第238話 マルヴァジア沖海戦編 魔人ユレト

ガスレ―王国の王女、フェシア・ルシエルに、




魔人の力が発現したのは九歳の時だ。




水を操ることが出来る能力だった。




カップに入った水を粘土のように自由自在に動かせる。




神の子が産まれたと国中が祝福した。




元々の才能もあったが、




城の近くの湖で毎日練習した甲斐もあって、




フェシアは能力を完全に制御できた。




暴走することはなかった。




いくつかの近隣諸国との関係が悪化していた時勢も相まって、




魔人の存在は強い抑止力になると、




軍や貴族もフェシアに期待した。




指南役の騎士は魔人でも魔剣使いでもなかったが、




本や文献を読み勉強してフェシアの力を良い方向へ導いた。




ある日、フェシアは心の内を語った。




「ランドル、私怖いの。




いつかこの力が暴発して、




大切な人たちを傷つけやしないかって」




「フェシア様、言葉は発していると現実になります。




不吉なことを言い続ければ不吉なことが、




幸せなことを言い続ければ幸せが訪れます。




自分はこの力を必ず支配できる、




そう思い続けるのです」




ランドルは茶色の長髪を風に泳がし、




幼いフェシアに優しく言い聞かす。




「フェシア様が好きな、




〝オレイア国物語〟にも出てくるでしょう。




主人公ユレトは最初、気弱な少女だった。




しかし、仲間と共に旅をして行く中で、




強く成長してゆく。




守りたいと思う気持ちが人を強くさせるんだ。




そしてユレトは知っての通り、




最強の敵を打ち負かし、伝説となる。




フェシア様、




あなたはユレトを目指し、ユレトになって下さい」










フェシアにはいいなずけがいた。




同じ年齢で貴族の家の長男、エイク・ワッツ。




聡明で快活、将来有望と周りからも噂されていた。




二人はよく湖の湖畔で語り合った。




「俺がいくら剣の稽古をしたって、




フェシアがその能力使えば全部解決だもんな。




俺、意味あんのかな」




「そんなことないよ。




私だって無限にこの力使える訳じゃないし、




騎士は姫を守るものって昔から決まってるんだから。




期待してるぞ、エイク君」




「姫様がそう言うなら、まぁ頑張りますよ」




フェシアは下を向き、真顔になる。




「……真面目な話、私はエイクがいないと多分生きていけない。




親が決めた婚姻だけど、




私は相手がエイクでよかったと思ってるよ」




目が合い、エイクの顔は赤くなった。




「……フェシア。




俺も、俺もフェシアじゃなきゃいやだよ」




フェシアも顔を赤くする。




十四歳の秋だった。
















フェシアが母と共に、




西部を治めるワッツ家の城に赴いている時、




王都が襲撃された。




丸一日かけて戻った時にはすでに遅く、




城の至る所が破壊され、




おびただしい数の死体が転がっていた。




ワッツ家の兵士達と共に城の中を進むと、




王座の間で見知らぬ三人が豪華な料理を食べていた。




玉座には剣が突き立てられていた。




「フェシア……」




三人の前には国王である父と、




二人の妹が青ざめた顔で座っていた。




「来たか、待ってたぜ」




大柄な男が立ちあがる。




別の男が優雅に紅茶を飲みながら言った。




「俺の名はウルバッハだ。




【千夜の騎士団】という傭兵集団の団長をやっている。




フェシア王女、君は水を操れる魔人だと聞いてね。




話をしたくて訪ねてきたんだ」




周りには近衛兵が血まみれで大勢死んでいた。




その中にはランドルもいた。




全身の血がさぁーと引いて、膝が震える。




「この大男と戦ってみてくれないか? 




この男を倒せば我々は何もせず引き上げる。




しかし、君が負ければ我々の仲間になってもらおう」




紳士的な話し方だが言ってることは滅茶苦茶だ。




まるで盗賊じゃないか。




もう一人の優男は我関せず食事を続けている。




顔面蒼白の給仕係に




「これはなんて料理?」などと普通の会話をしている。




「なんでそんな事……




なんであなた達の言う事聞かなくちゃならないの!」




フェシアの腕に水の渦が発生した。




水の刃が大男に向かう。




上半身に完璧に入った。




普通なら身体が真っ二つになるはずだった。




しかし、男は無傷のまま立っている。




「な、なんで……」




「もう終わりか? お前の全力を見せてみろ」




ニタリと笑う大男を見てフェシアは恐怖に飲まれた。




数分後、フェシアは容赦なく痛めつけられ、




血だらけで倒れていた。




もうやめてくれと止めに入った王は腕を斬られた。




周りは何も言えず、ただ黙って見てるほかなかった。




今までにない恐怖を植え付けられたフェシアは、




ウルバッハと契約を結んだ。




はじめて魔人である運命を恨んだ。




「言わなくても分かると思うが、




お前が裏切ったらここにいる全員を殺し、




この小さな国を焼き払う」




従うほかなかった。




家族や国、そしてエイクを人質に取られ、




他に選択肢は思いつかない。




言うことを聞いていれば、




誰も傷つかない。




そう自分に言い聞かせ、




【千夜の騎士団】に入り、




フェシアは〝ユレト〟と名前を変えた。




数百年前から続く由緒ある家名を傷つけたくなかった、




という理由もあるが、




自分が別人格にならないと、




【千夜の騎士団】として活動出来ないと思ったからだ。




そしてそれは概ね上手くいった。




〝ユレト〟を演じていれば、




〝フェシア〟の心は辛うじて壊れなかった。




魔人や魔剣使いだけでなく、




たくさんの人を殺した。




自分の家族と国とエイクを守るために。




時々分からなくなる。




命の価値や重さが。




時々発狂したくなる。




自分がこんなにも傲慢な人間だったのかと。




エイクとはウルバッハに襲撃されて以来、




会っていない。




あの日の後、多少王国内が混乱したから、




家ごと国外に出たのかもしれない。




消息は知れなかった。




父は知っているのだろうが、




聞かないことにしている。




もう、いいなずけではないのだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る