第164話 タシャウス王国編 タシャウスへの旅と謎の少年

タシャウス王国に行くには旧モルテン王国からルードヴィア共和国、




レジュ自治区の四か国を貫く〝青砂街道〟を南下する。




ザサウスニア軍に破壊されたモルテン王国最南端の街、




スラヴェシを出発して3日、




ソーンとダリナの乗る馬車はルードヴィア共和国の中ほどまで来ていた。




街道の両側は青い砂漠が広がっている。




「ここら辺まで来ると、だいぶ暖かいですね」




馬上のダリナは既に甲冑を脱いで軽装の革ベスト姿だ。




「ふむ、そうじゃな。




もう冬が来るというのに……今年は暖冬かもしれん」




国を出たことがなく、周囲の物に興味津々なダリナに比べ、




大陸を旅したことがあるソーンは落ち着いていた。




ソーンは懐から小さなガラス瓶を取り出し、太陽にかざした。




中に入っているのは〝ガシャの根〟の破片だ。




「なんですかソーンさん、それ?」




「ダリナ、おぬし今回の任務ネネル殿から何も聞いとらんのか?」




「えっと………〝ガシャの根〟の秘密を暴いてこいとしか言われませんでした」




「……これがその〝ガシャの根〟じゃ」




「ええー! これがそうなんですかー!




うわー、キラキラしてて綺麗ですねー!」




一気にテンションの上がったダリナは翼をバサバサと動かした。




「タシャウスには〝ガシャの根〟が寺院に祭られておる。




少しでも多くの情報を持って帰るのが我々の仕事じゃよ」




「なるほどです。……ん? 誰かこっちにきますよ」




そう言われてソーンは前方に目をやった。




一人の男の子が駆けて来る。




「……助けて! 追われてるんだ!」




まだ十歳かそこらの男の子は薄汚れた格好をしていた。




その時、街道の先の曲がり角から数十人の狂暴そうな輩が現れる。




「お願いします!」




「……乗るんじゃ」




ソーンは馬車の奥に少年を隠した。




「ダリナ、勝手に動くなよ」




「は、はい」




武装した面々は見るからに夜盗といった格好で、




道行く商人の馬車に力ずくで乗り込んで中を確認している。




「ふむ、これはまずいことになった……




わしが一度に相手できるのは6人までじゃ。




ダリナ、合図したら上空に飛んで、7人目になった者を順に射抜いてくれ」




「……分かりました。任せて下さい」




賊は35人ほどいる。殺しを何とも思わない凶悪な連中……。




ハッタリだけの者も大勢いる。




しかしあいつらは自分の思い通りならなかったら簡単に剣を振るうタイプだ。




ソーンは長い人生経験から一目見てそう判断した。




「止まれ!」




髪の長い男がぞんざいな態度で馬車の前に立ちふさがる。




「この辺で小さいガキを見なかったか?」




「見ておらぬな。先を行くのでどいてもらうと助かるのだが……」




「だめだ、中を見させてもらう。おい! 入れ!」




その声に部下が二名、馬車に足をかけた。




「ん? へー珍しい。お頭! こいつ有翼人ですぜ!」




全員が一斉にダリナを見た。




「ほう、本当なら高値で売れる……」




「今じゃ!」




ダリナが飛び上がったのと、




一番近くの者にソーンが剣を振るったのは同時だった。




「ぐあああ!!」




「じじい! てめえ殺されてえのか!」




全員が抜刀し、一気にソーンに向かってくる。




二本の剣を抜いたソーンはあっという間に2人を斬り、




流れるような動きで次々と繰り出される剣を捌く。




「このじじい、強いですぜ!」




「やれ! 殺せ!」




ダリナも弓を放ち、一番怪力そうな男を始めに沈めると、




素早く二射、三射と続ける。




あっという間に二人で十人以上を片付けた。




「この野郎! 全員で一斉に襲え!」




長髪の男の命令に、部下たちはたじろぎながらもなだれ込む。




ダリナも弓を連射しているが到底間に合わない。




「むう……まずいの」




ソーンは数人を切り伏せると馬車の荷台に入った。




荷台には一人か二人づつしか入ってこれないので、




何とか持ちこたえていたが、幕の隙間から剣を刺し込まれ、




ソーンは絶体絶命の危機だ。




「あ! お頭! あの小僧やっぱりいました!」




荷物の影から先ほど隠した男の子が出てきた。




「前に出るな。隠れておれ」




「ううん。こうなったのは僕のせいだから……」




男の子は悲しそうな目で笑ってから荷台の外に出た。




「おい! 行くんじゃ……ない……」




なんだ? とソーンは目を凝らした。




男の子の体がみるみる変化していく。




まるで竜の鱗のように……。




男の子が消えた。




荷台の外は幕で見えない。阿鼻叫喚が聞こえてくる。




やがて静かになり、ソーンは顔を出す。




血の海だった。




ダリナが地面に降りていた。




「何があった?」




ダリナは地面に横たわり、気絶している男の子を見下ろしていた。




「ソーンさん。この子……魔人です」








レジュ自治区の宿場町、ムテージュ。




この辺りはナザロ教の影響が強く、




通りの至る所に痩せた髭面で上半身裸の男の絵が飾られている。




ナザロ教の唯一神、クラークだ。




赤い土壁の建物が並ぶ雑多な町は、




各地から訪れた行商人、旅人、役人、難民で溢れている。




人々は薄い布の貫頭衣に一枚羽織っているような、




ゆったりした服装が多かった。




熱くもないし、寒くもない。快適な気候だ。




「おい、知ってるか。




キトゥルセンの王は熊みてえな大男で、




口から火を噴いてシキ軍を一瞬で燃やしちまったらしい」




「バカ、口から火なんて噴くかよ。




魔剣使いなんだから剣から炎が出るんだろ?




それより本当に恐ろしいのは氷を操る女の魔人だと聞いたぞ。




町一つを簡単に凍らせるって話だ。




実は皇帝を殺したのはその女らしい」




ソーンとダリナは宿屋の一階にある食堂で昼飯を食べていた。




豆と肉の煮込みスープに、薄く伸ばされたパンを浸して食べる。




このあたりの郷土料理だ。




「キトゥルセン軍はここら辺まで攻めてくるのか?」




「さあな……盾になってるルードヴィア共和国も、




ザサウスニアとやり合ってだいぶ弱体化しちまったからな……。




ブリムス同盟ったって、




いざという時他国から本当に兵が派遣されるかどうか……




荷物はまとめておいた方がいいかもな」




周囲の席の話題はもっぱら先の戦争だった。




大国ザサウスニア帝国を落した北の王国は次にどう動くのか、




皆不安がっている。




「いいんですか、あの子部屋に置いといて」




翼の上から白いローブをすっぽりかぶり、




目立たない格好で3杯目のスープを飲むダリナは心配そうだ。




「目を覚まさないのなら仕方が無かろう。




この建物から出るにはこの食堂を通らなければならんからな、




見逃しはしないじゃろう。それにしてもダリナ、よく食べるな」




ソーンの指摘にダリナは顔を赤くした。




「い、いやだって、これちょっと少なくないですか?




パンも薄いし……」




「わしは1杯でお腹いっぱいじゃよ。




まあ、若いうちはたくさん食べた方がいい。




多く食べれなくなってからの方が人生は長い」




ダリナは持っていたスプーンを止めた。




一点を見つめたまま動かない。




「どうかしたかの?」




「あの……ソーンさんには話しておいた方がいいと思いまして……」




かしこまったダリナに、ソーンもグラスを置いた。




「なんじゃ? 何でも言ってくれ」




「私……みんなよりも早く死ぬんです」


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