第110話 ボサップ、ネネル連合軍vsファシル家、魔獣カシュブシュ

ベミー、ミーズリー連合軍がダグ家を打ち破った翌日早朝。


一番距離のあるファシル家陣営に、ボサップ、ネネル連合軍が襲い掛かった。


前線から遠かったが、ドーソン家陥落の報が入っていたため、


下草が朝露で濡れている早朝にもかかわらず、


警備には力が入っていた。


真正面から力尽くで突入したボサップ軍は、


前方に怪力自慢の巨兵を集め、警備隊を圧し潰した。


野営地の入り口付近で動くもの全てを襲っていると、


奥から戦闘準備の整った精鋭部隊が向かってきた。


「団長! 正面の奴、ファシル軍の将軍ですよ」


「ここで殺れないのは惜しいな。退くぞ」


ボサップは挑発の笑みを浮かべながら、槍をまとめて三本投げ、


かなり距離のあるファシル将軍脇の副官2人の息の根を止めた。


「見たか、あの顔。ビビってるぞ」


副団長のノワは返り血で真っ赤になりながら笑った。


野営地を出てしばらく逃げ、草原に出る。


成人男性を超える草が生い茂る見通しの悪い場所だ。


やがて追ってきたファシル軍が姿を現す。


『よし、いいぞ、姫様』


『やめてよ、その呼び方』


待機していたネネル軍は上空から矢を放った。


間延びしたファシル軍は中央で分断、


後ろ半分は振り続ける矢の雨でじわじわと数を減らしていった。


後方がやられ、混乱したファシル家は草原の奥深くまで足を踏み入れた。


視界が悪く、兵と兵の間に距離が開き始めた時、


至る所から槍が突き出し、そこは阿鼻叫喚の地獄と化した。


「固まれ固まれ!」


ロージー・ファシル将軍は太った巨体を馬の上で揺らし、


何とか自分の周りに兵を固めさせようとしていた。


「おい」


振り返ると目の前に褐色の大柄な兵が立っていた。


「キトゥルセン軍軍団長、ボサップ・ガランテだ。


お前将軍だな? 俺と一騎打ちしようぜ」


好戦的な野獣の顔にロージーは顔を引き攣らせた。


「……やれ! こいつを仕留めろ!」


「……おいおい、なんちゅー奴だ。誇りはないのか?」


ボサップは呆れ、ため息を吐くと、


特大の槍で20名ほどの敵兵を僅か三振りで片付けた。


「ははは、他愛ない。……さ、あとはお前だな。


感謝しろよ、お前の名誉を傷つけないように奇襲しなかったんだから」


「ひいいい!!」


ロージー様!! と草むらから飛び出てきたのは頭を布で巻いた槍使いだった。


「おお!ベオドラム! 助かった。こいつを殺してくれ!!」


「なんだ? 用心棒か?」


演武のようにぐるぐる槍を回す様は、なかなかの使い手だ。


「私が相手だ、来い!」


返り血は普通に考えてボサップの部下のだ。


槍を構えるベオドラムにボサップは躊躇せず特大の槍を投げた。


自慢の槍術を見せる間もなく、ベオドラムの腹に大きな風穴が開き、


驚いた顔のままその場に崩れ落ちた。


「おいおい、戦争だぞ。一騎打ちなんてやるかよ」


「団長、すげー矛盾してますよ」


振り向くと古参兵のトロサーが白けた目で見ていた。


「がはは! バレた?」


笑いながら絶望のロージーに剣を向けたボサップは、


「あーなんか……いいや。お前殺さないでやるよ」


そう言い踵を返した。


「団長の機嫌が良くてよかったな。お、これいいな、貰ってくぜ」


トロサーはロージーの高そうな剣をぶんどってから、両手を縛った。






上空から矢を放ち、順調に敵の数を減らしていたネネル軍だったが、


突如巨大な岩が飛んできて、数人の有翼人兵が犠牲になった。


「ネネル様、あそこです!」


護衛兵の一人が指さした先には投石器があった。


「いつの間に……」


三つの投石器の周りには百人以上の敵が集まっていた。


「敵兵が集結しつつあります。矢が飛び交っていますので近寄れません」


ネネルは一人の兵士を呼んだ。


「ライカ!」


現れたのは兵士と呼ぶには幼い12歳の女の子だった。


「ライカ・ダリナ・モレッツ、参りました!」


やや緊張した面持ちのライカは、


その背丈に似つかわしくない長弓を持っていた。


「ここから投石器を動かしてる敵兵を排除して」


「はい! 了解です」


「こんなところから……」


護衛の兵士が驚くのも無理はない。


普通の射程の倍はある。


ビッと小気味いい音と共に放たれた矢は投石器横の兵の頭に刺さった。


「その調子よ。全部無力化しておいて」


投石器など雷撃で壊せるのだが、自分が常にいれるわけではないので、


やはり部下一人一人の経験値を上げることは大事だと、


ルガクトに教わった。


そのルガクトはというと、離れた所でガゴイル族の隊長と一騎打ちをしていた。


ガゴイル族がいるということは……。


「ネネル様! 来ました!!」


右の空から魔獣カシュブシュが向かってきていた。


「やっぱりいたわね。アレは私が引き受ける。


あなた達はついてこないでいいわ」


しかし、と言いかけた護衛達を後に、


ネネルはカシュブシュに向かって行った。




ガゴイル族の隊長はすでに飛ぶのがやっとという体だった。


腹に大きな切り傷がある。


ルガクトの斧手に裂かれたのだ。


「……もう終わりだ。退け」


傷だらけの隊長は顔をゆがめた。


「……我らはやられるわけにはいかない。退くわけにはいかない」


「……忠告はしたぞ」


ルガクトは凄まじい速さで斬りかかり、隊長の翼の被膜を盾に切断した。


飛んでいられなくなった隊長は錐揉みしながら落下していった。



地面に降りたルガクトは倒れている隊長に歩み寄った。


「お、お前、名前は……?」


「ルガクト」


「ルガクト、頼みがある」


「なんだ?」


「西のラライラ山に俺たちの村がある。俺たちが負けたら、


家族が殺される……。敵にこんなこと頼むのはどうかしてるが……


こんなに強い奴は初めてだし、あんたは信頼できそうだ。


どうか……村を、一族を救ってくれないか?」


「どうして俺がそれを信じる? お前の罠かもしれない」


「いや……あんたは、やってくれるさ……。


一ついいことを教えよう……村の奴に〝フュージアネット〟と言ってくれ。


きっと大きな力が……手に入る……。


そんで、こんなクソみたいな国も……きっと潰してくれる……」


隊長の呼吸音が不規則になってきた。


「……いろいろありそうだな。名前は?」


「……ヘル……ガット」


「ヘルガット。そこには何がある?」


「ふふ……気になるか? ……頼ん……だぞ……」


ヘルガットは事切れた。


「面倒なことになった……」


ルガクトは剣を収め、再び空に舞い上がった。




相変わらず雷撃はカシュブシュに当たらない。


奴の能力に何か関係があるのか。


ネネルとカシュブシュは戦場から遠ざかって、大きな川の上にいた。


耳元をグワーンを鐘の音のような音が通り過ぎる。


微かに視界が歪む。


「くっ……」


追われているネネルは急展開、


宙返りしてカシュブシュの頭上まで一気に移動し、


至近距離で雷撃を放った。


雷が落ちるような轟音と共に、


焼け焦げたカシュブシュは川に落ちた。


「もう一回!!」


ネネルは川に雷を落とした。


逆さになった魚が大量に浮いてきた。


「どうよ……」


一時の静寂の後、少し離れた場所から派手に水しぶきがあがり、


カシュブシュが飛び出てきた。


「もう、なんなのよ、アイツ!」


ネネルは咄嗟にレーザーを放つが、距離があると意外に当てるのは難しい。


また追われることになったネネルは、


カシュブシュの音響波を必死で避けながら、


今度は太陽の中に入った。


だいぶ上空まで上がり、一気に加速しながら降下、


そのままランスをミサイルのようにカシュブシュに向かって投げた。


「これでっ!」


太陽の光で視界を失ったカシュブシュは、


直前で何とか落下してくるランスを躱したが、


背後に回ったネネルの姿までは捉え切れなかった。


「どお……なのよっ!」


ネネルの手には金色に発光する雷剣があった。


カシュブシュは自分が切られたと認識する前に、


真っ二つに分かれていた。

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