第3話 スキル【千里眼】2

(シースルー)のコツ。


それは目標物までの空間に何枚もの板があると想像する事。


一枚の厚さは0.5㎝で透明。それがいくつもの層になっている感覚だ。


視点はその層の中を一つずつ移動する。


目標の層をマークしてしまえば、あとは楽だ。


その層をさらに半分にして、視点移動。


それでもイマイチならさらに半分。


この方法ならどんな奥に隠しているモノでも、


白日の下に照らされるのだ。


初めては、過ごしやすい初夏の、昼下がりだった。


施設の庭で洗濯物を取り込んでいるサユちゃん。


俺は壁越しに(シースルー)を使った。




見えた。


それはもう……すごかった。


うん、そうだよ、なにもかも。




後から聞いた話では、俺は四つん這いで壁に顔を押し付けて、


鼻血を大量に出しながら「んあああああああっ!」と叫んでいたらしい。


生まれてから一年近くの禁欲生活、


加えて血の滲むような(滲んでない)修業の後だ。


興奮のあまりその時の記憶が飛んでいる。


まったく、俺ったら!


その後の生活なんて推して知るべしさ。


男なら誰もが想像出来ることを、淡々とやっただけだ。


今更説明なんかしない。だってそうだろ?


俺たちに言葉は要らない。心で分かり合えるはずさ、ブラザー。


もちろん、子供の身体を最大限に使うことも忘れてない。


全てはハプニング。世の中にはそういう事もあるもんだ。


たまたま当たってしまっただけだって!


そりゃあ手が偶然そこにいくこともあるよね!


ああ、ここは天国か!


……そ、そんな目で見ないでサユちゃん。



そんな満ち足りた日々も突然終わりを告げた。


俺が5歳の時、サユちゃんは結婚した。


相手は村長の三男。好青年だった。


身長も筋肉もそこそこあり、剣術の心得もあるそうだ。


顔もそこそこ。名前は聞いたけど脳が拒絶したみたいで、


1㎜も覚えてない。覚える気ない。覚えたくない。


俺のサユちゃん……。行かないでサユちゃん……。


俺は失恋した。厳しい冬の足音が近づく、雨の夕暮れだった。


去ってゆく直前、そこそこ君の股間を思いっきり殴った。


もちろん下から。体重を乗せたアッパーカット。


ばーかばーか!


うずくまりながら「げ、元気だなぁ」と作り笑顔のそこそこ君。


俺だったら怒り狂ってるかもしれない。


彼女の職場だから気を使って自分を殺している。


く、くそぉイケメン君だ。


その姿を見て、俺の方が年上なのに何やってんだろ、と冷めた。


二人の後姿を見送り「バイバイ」と叫ぶ。


サユちゃんは笑って手を振ってくれた。


明日から心を入れ替えよう。そう思ってその日は賢者のように寝た。


次の日、俺は(ズーム)と(シースルー)を掛け合わせて、


5キロほど離れた二人の家を見ていた。


さすが新婚さん。お盛んです。あざっす。


見たいという想いが強いからだろうか、細部までくっきりだ。


こちとら38年生きてんだ。世知辛い日本の経済に揉まれてんだ。


二十歳前後の若造じゃないんだ。酸いも甘いも経験してる。


もう滅多な事じゃ感動も絶望もしない。


そんな簡単に人は変わんねえんだよ! ははははは!


……はぁ、嫌な5歳児だ。 

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