が揺れた。




「うお! なんだ?」




周囲に瓦礫が落ち、外が赤く光る。




「おそらく……ユウリナ様だ」




ミルコップがそう呟いた時、いくつかの砲撃が塔や城に直撃した。




霧の中で魔獣と戦っているのだ。




粉塵舞う中、渡り廊下に出たミルコップたちは前方から走ってくる人影を発見した。




兵士ではない。




踊り子のような衣装の女と、両腕の無い男……




「ミルコップさん!」




「……ナナミアか!」




遂に再開した二人は空中回廊の真ん中で抱き合った。




……やっと見つけた。やっとこの手でナナミアを……




「すまなかった……辛い思いをさせたな」




感極まったミルコップはきつく抱きしめる。




「……いいえ……このくらい戦場に比べれば……」




そう言いながらもナナミアは腕の中で泣いていた。




「生きていて本当によかった。




……君はラウラスの工作員だな?」




わずかに頷いたウォルバーは部下が保護した。




「ミルコップさん……」




「さあ帰ろう」




二人は見つめ合い同時に微笑んだ。




その時、ミルコップの脳内チップに通信が入った。




『ミ……コップ、逃……なさい』




「……ユウリナ様? 今なんて……」




雑音だらけでよく聞こえない。




映像が送られてきたが霧で視界が悪い。




ちらりと犬のような影……あれが魔獣レギュール……




映像が揺らぎ、そして地面に落ちる。




「ユウリナ様!」




気が付けば城の敷地まで霧が満ちていた。




「将軍、ヤバいです!」




副将ディアゴが後方から叫ぶ。




「そんな……ユウリナ様が負けるなんて……」




背後のレイガンが




「なんとか助けられませんか?」




と言った時だった。




左から右へ、白い何かが通り過ぎたかと思ったら、




ナナミアが消えていた。




「なっ……」




回廊の外に目をやると、




鳥人族の兵士が、その鋭い爪のある足でナナミアを掴んで飛んでいた。




「ナナミアッ!」




「ミ、ミルコップさんっ!!」




顔は人間だが頭から肩、背中、そして腕と一体になった翼までが白い羽で覆われ、




その部分は完全に鳥だ。そして足も力強い猛禽のものだ。鳥人兵は女のようだった。




「残念だったな!」




廊下の先には部下を連れたラドーがいた。




「貴様……」




ミルコップたちはギリリと奥歯を噛んだ。




「鳥人族なんて珍しいだろ? 俺の部下だ……と言っても一人しかいないがな」




バサバサと羽音を響かせながら、鳥人族の兵士は城の反対側へ姿を消した。




くそっ! また俺は救えないのかっ!




ミルコップの握った拳から血が滴り落ちる。




「いつかは来ると思ってたぜ、キトゥルセン! 




お前はミルコップだな……ノストラの元国王。




奇襲は見事なもんだった。




だが兵力はこちらの方が多いんだ……引き際を誤ると死ぬぞ?」




ニヤリと笑ったラドーは部下に弓を引かせた。




なんだ? 弓の先端に……筒?




「っ! 退け!」




矢が廊下の中央に刺さる前にミルコップは気が付いた。




古代文明の遺物を改造した黒い小さな筒は、




外付けの歯車を止め、一時の間をおいて爆発を起こした。




空中回廊の中央が瓦解し、ミルコップたち十数人は地面に落下する。




衝撃、轟音、浮遊感、機械足の噴射音、激痛、煙、静寂、心音……。




幼少期の光景、自分を呼ぶ幼いルレ、その横にはこれまた幼いナナミア……。




『ミルコップさん! 無事ですか?』




副将ディアゴの声に意識を戻したミルコップは辺りを見回す。




ほとんどが死んでいる。




生きているのはレイガン含め数人の兵だけだった。




『……ああ、無事だ。敵兵はどうなってる?』




『ラドーは退きました。霧が来ています。すぐにそこから避難して下さい!』




気付けば左の方向50mほど先まで白い霧が迫っていた。




「くそっ!! ナナミア……ユウリナ様……」




負傷した者同士が互いに肩を貸し合い、後ずさりながらその場から退避する。




「霧の中には入るな」




何とか城壁まで後退したミルコップたちは、




レイガンの開けた穴から城外へ脱出した。




ディアゴ達と合流後、ミルコップは消息を絶った神からの声を待ったが、




いくら待っても返事はなかった。




絶望が辺りを覆う中、ふいに白毛竜の鳴き声が聞こえた。




この声はグリオン?




そう言えば見当たらない……どこにいるんだ?




その時、霧の中から黒い影が飛び出してきた。




「グリオン! ユウリナ様!」




グリオンは機能を停止したユウリナを咥えていた。




「よくやった、グリオン!」




ミルコップたちは歓喜した。




「大丈夫でしょうか、ユウリナ様……」




部下の声にミルコップは




「機械人は不死身だ。心配するな」と答えた。




「どうしますか? ナナミアの救出に行きますか?」




ディアゴたちはまだ戦意を失っていない。




「ああ、もちろんだ。敵は西方面に……」




『将軍! 西の街道から敵軍です! おそらくパルセニア帝国の軍勢です!』




監視部隊の隊長から通信が入った。




「……ちぃ、こんな時に……」




誰もが顔をしかめた時




『ミルコップ、オスカーだ』




と通信が入った。




『オスカー様!』




『一部始終を見ていた。そちらの事情は把握している。




その魔獣には敵わない、撤退しろ。こちらが対策を練る。




ご苦労だった』




『……了解……しました』




ミルコップは不服ながらも了承した。




『……ユウリナの機械蜂を数体ギバ軍につけた。




これで情報は得られる。ナナミア・ギークの救出はまた次回だ。




今度は俺も参加する。必ず助け出そう』




『……オスカー様……ありがたきお言葉……』




我が君主はちゃんと考えて下さっている。




ミルコップは少しでも不満を感じたことを後悔した。




「撤収だ! キトゥルセンに帰還する!」




もうすぐ夜明けが訪れる……。




紫色に染まった空の下、ミルコップ軍は北へ向けて移動を開始した。

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