第127話 ルレ隊の極秘任務

ルレ隊はザサウスニア国内のとある森の中にいた。


数日前にとある任務を言い渡され、


本隊とは別行動をしている。


「隊長、見えました」


「うん、ありがとう」


ルレの青く光った右目には周辺地図が見えており、


現在地のマークが目的地に到達したことを示していた。


そこは山のふもとにあり、


中々に大きな滝の上、


このあたり一帯の水源、ハナサ川の上流だった。


任務は、この川を塞き止めることだ。



ルレ隊50名と約70匹の白毛竜は、


一旦川の岸に荷物を降ろし休憩を取った。


周囲の警戒は与えられた二匹の機械蜂が自動で行ってくれるし、


白毛竜もかなり鼻が利くから安心だ。


「ルレさん! 凄い迫力ですよー!」


珍しく副隊長のシボがはしゃいでいる。


今回の任務は暗殺や奇襲ではないので、


シボに限らず隊全体にリラックスした雰囲気が流れていた。


滝の淵に立ち、シボと数名の部下たちは下を覗いて声を上げている。


「お腹空いた! 飯にしよう!!」


ルレの声に部下たちは朗らかに返事をし、


すぐに支度を始めた。


バキバキと木を伐り、蔦で結わいてテーブルや作業台を作る者、


火を起こし炭を作る者、


テントを張り、水を汲み、


トイレの穴を掘り、目隠しの幕を張る者、


道中で仕留めた鹿や猪や兎を捌く者、


分業しててきぱきと準備する。


ルレは川辺に座り、地図や書類を見てるふりをしてさぼった。


ウチの隊の連中は暇そうにしてると


「隊長も手伝ってくださいよ」と平気で言ってくるのだ。


川では白毛竜が魚を捕っている。


彼らは交代で勝手に狩りをしてくる。


口周りを真っ赤に染めて帰ってくると、


必ずお土産の獣を咥えてくる可愛い奴らだ。


リーダーのペグはルレの隣で身を丸めて寝始めた。


ルレはペグの白い毛に指を入れ撫でてやる。



昼飯は猪の串燒きを食べた。


遠火でじっくり火を通した肉は柔らかくて美味かった。


「ねえ、これ誰が焼いたの? めっちゃ美味いんだけど」


もっちゃもっちゃ食べながら聞くと


「あ、私です」


とシボが手を上げた。


「シボか。お前、天才」


そう言うと火の前にいたシボは照れた。


「副隊長、顔赤いですよ?」


1班班長のレグロがわざとらしく指を差す。


「あ、赤くないし!」


シボはそう怒鳴ってからすぐにしゃがんで火をいじり出した。


「副隊長にあんなこと言えるのレグロさんぐらいだよな……」


なにやらひそひそ聞こえる。







午後になると全員で木を伐り、土を運び、川の中に入って石を積む。


白毛竜も荷運びに大活躍だ。


切り出した丸太を滝の手前に何十本も積み、水の流れを食い止める。


元々川幅が狭くなっていた場所で、水をせき止めると、


みるみる池が出来てきた。


野営地は増える水位を計算した位置に作ったので影響はない。


完全に水を止めることは出来なかったが、


あと2,3日あれば完全に堰き止められるだろう。





夜。


シボは白毛竜のお腹で寝ていたのだが、


あまり眠れず、夜風に当たろうと思いテントの外に出た。


焚火の火が見える。


誰だろうと思ったらルレだった。


「ルレさんも寝れないんですか?」


シボは隣に座った。


「ああ、シボか。ちょっとな……考え事だ」


二人は今後の予定を話した。


三つの月の光が水面を照らしている。


「あの、前から聞こうと思ってたんですけど、


ルレさんはこう……信念みたいなのはないんですか?」


「信念?」


「はい。いつものらりくらり……


ノストラの人ってみんなそうですか?」


「いやぁ、みんなじゃないと思うけど……


僕はミルコップ軍団長とオスカー様のために生きるって決めてるよ」


シボは眉を上げた。


「い、意外です。そんな風には感じられないです」


ルレは苦笑した。


「失礼な。まぁ、いちいち周りに言わなくてもいいでしょ」


「……言わないことで損することもあるんじゃないですか?


隊長って立場なら猶更……」


「まあ大体のことは大したことじゃないよ……


死ぬこと以外大したことじゃない」


ルレはそう言うと夜空を見上げた。


心地のいい夜風が吹いている。


シボはノストラのいきさつを思い出した。


「……ノストラの方は大変な思いをしたんですよね。


今は……その、クロエさんのこと、どう思ってるんですか?」


言ってすぐ、何を聞いてるんだ? とシボは発言を後悔した。


物凄いデリケートな話題だ。部外者がしていい話じゃない。


「なんとも。もう罰は受けたし。


目の前であの子の足が飛ぶのを見たんだ。


……あの時のあの子の表情は忘れられないよ。


例えるなら怯えきった小動物、


薄汚れた格好で人間扱いされていなかった……」


どうやらシボの杞憂だったらしい。


ルレはさらっと話してくれた。


そういう話が出来るくらい距離が縮まったということかもしれない。


「じゃあ、今はオスカー様の傍にいることも特に……?」


「うんそうだね。


一国を滅ぼすほどの魔人だ、国防を考えれば味方にした方がいい。


実際、ムルス大要塞を凍らせただろ?」


「ええ」


「噂じゃあそこには7000の兵がいたそうだ。


俺たちが戦っていたら、損害はでかかっただろうな。


失ったのはボサップ軍団長だけじゃなかったかもしれない。


……だから心強い存在だと思っているよ。


たとえ、親戚を殺されたとしてもね」


シボは複雑な表情だ。


ルレが他の女性の話をするのは初めてかもしれない。


嫉妬している? 


……ないない。シボは心の中で苦笑する。


「納得いかないか? シボは関係ないだろ?


ま、オスカー様が決めた事なんだから、


俺たちが考えても始まらないよ」


関係ない……確かにその通りだが、


はっきり言われるとカチンとくる。


だが隣に座る男が気になってしょうがないのは確かだ。


モヤモヤしたシボは酒に手を伸ばした。


「ばか、お前は飲むな。へにょへにょするだろ。


ここは敵地だぞ」


ルレが酒を取り上げた拍子にバランスを崩し、


二人の顔が近づいた。


「きゃ!」


川のせせらぎ、虫の音、焚火の爆ぜる音……。


無言で見つめ合う時間が過ぎる。


やがてどちらからともなく、自然に目を瞑り唇を近づけた時、


後ろのテントから「あー! ベミーちゃん! あー!」


と部下の寝言が聞こえてきた。かなり大きな声だ。


二人して目を見開いた後、声を出さずに爆笑する。


川から一匹の魚が飛び、水面に映る月を乱した。


 

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