第240話 マルヴァジア沖海戦編 水と氷

ユレトは船の下の海水にスクリューを作って、




通常では考えられない速度で進む。




故に敵からの遠距離攻撃が当たる可能性は低い。




再度接近、




衝突ギリギリのところで、




船の脇の海上から数十の水の槍が伸びる。




しかし、水槍は一定の距離に近づくと凍ってしまった。




敵の戦場に一際目立つ女が立っている。




あれが氷の魔女、クロエ・ツェツェルレグか。




報告書通り、片足は自らの能力で作りだした義足。




水と氷、平地なら私の方が分が悪い。




けどここは海上。




水はいくらでもある。




私の方が魔素の負担は軽いはず。




海上に手をかざし、海水をせり上げる。




そのまま水の壁を押し出した。




水の壁は大津波となり、




クロエを船ごと襲う。




だがそれも瞬時に凍らされる。




……なんて魔素量。




でも予想通り。




ユレトは大質量の海水で回転刃を作り、




津波の氷壁を砕いた。




そのまま大量の海水で圧し潰そうとしたが、




それも凍らされ逆に砕かれた。




この量でも凍らすか……。




向かってきた破片をユレトは薄い水の膜で防いだ。




クロエと目が合った。




澄ました顔。




それは実戦経験豊富な証拠。




クロエは両手を広げると、周囲の海を凍らせた。




二隻の船を中心に氷の島が出来上がる。




周囲の兵士たちがどよめく。




何て分厚い氷。




流れを変えるか。




「ゴラ、行きなさい」




小さな猿の魔獣がユレトの脇を通り、




船から飛び出た。




氷に着地すると、出来たばかりの氷原を駆けてゆく。




叫び声をあげるとみるみるうちに身体が大きくなった。




5mほどの巨大猿になったゴラは、




敵船の腹に渾身の拳を叩き込んだ。




轟音と共に大きな穴が開く。




敵兵が矢を放つがそんなもの効くわけがない。




その時、何かがゴラに襲い掛かった。




白い人型の獣だ。




どうも狼人族が狂戦士化した姿に似ているが、




魔素を感じる。




ということは敵の魔獣か。




2m半ほどの魔獣はとんでもない速さでゴラを攻撃している。




目線を戻すとクロエが消えていた。




どこに……




そう思ったのとほぼ同じタイミングで、




近くの凍った波しぶきが割れた。




氷の中から現れた……




まさか氷の中を通って……?




「氷吹雪!!」




ユレトは咄嗟に後ろへ飛んだ。




「くっ!!」




氷の粒が掘削機のように全てを粉砕する。




船体が大きく抉れた。




間髪入れず、




クロエは床から鋭利な氷柱をたくさん発生させた。




ユレトは水蛇を作りだし、




その頭に乗って上に逃げた。




しかし水蛇も下から徐々に凍ってゆく。




やはり相性は最悪だ。




船員たちが次々倒れてゆく。




何事かと思ったら敵の有翼人兵が船の周りを飛んでいた。




飛びながら正確に矢を撃ち込んでくる。




その光景は、




ユレトの頭に以前からこびりついて離れず、




徐々に大きくなってゆく邪念を想起させた。




ふと、なぜ自分は戦っているのか、




分からなくなる時がある。




もちろん半ば人質を取られている状態だから、




と言うのは事実としてある。




しかし、この戦時下。




私がウルバッハに忠実にしていたところで、




祖国が北ブリムスとキトゥルセンに侵攻されれば、




あの時の契約は意味がなくなるのではないか。




大陸の雲行きが危うくなってきた時から、




私はずっとこのことを考えてきた。




戦況は分からない。




ウルバッハは教えてくれない。




他の団員も我関せずだ。




唯一クガだけは親身になってくれたけど、




彼は何か別の事に集中しているようだった。




私自身、行動は制限され、監視されている。




勝手には帰れない。




しかし、もう祖国はないとしたら?




もう、家族もエイクも死んでいるとしたら?




私は何のために戦っているの?








大量の海水で両側から圧し潰すように、




ユレトは攻撃を仕掛けた。




当然凍らされ、動きは止まる。




しかし、ユレトは一段と魔素を練り込み、




氷を砕いて水の針を飛ばした。




次々と際限なく、




全方向から何百と攻撃を仕掛ける。




やがてクロエは氷の塊で見えなくなった。




視界を奪えれば上々。




チャンスは今しかない。




ユレトは大量の魔素を練り込んだ水の槍を勢いよく投げた。




槍は凍らずに、氷の塊の中心を貫く。




手ごたえあり。




引き抜くと、槍の先端は赤く染まっていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る