第239話 マルヴァジア沖海戦編 衝突

波の飛沫が甲板を濡らす。




船員が叫び声をあげながら右往左往している。




帆を張り、ロープを運び、




大型弩に矢を装填し、油樽を転がす。




隣の船に3発の砲弾が立て続けに命中した。




派手な破壊音と断末魔がここまで聞こえてくる。




「クロエ殿! 敵は鉄の砲弾です! 




こんなの見たことない!」




アラギンは騒音に負けじと叫ぶ。




二人共、降り注ぐ海水でびしょ濡れだ。




クロエの足元は凍っている。




前髪に滴る海水も、




所々白いシャーベット状になっていた。




「うまくすれば、




私の能力で助けられるかもしれない」




クロエは甲板に移動し、沈みゆく船に手をかざす。




すると沈みゆく船の周りの海が瞬く間に氷塊になり、




何とか船を海上に保つことが出来た。




「す、すごい……」




周りにいた兵士達が感嘆の声を漏らす。




海に投げ出された兵士たちは、




氷塊によじ登っている。




「何とかなった……」




クロエは安堵のため息を漏らす。




ぐるる、と喉を鳴らしながらクロエの横に、




大狼のギーがやってきた。




船の揺れなどお構いなしに、




どっしりとその場に座る。




「ギー、初陣だね。頼むよ」




クロエはギーの眉間を撫でた。




ギーは気持ちよさそうに目を瞑る。






前方に展開するテアトラの艦隊はおよそ100隻。




こちらよりやや多い。




艦隊の指揮はアラギンが執っている。




アラギンは元ザサウスニア帝国軍の将校だ。




兵からの支持が厚く、




有能であるためキトゥルセン軍の将軍に任命された。




クロエは対魔戦力に備えて派遣されていた。






また近くの船に砲弾が当たる。




轟音と共に破壊された瓦礫がここまで降ってきた。




こっちの武器は油火を大型弩や投石器で打ち込み、




敵の船を燃やすというものだ。




敵の砲弾はこちらの射程距離外から飛んでくる。




まだこちらは攻撃出来ていない。




「耐えろ! 攻撃してもまだ届かん!!




全速前進!」




アラギンは勇ましく声を上げた。




周りの船が次々沈められてゆく。




波しぶきを切りながら、




キトゥルセン海軍艦隊は速力を上げた。




海水が容赦なく降りかかる。




被弾した近くの船は、




何隻かクロエの能力で沈没を免れたが、




全部は助けられない。




海上に放り出された大勢の兵士たちが、




断末魔と共に高波にのまれて姿を消してゆく。




それでも残った船は恐れず前進し、




火矢の準備をする。 




「気を付けろ! 火を濡らすな!」




船首、船尾、そして中央の3か所に設置してある、




大型弩に火種が運ばれる。




アラギンの視界に敵艦隊までの距離が表示され、




推奨攻撃距離の数字がゼロに近づいてゆく。




「よし、放て!」




ガシュッ!と勢いよく大型弩が鳴る。




高く放物線を描いた百を超える火矢は、




敵艦隊の前線を海ごと燃やした。




巨大な火の壁が出現し、砲撃が止んだ。




味方に歓声が上がる。




波間の表面を炎が赤く照らしている。






キトゥルセン艦隊は更に接近する。




「作戦通り4隻ずつ散開して各個撃破せよ!!!」




アラギンの声に友軍が散ってゆく。




クロエとアラギンの艦隊は火の壁を大きく迂回、




同じく回り込んできた敵艦隊と衝突した。




至近距離で凄まじい砲撃を受け1隻やられたが、




こちらも炎をばら撒き、敵の動きを止めた。




時間差で2隻が爆発した。




「いいぞ、誘爆した」




「……アラギン、魔素を感じる。




やはりこの中に……」




クロエが言い終わらないうちに、




船尾に敵砲弾が命中、




船は大きな衝撃を受けた。




クロエを始め多くの者が甲板に倒れる。




「くそ、被害は!?」




怒号と絶叫の上を、更に砲弾が掠める。




「投錨台、後部マスト破損!!」




「……まだいける!」




アラギンは荒々しくうねる波の向こうに、




力強い目を向けた。




「クロエ、ここは前線すぎる。




後方の船に移ったらどうだ?」




ずっとクロエの後ろで待機していた、




有翼人兵ジェイドが声を上げた。




ジェイドは大戦力のクロエを、




いざという時守るための護衛だ。




絶対に失ってはいけない戦力を守るため、




最も早く飛べる者が選ばれた。




「だめだ。私の場所はいつでも最前線なんだ」




それが結果的にオスカーを守ることになる。




それが自分の存在意義だから。




クロエの意志は固い。




ジェイドは無精ひげに手をやり、




やれやれと首を振った。




「ネネル様とオスカー様とユウリナ様の三人から、




あんたを頼むって言われてんだ。




これは一兵卒にとったらとんでもない重圧だ。




俺の身にもなってくれよ」




困り顔を見せるがどこか余裕も感じる。




クロエにとっては父ほどの年齢差だったが、




顔が整っているせいかやや若く見える。




それゆえにどこか〝男〟を感じた。




「あんたが動くときは私が海に落ちた時だけだ」




にべもなく言い放つクロエに




「……はいはい、まぁ、お好きになすって」




とジェイドは肩をすくめた。




「来るぞぉーっ!!」




敵の船が側面に衝突した。




更に砲弾を横っ腹に3発食らう。




立ってられないほどの衝撃。




しかしこちらも兵士たちが火矢を放ち、




油樽を投げ込む。




「オラァァァッ!!どうだ!!」




興奮した兵が叫んでいる。




一気に全焼した敵船から、




縄が垂れ、敵兵が飛び移ってきた。




「うおおおおおっ!!!!」




死に物狂いの敵兵がこちらの甲板に次々着地、




剣で襲い掛かる。




あちこちで剣の衝突音と悲鳴が上がる。




アラギンも向かってくる兵に剣を抜いた。




クロエも氷で剣を作り、襲い掛かる数人を処理した。




その時、敵兵の一人が緑色の煙を焚いた。




風に流されながらも煙は空高く登ってゆく。




「なんだ!?お前は!」




煙を上げた敵兵はアラギンにあっけなく斬られた。




数分後、誰かが叫ぶ。




「反対側に敵船接近!!」




「私が行く!」




クロエが反対側に移った時、




ぞくりと背中に鳥肌が立った。




魔素だ。




前方からありえない速さの敵船が向かってくる。




すれ違いざま、敵船甲板に黒装束の女が見えた。




風で乱れた長い黒髪の隙間から殺意の視線。




視界に『【千夜の騎士団】〝水神〟ユレト』




と表示された。




同時に肩に猛烈な熱さ。




気が付けば透明の細長い槍が、




肩に刺さっていた。




ユレトの能力……水で作られた槍。




そう気づいた時には遅かった。




クロエは傷みと衝撃で膝をつく。




全ては船と船がすれ違う一瞬の出来事だった。




さっきの煙は私の合図……。




目標は私か。




「クロエ!!大丈夫か!?」




ジェイドが駆け寄る。




「……油断したけど、大丈夫。




傷も平気だ、血は凍らせた。




それより、奴はまた来る。




迎え撃つ」




大狼のギ―が傍に来た。




口元は真っ赤に染まっていた。




襲ってきた敵兵をジェイドが止める。




甲板は混乱の極みだ。




「ギー、いよいよだ。




力を解放しろ」




ギーの目が赤く光り、牙をむく。




敵船は旋回し、真っ直ぐ向かって来る。




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