第38話 ラウラスの影

「大丈夫か、バルバレス?」


こめかみの上を手で押さえ、バルバレスはしかめっ面だ。


「ええ、よく分からなかったのですが、ユウリナ神の言うことですから、


有難くご享受賜りました。しかし、皮膚の下にコリコリと……気持ちが悪いですね」


バルバレスは少し前、ユウリナに何かを埋め込まれたらしい。


「オスカー様は何か聞いていらっしゃいませんか?」


「いや、何も。今度聞いておくよ」


王の間の円卓にはラムレス、バルバレス、ギルが座っていた。


マイマが紅茶と三角形に切ったサンドウィッチを持ってきた。


「これは?」


「マイヤーからです。牙猪のベーコンが完成したので、ぜひとのことです」


切り口には厚切りベーコン、レタス、トマトが見える。BLTサンドだ。


「おお、早速いただきましょう!」


ラムレス、相変わらずだな。


口に入れるとベーコンから脂と旨味があふれ出した。うまー!


「これは美味い!」


「トマトなんて久しぶりですな。むむ、これはマルヴァジア産?」


「パンも以前より柔らかくて香り良くなった気がしますな」


皆にも好評だ。俺がマイヤーに教えたんだからねっ!


あれ、マイマ、よだれ出てない?


「はい、これマイマの分」


「え、いいんですか?」


二人きりなら食べさせていちゃいちゃしたいところだが、皆の前なので自重した。


マイマは夜は甘えん坊で底なしに激しいくせに、


昼間はピシッと清潔感を漂わせ、少しツンとしている。そのギャップが堪らない。


ちなみにメイドの服装は夏服に変わった。


黒い半袖ワンピースにハイソックス。


襟と袖と腰巻エプロンが白で統一されている。


ゴテゴテ装飾されていないシンプルなメイド服だった。


好きです、はい。


部屋から出るマイマの後姿はどことなく弾んでいた。



円卓会議の議題は【ラウラスの影】だ。


何代か前の国王ラウラス・キトゥルセンが創設した、対外諜報組織。


当時は沢山の国に間者を送り込み、その情報網は大陸の南まで網羅していたらしい。


諜報員は主に商人として各国へ潜伏するので、


今の時代でも当時の子孫が残っているという話だ。


大陸の中央部では大国同士が開戦し、食糧難や人身売買、


犯罪の増加などで荒れに荒れ、周辺国への難民も後を絶たないと聞いている。


北部も小国同士が同盟を結び、


小競り合いレベルではあるが国境紛争があちこちで起きているらしい。


戦争の足音は大きく、そして近くなっている。


「情報は待っているより、自分から取りに行った方がいいよな」


「仰る通りです。オスカー様がノストラに行っている間に呼び寄せておきました。入れ」


現れたのは目つきの鋭い、暗い感じの青年だった。


男はユーキン・イワーグと名乗った。


「この男の祖父が【ラウラスの影】の幹部でした。組織のノウハウは受け継いでいます」


「既に各情報網の復帰に取り掛かっています。


子孫たちはまだキトゥルセン王国への忠誠を失っておりません。


こちらの予想を上回る復帰率です」


声ちっさ。なんか〝どうでしょうか順調に事は進んでいます〟


とでも言いたげな不敵な笑み浮かべてるけど、よく聞き取れないから! 


黒いフード被って雰囲気満点だけど、こっちは君の口に耳の角度調節してるから!


首痛いんだけど!


「そ、そうか。ご苦労。その調子で続けてくれ」


まぁ、スパイが大声だと困るもんね。職業病かな? 納得納得。


「これからはジェリー商会との連携を深め、


新たに他国へ移住する商人たちを利用し、情報網の拡大を図ります。


まずは何といってもザサウスニア帝国。


こちらは100人以上を予定しております。


我が国、いえ半島の命運はザサウスニア帝国次第ですから。


二番手はザサウスニアの南東に位置するマルヴァジア共和国。


この国はイース公国とも交易が盛んで、我らとも多少交流があります。


先代国王のジェリー様は若い頃、現マルヴァジア国王の婚礼に呼ばれていますし。


こちらの国に30人。裏からザサウスニア帝国の情報を探ります。


既に先行してルートを開拓している者も多数います。


2カ月もすれば蜘蛛の巣のごとき情報の網が完成するでしょう」


ユーキンは説明し終わると雰囲気たっぷりにニヤリと笑った。


私が裏で暗躍する諜報機関のボスですと顔が言っている。


だから声小さいっての。みんな耳傾けすぎて身体斜めになってるから!


腰も痛くなっちゃったよ!


「これから円卓会議にはこのユーキンも加わった方がいいと思いますが……」


「ああ、ぜひ加わってくれ」


ユーキンの席は俺の隣に決定だな。





イース港にその男、ベサワン・ラハイーチはいた。


ゆったりとした橙色の異国服に、そのややぽっちゃりの身体を包み、


田舎クサい坊主で丸い顔を綻ばせている。


農民の次男だったがユーキンと幼馴染だったためこの仕事につくことが出来た。


俺が諜報員かよ、しびれるぜ。【ラウラスの影】だって、かっけー!


国のためにがんばるぜえ。俺は戦いに向いてないけど愛嬌はあるからな!


人の懐に入るのは得意だぜ、ふひひ!!


いつかオスカー王子に謁見できるといいなあ。


手柄あげて褒めてもらえたら最高だなあ。



イース公国は人口1万5000人の大きな都市国家だ。


キトゥルセン王国の東に位置し、大海に面している利を生かして、


海運貿易で一気に栄えた。治めるのはゼルニダ家の長、ギャイン・ゼルニダ。


数世代前、元々ゼルニダ家はキトゥルセン王国の貴族だったらしいが、


大陸中部の国々と貿易を開始してから、


十数年で王家の何倍もの資産を手に入れてしまった。


独立する際は上納金と不可侵条約、キトゥルセン王国専用の港を用意され、


しぶしぶ当時の国王は了承したそうだ。


そのイース港、キトゥルセン王国専用ふ頭でベサワンは船の積み荷管理の仕事をしていた。


鉄鋼、宝石、エンピツ、肉、木材、ガラス……様々なものが船に積み込まれる。


木箱には全てジェリー商会の印が入っていた。


運び込んでいる組織の仲間に目配せであいさつをする。


いいよいいよ諜報員っぽいぞ! 


俺は闇に生きるもの! 誰も俺の正体を知らない! 


ただの船着き場の管理人、しかしその正体は!?


興奮するぜぃ。


先ほどの仲間が船に乗り込んだ。気を付けろよ。バレるなよ。


数か月後には俺もマルヴァジアに渡る予定だ。


待ってろよ、マルヴァジア、この俺を!!


・・・・・・さて、これで今日は最後か。そろそろ伝書ガラスの世話をしなくちゃ。


奥に見えるのがキトゥルセン王国の貨物船だ。


オスカー様が貨物船増やして交易を活性化したから、


見たこともない異国のものがたくさん入ってくる。


でも一番興味あるのは異国の女の子! 


ほとんど裸のスケスケ踊り子衣装を着た褐色の女性たちが傍を通り過ぎ、


思わず見入った。伸びた鼻の下を慌てて戻す。


ダメだダメだ! 俺はあの【ラウラスの影】の一員! 


誘惑されたりなんかせんぞ! 


親友に迷惑かける訳にはいかん。うおお! 


・・・・・・チラ。いいお尻だな~、チラ。





「うーん、あの人大丈夫かな……」


オスカーは二階のテラスで紅茶を飲みながら千里眼でイースを見ていた。


「あ、ナンパ始めた。……ぷっ、ビンタされてる」

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