第122話 囚われのナナミア・ギーク

ギバの船はその時ザサウスニア東部の海域にいた。


船上では捕えたイースの娘たちがギバの部下に凌辱されていた。


「何人残った?」


「102名です。だいぶやられました」


ギバの問いに幹部の一人ライロウが答える。


今しがた犯し泣いている娘をよそに、


ギバはマストに縛り付けているナナミア・ギークに歩み寄った。


一部始終を見ていたナナミアは侮蔑の目でギバを睨んだ。


「300もやられたか……まあいい。人員は補充できる」


周りでは犯すのに飽きた男たちが酒を飲み始めている。


「なぜおまえだけ手出しされないか理解しているか? ナナミアよ」


ギバは服を着ながら聞いた。


ナナミアは答えなかった。


「軍に入らなければ今頃暖かい部屋でスープでも飲んでたんじゃねえのか」


酒を一口煽ってからギバは荷箱にドカッと腰を下ろす。


「お前みたいな境遇の奴はたくさん見てきた。どこの国も一緒だ。


お前の親は権力者に気に入られるためにお前を差し出したんだ。


随分とミルコップに可愛がられたんだろう? はっはっはっ」


ライロウは乾いた笑い声を上げた。


「違う! ギーク家は由緒正しい家系だ!


私は一族を代表して自分から武の道へ進んだんだ!


王は……我がノストラの王はお前たちの何倍も立派な人間だ!


王を侮辱するな!」


ナナミアは激高して叫んだ。


「ようやく口をきいてくれたよ。 


お前はあの男に惚れているようだが、


アイツが本当に優秀な戦士ならお前を助けることはない。


大局を見抜けぬ者に未来はねえからな。


お前は捨てられたんだ。分かるか?


心のどこかで救出しに来てくれるとか期待してるんじゃねえのか?


そんな希望は持たない方がいいぜ」


「お前に何が分かる!!」


ギバは苦笑しながら立ち上がった。


「少し頭を冷やした方がいいな。


そしてこの状況を理解することだ。


お前の命は俺の気分次第ということをな」


先ほど捨て置いた娘の髪を掴み、ギバは力尽くで引きずってきた。


「初めての盗みと殺しは7歳だったな。


一時は将軍なんてつまらねえ事もやったが、


本来の俺はやっぱりこっち側よ……」


ギバは娘の喉をナイフで掻っ切った。


あまりに自然に、スッと手を動かした。


噴き出した鮮血がナナミアの顔に飛ぶ。


急なことにナナミアは言葉が出なかった。


娘はカポカポと喉を鳴らし、やがて白目をむいた。


「漏らすまでそこにいろ」


ギバとライロウは笑いながらその場から去った。




「あの娘、どうなさるおつもりで?」


二人は船首に向かって歩く。


「肉体を壊すのはもう飽き飽きだしな。


ゆっくり精神をいたぶるのも悪くねえ。


その後は、俺の子でも産ませるか」


海には西からの風が吹いている。


空には薄い雲の間から陽の光が数本降りていた。


「それはそれは……ノストラの王がどんな顔をするのやら」


「300殺されたんだ。そのくらい許してもらわないとな」


ギバは船首に立ち、前方を睨んだ。


水平線に小さな影が見える。


目的の島だ。


「見えたぞ。準備をさせろ」



やがて船は島につく。


ザサウスニアの東に浮かぶ小さな諸島。


四つの島に三十の無人島からなるマハルジラタン諸島は、


一応ザサウスニア帝国の領土だが、


もともと住んでいた民族にほぼ自治が任されていた。


原因は大陸からそこそこ遠いというのと、


航路の途中に強い海流の流れる箇所があり、


大型船でも天候によっては進めず、


最悪沈んでしまうという理由からだった。


一番大きな島、カロ島には二千人ほどが住んでおり、


イースとマルヴァジアの貿易拠点ということで、


町は活気に満ちていた。


しかし、ギバたちが着いたのはそこではない。


一番奥で一番小さなホゾス島だった。


ホゾス島は本土から犯罪者が送られてくる、いわゆる流刑地だ。


ならず者たちが殺し合う環境を支配したのは当時20歳のギバだった。


ここ最近はイースから支払われた財源で秘密裏に軍を組織し、規模を拡大している。


ナナミアはギバの屋敷の地下牢に入れられた。


そこには数人の男たちが収監されていて、


首のない死体も転がっているひどい場所だった。


夕飯に差し出されたのは雨水の染みたパンだけだった。


ナナミアは自分の命はここまでだと絶望し、一人静かに泣いた。


上階ではならず者たちの宴が聞こえる。


舌を噛み切ろうかとも思ったが、ギバの顔が目に浮かび、


どうせ死ぬなら喉元に噛みついてからだと考え直した。


口に運んだパンは味がしなかった。




同時刻、カロ島のとある商店。


二階の自室で眠ろうとしていた青年ウォルバは、


目の前の光景に開いた口が塞がらなかった。


『こんバんは、ウォルバー・グレイリム。


私はユウリナ。一応……神よ』


光に投影された金色の機械人は物語だけの存在だと思っていた。


よく酒場で吟遊詩人が歌っていたので知ってはいたが、


まさか実在するなんて。


『あ、私は実際にここにはいないワ。


その小さな虫は私ノ化身で、虫の近くにイれば私と話せるのよ。


……ま、いいワ。


それより聞きたいことガあるの。


あなたの家系は〝ラウラスの影〟で間違いナいわよね?』

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