第241話 マルヴァジア沖海戦編 再会

氷の塊からクロエが勢いよく飛び出した。




砕け散った氷に赤いものが混じっている。




よく見るとクロエは傷を負っていた。




患部は既に凍らせてあったが、




どうやら腹をやられたらしい。




敵の剣を捌きながら、




横目で魔人同士の戦いを確認していたアラギンは、




どうしたものかと悩んでいた。




まさかこんなところで会うなんて。




あれは、あの水を操る魔人は……フェシア。




フェシア・ルシエル。




間違えるはずがない。




【千夜の騎士団】に入って、




名をユレトと変えたのは知っていたが……




これはまるで悪夢だ。




どうする? 




いや、どうするじゃない。




事態を収束できる可能性があるとしたら、




それは俺にしか出来ない。




行かなければ。




「お前が将軍かァ!!!」




「ぐっ!!」




敵兵の強力な太刀を防ぐ。




しかし大柄な敵兵の力は想像以上だった。




なんて力だ……。




剣同士がギギギと嫌な音を立てながら、




ゆっくりと自分の肩にめり込んでゆく。




激痛に思わず膝が折れる。




「ぐおお……」




このままやられると思った時、




ふいに敵兵の力が抜けた。




そのまま倒れた敵兵の背中には、




矢が二本刺さっていた。




視界の隅に有翼人兵のジェイドが映った。




『礼には及ばんよ、将軍殿』




脳内通信で陽気な声。




アラギンはなんとか窮地を逃れた。




『助かった。クロエの方は大丈夫なのか?』




『引っ込んでろって言われたよ』




ジェイドは苦笑交じりに返してきた。




「将軍!! 敵艦が4隻向かってきます!」




部下の声に振り返ると混戦してる海域を迂回して、




真っ直ぐこちらにやってくるのが見えた。




「13番船、39番船はこちらに向かえ!




着いたらありったけの火を放て!




41番船、7番船、56番船は今送った地点へ!




援護を頼む!」




指示を飛ばし終わった時、




ドォォォンンっと腹に響く衝撃が船を襲った。




「今度はなんだ!!」




「巨大猿です! あのヤローまた船体に穴を!」




アラギンはひとまず部下と共に大型弩に走った。




近くにいた友軍の船から援軍が来てたので、




敵兵の数は減ってきている。




目の前に人狼と化したギーが吹っ飛ばされてきた。




「危ない!」




木箱を破壊しながら止まったギーは、




咆哮を上げると目にも止まらぬ速さで巨大猿に襲い掛かる。




「よし、早く矢を巻き上げろ!」




部下に矢の装填を任せ、




アラギンは自ら照準を合わせる。




二体の魔獣は船の下の氷原で戦っていた。




飛び回るギーに力尽くで拳を振りまくる猿。




ガキンッ!と金属音が鳴る。




「将軍、いけます!」




アラギンは迷わずレバーを引いた。




放たれた大型の鉄矢はとてつもない速さで、




巨大猿の肩を貫いた。




部下たちが拳を上げ叫ぶ。










「これで……どうだ!!」




ユレトは海水から二十を超える蛇を作りだした。




「海蛇っ!!」




蛇たちは勢いよくクロエに襲い掛かった。




凍らされるより早く、




牙を当てる。




だがクロエも凍らせた蛇を足場に、




舞い踊るように躱してゆく。




飛んでくる氷柱を防ぎながら、




ユレトもさらに早く蛇たちを操る。




氷の島の上に、




絡み合う蛇の巨大氷オブジェが次々構築されてゆく。














『クロエ殿!……クロエ殿!




ユレトは私の知り合いです』




クロエの脳内にアラギンの声が響く。




『だからなんだ? 殺すなとでも?』




クロエは四方八方から襲い掛かる海蛇に手一杯だ。




『彼女は【千夜の騎士団】ですが、




元はガスレ―王国の姫で、




団長に人質を取られ仕方なく……』




『私の知ったことではない。




アラギン、お前、自分の仕事に集中しろ』




『俺が話せば戦いを止められるかもしれない』




『無駄だ』




何を考えてる、アラギン。




この戦いはどちらかが死ぬまで終わらない。




そんなこと分かってるだろうに……。




言葉にはしなかったが、




ここ数日共に過ごした艦隊司令官の変貌ぶりに、




クロエは心中穏やかではなかった。












やはりクロエ殿を動かすことは無理か。




それはそうだ。




焦った自分が悪い。




アラギンは走り出す。




「将軍!どこに!?」




部下の声を背中で聞き、




敵船まで全速力で移動した。




敵兵はもうほとんど倒れていた。




「フェシア!」




頭上を見上げ、巨大な氷のオブジェで戦っている二人に叫ぶ。




「フェシア!!」




しばらく叫んでいると、




二人が落ちてきた。




目前で激しい能力同士のぶつかり合いが起きる。




「敵っ!」




すぐそばに敵兵の姿を確認したユレトは、




凄まじい質量の水流を繰り出した。




「フェ……うぉっ!!!」




水の壁に弾かれたアラギンは壁に勢いよく叩きつけられた。




「ぐうぅぅ……」




妙に腹が痛い。




気が付くと横っ腹に木片が刺さっていた。




ジワリと血がにじみ出す。




「あ……くそっ……」




近くにユレトが来た。




両手に水の渦を纏い、




荒い呼吸でクロエを見据えている。




斜め後ろのアラギンにちらっと目をやると、




すぐに視線を戻す。




後ろから攻撃される心配はないことを、




確認したのだろう。




だがすぐにもう一度振り向いた。




「……エイク?」




アラギンに駆け寄る。




「あなた……エイクよね?




ここで何を……」




「フェ……フェシア。




また会えるなんて……」




アラギンは弱々しくも満面の笑みで微笑んだ。




呆然とするユレトは、




迫りくるクロエに気付かなかった。




「殺し合いの最中に、




背中を見せるとは舐めてるのか?」




振り向いたユレトに、




クロエの放った身の丈ほどの氷柱がヒットした。




「フェシアッ!!!」




アラギンの声が響く。

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