第6話 国王死す

国王は自室の大きなベッドに寝ていた。腹に血の滲んだ包帯が巻いてある。


「ジェリー様! オスカー様を連れてきましたぞ!」


ラムレスは今にも泣きそうな声だった。


国王はまだ若く、50代には届いていないように見える。やつれた青い顔をしているが、しかし、


長い髪と髭、目じりのシワに王の威厳が見られた。王はゆっくりと目を開けた。


「お、お父様?」


何と言っていいか分からないがとりあえず無難な言葉を選んでみた。


「……来たか、オスカー。なんと運のいい奴。見ての通り……私には時間がない。


正式な身分のない……落とし子のお前が、この国の王になるなぞ、先代の王達に顔が立たぬが……


こうなってしまったら仕方のない事……。せいぜい足掻いてみせよ。


……お前の顔を見るとあの忌々しい女の顔が目に浮かぶわ。もうよい、下がれ。……ラムレス!」


なるほど。俺はそういう立ち位置ね。


城の者たちは、そんな言葉を聞かされても戸惑うばかりだ。


王はラムレスさんとしばらく喋り、「……皆の者……任せたぞ……」と言い、息を引き取った。


俺への言葉は無かった。


こちらも人格が違うから少しも悲しみの感情が湧いてこない。


王の立場にしてみると奥さんも子供も死んで、予想していない死の訪れに、


納得できない憤りがあるのかもしれない。何でこうなったか知らないから何とも言えないけど。


でも……無念だろうな。


後ろからはすすり泣く声が聞こえる。俺には冷たかったけど、


それなりにいい王だったみたいだ。



俺はその後、王の間に連れてこられた。


王の間と言ってもそんなに広くない部屋だ。おまけに暗いし寒いし埃っぽい。


広さは四人テーブルが十個ほど置けるだろうか、小さなレストランくらいしかない。


王座や絨毯、装飾品などは流石に高価そうだが、なんだか全てが古くてボロかった。


「ジェリー様が亡くなってすぐですが、オスカー様にはこの国の内政を進めて頂きたいのです。


こんなことは前代未聞ですが、ジェリー様は自らの葬儀よりも、この国とオスカー様の方を優先せよと仰いました。


ジェリー様はここ2週間ほど怪我で寝込まれていましたので、


王の署名が必要な書類が溜まってしまっているのです。これらを解決しないと国が傾いてしまいます」


王の間の円卓には書類が山積みになっていた。


「あ、その前にこの者共を紹介致します。


まず我がキトゥルセン王国軍の総大将、バルバレス・エメリア将軍」


一番近くの席に座っていたスキンヘッドの大男がこちらを向いた。


岩のような筋肉を纏い、赤とオレンジのマント、腰には大剣。


くそ寒いのにマントの下は裸って。


うん、ずっと気にはなってたよ、君の事。


ヘビー級の総合格闘技に出てなかった? 


人類最強の男とか言われてなかった?


そんなじっくりと見ないで……むっちゃ怖い。


「……王位継承、おめでとうございます。……必ずや期待に沿える働きを約束致します」


「あ、はい、こちらこそ……」


あれ、その感じ……俺がこの席にいる事を快く思ってないでしょ。


いや、まぁ分かるけどさ。


こりゃあ時間がかかりそうだ。


「続いて医術師長のモルト・ラックジャック」


バルバレスの隣に座っている黒い長髪の男が頭を下げた。


顔に大きな縫い傷があり、目つきが悪い。


でも無駄にイケメン! 根暗イケメンおじさん!


ていうか、法外な金額吹っ掛けてこないでね!


「お身体が優れない時はお任せください」


「よろしくおねがいします」


「最後は、財務大臣のギル・リエモ…………ギル殿!」


ラムレスの声に小太りのおじさんが書類に書きこむ手を止めた。


「ああ、私ギル・リエモンと申します。


オスカー様には今年中にとりあえず財政赤字を無くして頂きたいと願っております」


「あ、はあ……了解です」


はねっかえりの強そうな顔で睨んでから、すぐにギルは書類に目を落とした。


えーと球団買収とかしませんでした? 証券取引法でしょっ引かれませんでした? 


「他の者は葬儀の準備で出席できません。まず、オスカー様には我らが故郷、


このキトゥルセン王国の細部まで知っておいて貰わなければなりません!


それからこの書類の山を片付けましょうぞ!」


ラムレスさんの下あごがぷるんと揺れた。

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