第237話 希望

テアトラ合衆国、某所




深紅の絨毯が敷かれた談話室で、




二人の将軍が話していた。




「しかし、




ブルザックとモスグリッドを失うことになるとは」




長髪の男、バルロックは嘆き節だ。




「あの雷魔ネネルが相手だったのは確かに不運だが、




そもそもアイツは終始調子に乗っていた。




自業自得だ」




短髪のライベックはにべもなく吐き捨てた。




「言いすぎだ、兄さん。




俺たちの弟だろ?」




ライベックは呆れたようにバルロックを見る。




「……アイツの後釜について、




貴族たちは議論してるらしい。




自分たちの中から将軍が出るとでも思ってるのか?




やはり自治権を任せると図に乗るな」




「確かに、昔みたいな王政に戻すべきって声も多いけど……」




「俺たちもどちらかは前線に行かなければならん。




やはり俺が行くべきか……」




「だめだ。兄さんはもうじき選挙だろ?




行く必要はない。政治に集中してくれ。




前線は僕に……」




「気弱なお前にたくさんの人間を殺せるとは思えん。




危機的状況になってようやく動くタイプだ」




バルロックは険しい表情で下を向く。




「そうかもしれないけど……」




窓の外には綺麗に剪定された庭と、




その向こうに川が見える。




ライベックは紅茶を一口飲んだ。




「まあしかし、考えるだけ無駄かもな。




じきオーク共が根絶やしにする」




「そのオーク共の処理だって何が起こるか……




危険は変わらないよ」




部屋に一人の男が入ってきた。




聖ジオン教のフィゴ司祭長だ。




「ほいほい、お待たせしたね、将軍たち」




白いあごひげを揺らして椅子に腰かける。




「久しぶりですねフィゴさん。




腰の具合はどうですか?」




バルロックは給仕係を呼んで紅茶を入れさせた。




「変わらんね。わしももう長くないじゃろな」




「そりゃいい。




じーさんが死ねばようやく静かになるな」




「ほっほっほ。ライベックは相変わらずじゃの。




甘えん坊の駄々っ子の時もあったのに……。




お主らはどうしてこうも違う性格なんじゃろな。




見ていて飽きん。赤子の頃が懐かしいわ」




ライベックは舌打ちする。




「そんなことよりじーさん。




オーク共は今どのあたりだ?」




「先遣隊はマハルジラタン諸島にまで来ている。




本隊は出港準備中じゃろう」




フィゴ司祭長はあごひげを撫でながら淡々と語った。




「は、早いですね。




こちらには……南部には来ないのか心配です」




「北部を滅ぼさなければ我々の未来はない。




ウルバッハは何と言っている?」




「この前会った時は万事順調と言っておったがの。




〝ゴーレム〟を半分以上前線に持っていきおった。




あれはオーク駆除の道具と思っとったんじゃが……」




首を傾げるフィゴ司祭長は、




背もたれに身を深く委ねた。




「……もとよりオークに頼るのは賭けだ。




保証はどこにもない」




ライベックは百も承知と言った顔だ。




「じゃな。そのための魔人と魔剣じゃ。




お主らもその時はふんぞり返ってないで働くのじゃぞ?」




それはそうと……とフィゴは続ける。




「ブルザックはどうなった? 生きているのか?」




その質問にバルロックは頭を抱え、




ライベックは愉快そうに笑った。




「……何が可笑しいんじゃ?」




「……いや悪い。これが送られてきた」




ライベックが腕にはめた銀色の装置を操作すると、




空中に映像が表示された。




裸のブルザックがガタイの良い、




これまた裸の男二人に揉みくちゃにされている。




「これが送られてきた時は笑っちまったよ。




身体に傷はない所を見ると、




肉体的な拷問より精神的に責められたんだな。




オスカー王子もいい趣味してやがる。




一度、酒でも飲みたいもんだ」




ライベックは白い歯を覗かせ、




くっくっくと肩を震わせた。




「兄さん、何で笑えるんだよ。




ブルザックが可哀そうじゃないか」




バルロックは見るに堪えないと、




こめかみに手をやり、頭を横に振る。




「……何と酷い拷問じゃ……」




フィゴ司祭長は額に手を当て天を仰いだ。


















ゼニア大陸、某所




レオンギルトによって飛ばされた当初は、




4000名いたリリーナ軍も、




今では300名にまで減っていた。




どこに行っても魔物とオーク兵に襲われ、




一ヵ月連日連夜戦い続け、




全員疲労困憊だった。




なんとか逃げ延びて崖下の浜に拠点を築いていた。




ここならば簡単に見つからない。




食料は目の前の海で魚が獲れる。




リリーナの魔剣の能力があれば、




魚はいつでも大漁だった。




海岸の石を積み上げて壁を築いた。




木でベッドやイス、生活用品を作り、




ツルや石を使い、崖上の森に罠を張り巡らす。




定期的に離れた場所まで兵を送り火を放った。




おかげで敵はこちらを特定できないでいる。




炊事の火は煙が目立つので、




夜に炭と魚の燻製を作り置きして凌いでいる。




崖から染み出した真水を溜める為、




石と砂で小さなダムをいくつも作った。




小型のクジラを仕留めた際には、




鯨油で照明を作った。








43日目、早朝。




「リリーナ様、キャディッシュが戻ってきました」




野人のような顔になったエイブが、




洞窟の中のリリーナに声をかけた。




枝で作った目隠しの裏で、




リリーナは湯で身体を清めていた。




傍らの女の従者が布を渡す。




華奢な裸体が少し目に入り、




エイブは視線を地面に落とす。




「そうか。すぐに行く」






機械蜂と脳内チップは機能を失っていた。




二つともユウリナがいて初めて作動するものだと、




こちらに飛ばされて痛感した。




よってキャディッシュが毎日、




哨戒飛行に出ていた。




「いい知らせだ」




リリーナが着くとミーズリーが既にいた。




いつの間にやらキャディッシュと距離が近い。




「何を発見したんだ?」




キャディッシュもだいぶ野生的な顔つきになった。




「オーク共の港を発見した。




驚くほどの船の数だ」




リリーナ、ミーズリー、エイブは顔を見合わせる。




「……奪えそうか?」




尋ねたミーズリーの目に闘志が宿る。




「うん、いけそうだ」




キャディッシュは不敵に微笑む。




リリーナもエイブも、




身体の奥から熱いものがせり上がってくるのを感じた。




「まだどん底ではないようだ。




船を奪うぞ」




リリーナ様のその笑み、久しぶりだ。




エイブは自らが仕える君主の自信を垣間見て、




絶望の中に希望を感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る