第167話 タシャウス王国編 隠れ家で作戦会議

宿に戻り荷物を持ってすぐにその場を離れた。




追手は確実に迫っている。




既に朝日が昇り始め、通りには人の気配が出始めていた。




「とにかくこの通りから離れるんじゃ」




「はい」




大通りから細い路地へ入る。




ガチャガチャと鎧の音が至る所から聞こえる。追手だ。




「ソーン様! こちらです!」




商店の一つから若い夫婦が顔を出し、手をこまねいていた。




「……おぬしら、何者じゃ?」




二人は警戒しながら足を止める。




「私たちは〝ラウラスの影〟の工作員です。




さあ、中にお入り下さい」




ソーンはそこで気が付いた。




「お前たちレジュの宿屋街にいた……」




狭い路地でソーンに驚いた若い夫婦だ。




人の好さそうな旦那は微笑む。




「我々はどこにでもいます」




中はガラス製品の店だった。




まだ開店前なので店頭に出す棚などが置かれている。




「さあ、ここは外から見られます。




二階に上がりましょう」




妻に促され階段を上がると書斎があり、そこに一人の老人が座っていた。




「朝早くから騒がしいのう……」




「ヤホン爺、相変わらず早起きね。




紹介するわ、この方たちはキトゥルセン連邦王国から来たソーン様とダリナちゃん」




ダリナは椅子に座らされ、ソーンはヤホンと握手した。




「ヤホン爺は元ガシャの樹の研究者なんです」




ソーンの眉がピクリと上がる。




「ほっほ、わしはただの裏切り者じゃて」




ヤホンは笑いながら禿げ上がった頭を撫で挙げた。




「……詳しいお話をお聞かせ願えますかな」




旦那は店を開けないと怪しまれるということで一階へ、




ソーンは妻と共に椅子に座りヤホンに向かい合った。




妻はリハと名乗った。本名は言えない決まりらしい。




出身はコマザ村だという。引き締まった身体をしている。




元兵士だろう。




ダリナはリハからお茶を貰い休憩している。




ヤホンはリハ達が獲得した現地協力者、いわゆる情報屋だ。




ヤホンの娘を言葉巧みに操ってノーストリリアに移住させ、




ラウラスの影が監視していることを伝え、




自分たちに協力するようにと迫ったらしい。




断れば……という言葉を言う前に聡明なヤホンは承諾した。




しかし、元々ヤホンは王室が運営する研究室の在り方に不満を持っていたという。




「ガシャの樹の結晶が持つ不可思議な夢の作用を調べるにあたって、




孤児を使って人体実験をしているのでな……。




大勢が心を失い狂ってしまった。




更には犯罪者を感染させて腐樹になる過程を観察したり……。




それらを間近で見るのは辛い。




正直うんざりしていたのもあってな、




あんた達に協力したんじゃ」




リハは机から紙の束を出した。




「ヤホン爺が研究室から持ち出した書類です。




オスカー様の症状がこれで改善されるかも」




「これは……かなり貴重な資料じゃな」




リハは資料をソーンに託した後、




タシャウス王国について仕入れた内部情報を教えてくれた。




国王、テミス・タシャウスの妻で妃のシャミエは、




南の大国テアトラの名家出身で、弟が護衛隊長、




さらに下の弟がバシューダン寺院の管理責任者らしい。




それがアグトレスだった。




「アグトレスの養子の魔人についてもある程度調べました。




どうやらその子を使って周辺国、




特に情勢が不安定なレジュ自治区の要人暗殺をしているという噂が……」




「……言われてみればそうかもしれんな。




動きが訓練された者のそれじゃった……。




わしらが出会った時もその帰りで追手に追われていた、




と考えれば辻褄が合う」




妃とアグトレスはテアトラの筆頭12名家、ダスケス家出身で、




そこから莫大な資金が王家に流れてきているという。




それにより裏では妃が実権を握っている。




静かにゆっくりと、しかし確実にテアトラは大陸中央部に触手を伸ばしてきていた。




ただ最近はブリムス同盟のおかげでその動きが鈍っているという。




「叩くなら今かもしれません。




どの道素性がバレて我が王国に火の粉が降りかかるようでしたら、




アグトレスと魔人の排除だけでも出来れば、事態は収束する可能性が……」




「ドラグルを……殺すの?」




話を聞いていたダリナは悲しそうな顔をした。




「……ソーン様のお噂は聞いております。




大剣豪で元将軍、今は5人しかいない【王の左手】。




このような方が我々の担当区域に来ていらしたのは十神のお導きです。




動くなら今です」




リハの目は真剣だった。




「わしも子供たちが解放されるなら協力するぞ」




ヤホンも笑う。




「……確かに事が大きくなるのは危険じゃな。




戦後でガタついている時にブリムス同盟と完全に敵対してしまうのは避けたい。




……いやしかし、一番の問題は魔物じゃな。




さて、どう動くか……」




リハはもう一つ重要な情報を話した。




「タシャウス王国の宰相、




ハンドロ氏は権力をテミス国王の手に戻したいと考えています。




城の護衛兵に連絡員が潜入していますので確かな情報です。




好き放題やっているダスケス家を嫌っているとか。




密約を交わせば協力してくれるかもしれません」




その後も話し合いが続き、ハンドロ氏の協力が得られれば、




暗殺と子供たちの救出が決行されることになった。




「ダリナ。こういった結果になるとは残念じゃ。大丈夫か?」




「……ソーンさん。ドラグルは多分命令されて、断れなくて動いているだけです。




きっとそう。私分かるんです。話したから……」




幼いながらも兵士としての心構えがある。




それは立派だが、だからと言って簡単に割り切れるものではない。




ダリナは辛そうに眉を寄せ、静かに涙を流した。




「今日中にリハが動き、決行かどうか分かる。




協力が得られなければ、暗殺はなくなる。




まだ決まったわけではないのだ」




「はい」とかろうじて頷いたダリナは、




泣きつかれてそのまま長椅子で眠ってしまった。




その日は一日中、リハの家に身を隠し、身体を休めた。

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