第128話 〝鉄騎士ハーケンドルツ〟vs〝ツェツェルレグの魔女〟

ドリュウ軍が見えた時には、


俺たちキトゥルセン軍は既に布陣を終えていた。


右に森、正面に川があり、


予想では川のこちら側の平原が主戦場になる。


川は水量がなく、50m程の川幅はほとんどぬかるみになっている。


既にネネル、カカラル、キャディッシュ隊は東へ向け飛び立った。


ちなみにボサップ軍は200名を切っていたので、


残りの軍に割り振った。


こちらの戦力は約3000。


ドリュウ軍は1万強。


草原を黒い人馬が覆いつくす。


このまま川を越えてこちらになだれ込んでくると思ったが、


そうはならず、手前で全軍が立ち止まった。


張り詰めた狂暴な沈黙が流れ、


しばらく両陣営共動きがなかった。


やがて一騎の使者がこちらにやってきた。


視界に『ドリュウ軍副官ジッタノール』と表示される。


こちらもバルバレスを送った。


ここからは豆粒のようにしか見えない距離だったが、


俺には千里眼で二人の様子がよく見える。


両軍陣営の中央で数分話し合い、


二人はそれぞれの軍へ帰っていく。


ドリュウ軍からのメッセージは、要約すれば、


『出来れば兵を失いたくない、そちらも同じだろう。


魔人同士で戦って勝敗をつけようではないかフハハハハ』とのことだ。


「いいよ。私やるよ」


横に立っていたクロエは軽く返事した。


「……大丈夫か? 俺が行った方が……」


「いえ、オスカー様。


大将自らなんて考えられません。


ここはクロエ殿に任せて下さい」


バルバレスに結構強い口調で反対された。


「心配しないで、オスカー。


身体はもう回復したし、今回は自信があるんだ」


そう言い切ったクロエは自然体で落ち着いていた。


「何よりリーザの仇を取りたいから」


あれ? 落ち着いてるんじゃなかった。


ブチ切れてるんだった。





両軍の中央で二人の魔人が対峙する。


千里眼で敵の魔人を見る。


視界にデータが出た。





〝鉄騎士ハーケンドルツ〟


検知結果


???


???


???


魔素数 1138


情報


ザサウスニア帝国 所属




見た目は銀の立派な甲冑を着た騎士だ。


あごひげを生やした細マッチョな壮年の戦士といった感じ。


ハーケンドルツが構え、剣を振った瞬間、


クロエの周りに土煙が舞い上がった。




ハーケンドルツが構えた時、剣の周囲に黒い小さな球体がいくつか見えた。


なにあれ?


そうクロエが思った瞬間、


とんでもない速さでそれらが襲ってきた。


間一髪、氷の壁で防いだが、その黒い小さな球体は、


分厚い氷の壁をあと少しのところで貫通しそうだった。


一粒は爪くらいしかないが、


数十が一斉に向かってくるとかなりの威力だ。


「鉄のかけら……か?」


「魔女め。中々やる」


そう真顔で呟いたハーケンドルツは再び手の周りに黒い鉄片を纏い、


撃ってきた。


クロエは壁に隠れたと同時に一帯の地面を瞬時に凍らせた。


「無駄だ!」


敵の足元の氷が粉々に砕け散る。


クロエは続けて氷弾を乱れ撃った。


顔の前に手をやり、防御に徹したハーケンドルツが顔を上げると、


そこにクロエの姿はなく、代わりに青白い肌をした女の化物がいた。


「いきなりギカク化とは……何を焦っている!」


ハーケンドルツの体がみるみる膨らみ変形し、巨大化する。


黒い大きな野武士のような化物にギカク化したハーケンドルツは、


鉄片一つ一つを薄く伸ばし、回転させながら飛ばしてきた。


回転する刃物は氷の壁をスパッときれいに切断しクロエに向かってくる。


しかし、氷柱の波が地面から凄まじい勢いで生え、


迫りくる鉄円盤を弾き飛ばした。


そのまま氷柱の波はハーケンドルツを襲い、


後ろのドリュウ軍を分断した。


兵士が砂のように舞い飛ぶ。


ハーケンドルツが氷柱を割って出てきた。


無傷だ。


タフだが、どうも地味な攻撃しかしない、


そうクロエが感じた時、地面から無数の鉄串が飛び出した。


が、直前で察したクロエは横に飛び何とか躱した。


ずっと地面から狙っていたのか。


「惜しかった……」


ニヤリと笑ったハーケンドルツは鉄の破片を再び放つ。


今度はさっきとは違い、四方八方から曲線を描いて襲い掛かってきた。


弾丸のように向かってくる鉄片は、


クロエに当たる直前で氷に防がれる。


しかしハーケンドルツはぐんぐん鉄片のスピードを上げてきた。


防御で精いっぱいで反撃する間がない。


「なんだ、あっけないな……魔女よ」


何十もの鉄片が全方向から襲い掛かり、


流石に全て防御するのは不可能だった。


無数の鉄片がクロエに当たり、


クロエの体は砕け散った。


キトゥルセン軍から悲鳴が上がる。


クロエのいた場所にはキラキラとダイヤモンドダストが漂っていた。


今度はドリュウ軍から歓声が上がる。


その時、自軍に手を上げて応えるハーケンドルツの背後の氷柱が僅かに光った。


その氷柱の一部分がパキパキと盛り上がり、やがて人の形を成す。


「ハーケンドルツ殿!! 後ろだ!!」


ドリュウ軍から声が飛ぶ。


氷柱から生えたのは紛れもなくクロエだった。


「氷吹雪」


クロエの手から放たれた氷の渦は、


ハーケンドルツの左半身を掘削機のように抉り取った。


「……あ……がっ……」


「なんだ、あっけないな……鉄騎士よ」


クロエはギカク化を解いた。


キトゥルセン軍から割れんばかりの歓声が轟く。


ハーケンドルツは氷原にどさりと身を落とした。

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