第166話 タシャウス王国編 バシューダン寺院の秘密

神殿にてソーンと合流したのはその日の夜だった。




古代文明の遺跡は地面からいくつもの塔が生えていて、




至る所で青く弱い光が瞬いている。




建造物なのか、星へ飛ぶ船なのかは分からない。




見慣れた光景だ。




ソーンたちの他にもいくつか焚火が見える。




ここは旅人たちの野営地となっているようだった。




ダリナとドラグルはだいぶ距離が縮まったようで、




ソーンはダリナの残り少ない人生に、




一つのいい出会いが出来たことを内心喜んだ。




三人は焚火を囲み、一夜を過ごした。








翌朝、タシャウス王国の北門が開く時間に合わせて、




ソーンたちはブエナ遺跡を出発した。




門までの街道には出店が並び、




商人たちが開店準備で忙しそうに動き回っている。




朝早くだというのに北門には検問待ちの行列が出来ていた。




「凄い数の人だね」




「いつもこんな感じだよ。半分以上はバシューダン寺院の観光だね」




ドラグルとダリナは仲良さそうに話している。




検問は難なく通れた。




寺院への観光がこの王国の大きな資金源になっているらしく、




よほどのことが無い限り入国できる。




町の建物は青に統一されていてとても美しかった。




建物は円柱状で3、4階建てが多く、通りは活気に満ちている。




馬車が行き交う大きなメイン通りを歩いていると、




前方から10名ほどの高官集団が近づいてきた。




僧衣が4名、兵士が6名。




「……父上、ただいま戻りました」




ドラグルが一歩前に出た。




「遅かったな、ドラグル。……この方たちは?」




黒いひげを携えた僧衣の一人がドラグルの頭に手を置いた。




「僕をここまで送ってくれた旅の方たちです」




道中とは違ってドラグルはおとなしくなった。




「ソーンと申します。こちらはダリナ。




バシューダン寺院を一目見に旅してまいりました」




「私はドラグルの父、アグトレスです。




息子を送って頂き感謝いたします。




どうぞタシャウスを楽しんでいって下さい」




30代なのに老齢のように落ち着いた物腰で、




ソーンと握手したアグトレスは「行くぞ」と静かに言い、




ドラグルを連れて、来た道を引き返していった。




ドラグルは振り返り、複雑な表情で「さようなら。ありがとう」と言った。






「いい所の子だったんですね、ドラグル……」




ダリナは呟いた。




「あの父親……なぜ我らの場所が分かったのか……。




国の高官で息子が魔人……。




これは……わしらの正体はもうバレているかもしれんな……」




「考えすぎですよ……。ちょっと厳しそうな人だけど、




私はきっと家では優しいのだろうなって思いました」




しばらく去り行く彼らの後姿を見ていたが、




やがて二人もその場を後にした。










夜。




ソーンとダリナはバシューダン寺院の裏側にいた。




右目を青く光らせているソーンの視界には、




寺院の中に侵入した機械蜂からの映像が送られてきている。




「どうですか、ソーンさん」




傍らには黒装束に身を包んだダリナが武装して待機している。




当たりに人影はなく、町は静まり返っていた。




「待て……もう少しかかる」




昼間、ドラグルと別れてから一般参列者に紛れて寺院の中に入ったのだが、




人が多すぎて調査も何も出来なかった。




「よし。裏口のカギが開きそうだ。行くぞダリナ」




「はい」




壁を上り敷地内に入る。




丸い屋根の寺院には至る所に松明が灯っていて、




2階と3階には人の影が複数見えた。




機械蜂が内側から開けた扉を潜り、寺院の内部に入る。




「誰か来たら殺すんですか?




外交問題になりませんか?」




ダリナの声は不安そうだ。




「見つかったらな。極力戦闘は避ける。




1階には誰もいないから安心せい。わしらの目的は地下じゃ」




昼間見たガシャの樹は、白い宝石で出来ているみたいに綺麗で壮観だった。




ただ1階から見えたのは樹の上の方で、




おそらく本体は地下の方にある。




二人は一階の廊下を進み、地下に向かう階段を下りた。




松明が等間隔にあるということは下に人がいるということか。




機械蜂を先行させ、二人は音を立てないように階段を下りてゆく。




地下2階で階段は終わり、巨大な部屋に出た。




真っ暗だったが、ソーンの視界には暗視した映像が送られている。




「ダリナ、わしの服を掴んでおれ」




「は、はい」




ダリナは漆黒の闇の中だ。




「ん? これは……」




「な、なんですか、敵ですか?」




「いや……机がずらりとならんでおってな、




その上にはガラス製の実験器具と書物が積まれておる……




どうやらここは研究施設のようじゃの」




「研究って……ガシャの樹の?」




「そうじゃ……む! 誰か来る! こっちじゃ」




ソーンとダリナは棚の間に身を潜めた。




やがて二人の足音が近づいてきた。




「24番の結晶は結局駄目だったか?」




「ええ、やはり人為的に変化させるのは難しいのではないですか?」




「まあ進めるしかあるまい。




あの機械人が持って来た石板が正しければ、




いつか成功するだろうよ」




「まったく、いったいいつになることやら……」




松明の明かりは遠ざかっていった。




「……もう大丈夫じゃ。行くぞ」




研究部屋を突っ切って奥の扉を開けると、




巨大ならせん階段が現れた。




その中心にあるのは……ガシャの樹だ。




幹はまだまだ地下に続いている。




ガシャの樹が青白く光っているので、視界は良好だった。




「わあ……すっごくきれいですね」




「あまり見るな。いいものではないぞ」




二人はひたすらに階段を降り続けた。




もう研究者はいないようだった。




地下12階まで来てようやく地面に着いた。




「はぁ、はぁ……だいぶ下りましたね」




「ダリナ、動くな」




切迫したソーンの声に、ダリナは腰の短剣を握る。




「あ……ソーンさん、これは……腐樹?」




ガシャの根はかなり広い空間に伸びていた。




幹と同じく、地面を這う根も白い宝石のようで、




仄かに青白く光っていた。




その合間に……大量の腐樹が生えている。




「下がるのじゃ、ダリナ。階段に戻れ」




腐樹はまだ人間の形をしたモノもあり、実をつけている樹は少ない。




ソーンは機械蜂で魔物を探した。同時に抜刀する。




腐樹があるなら、魔物もいる。常識だ。




機械蜂は奥の方に飛んでいく。




ソーンの視界に壁をくりぬいた鉄格子が映り込む。




なんだ? 何かが動いている……




ズームされた映像には魔物が映っていた。




「イトアシ、チグイ……飼っているのか?」




「ソーンさん、ソーンさん」




階段の手摺から身を乗り出して、




ダリナは少し先の地面を指さしている。




「あれ見て下さい」




目を凝らすと、ガシャの根と腐樹の根が途中で結合していることに気が付いた。




「……なんと……どちらが侵食しているのか……




いや、ガシャの樹は……腐樹の成れの果てなのか……?」




驚くべき新発見に二人はしばし口を噤んだ。




そしてそのせいで、闇の中で蠢くものに気が付くのが遅れた。




ソーンの視界に機械蜂からの警告が入ったのと、




既に目前まで迫った黒い影に気が付いたのは同時だった。




「!! 何か来る! 避けろダリナ!」




木製の階段を一瞬で破壊したその影は、




歪な形の腕を振り上げ、ソーンに襲い掛かる。




ギィィィィンと刀身が鳴り、間一髪で防いだソーンは、




襲撃者を見て目を見開いた。




「おぬし、ドラグルか!」




全身を鋭利な黒水晶に変化させ野獣のような姿のドラグルは、




ソーンを見て驚いた表情を見せた。




「え? ソーンさん? ……うぐ!」




その時、飛び上がったダリナが放った矢がドラグルの背中に刺さった。




「嘘……ドラグル?」




ドラグルは飛びのいて距離を取った。




「なんで……どうしてダリナがここに?」




困惑しているドラグルの背後からアグトレスが姿を現した。




「やはり侵入者はあなた達でしたか。




キトゥルセン連邦王国【王の左手】ソーン・ジルチアゼム」




アグトレスの後ろには衛兵が20人ほどいた。




「……バレておったか」




「これは国際問題ですね。




ガシャの樹の情報が欲しければ正式な外交手段を取ればいいものを……」




「南の大国テアトラと通じていることくらいは我らも知っている。




それに、カサスとも敵対しているようじゃの……。




ウチの王はこの国がどういう国か既に知り抜いておるのじゃ。




そもそもおぬしら、情報を渡す気などサラサラないであろう?」




アグトレスは薄暗い中でも分かるくらい、ニヤリと笑った。




「北の蛮族がいい気になるなよ……ドラグル、行け!」




「で、でも父上。この方たちは……」




「今の話を聞いていなかったのか?




本当に馬鹿な奴だ!




こいつらは敵のスパイだ! お前の敵だ!




さあ、やれ!」




困惑しながらも再び鋭利な水晶を出したドラグルは、




「……ごめんなさい、ソーンさん」




と言ってから猛烈な速さで突っ込んできた。




剣で受けたがソーンは吹っ飛び、壁に叩きつけられる。




「うっ! なんて力じゃ……」




「ソーンさん! 摑まって!」




咄嗟に手を伸ばしたソーンは、




気が付けば突風と凄い力に引っ張られ宙に上がっていた。




ダリナは重そうにソーンの腕を掴みながらなんとか上昇を続ける。




「ガシャの樹に触れぬようにな。大丈夫かダリナ?」




「う……くっ……はあはあ……だい……じょうぶ……です!」




下の方から慌ただしい声が届く。




ソーンは機械蜂をらせん階段に止まらせ、爆破させた。




「これで少しは時間を稼げるはずじゃ。




ダリナ、悪いがもう少し頑張ってくれ」




「はい……。それにしても……はあはあ……ドラグルが……敵になるなんて」




「わしらが敵と知らなかったようじゃ……。




だがあの男は知っていた」




「まさか……出会いも偶然じゃなく……」




「いや、そこは偶然じゃろうが……。ドラグルには迷いがあった。




このままだとまた戦う羽目になるじゃろう。何とかせねばな」




二人はこれからの殺伐とした展開を予期しながら、




ガシャの樹の横を、地上目指して上がっていく。




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