第229話 片腕の反逆者

ジャベリン自治区




ここはとある豪商の屋敷だ。




豪華なソファと家具が置いてある談話室に、




俺とルガクト、ホノア、リンギオ、ソーン、




が並んで座る。




ルガクトには彼の出身地であるこの地の案内役を頼んだ。




目の前には屋敷の主人ブンターオが、




大きな腹を突きだしてふんぞり返っている。




テーブルにはお茶と焼き菓子、果実などが並ぶ。




開け放された窓から生ぬるい風と共に、




町の喧騒と匂いが入ってきた。




「この街はどうですか?




気に入って頂けましたか?」




「気候はいいな。治安は見るからに悪い。




だが面白しろそうだ」




「……はっはっはっ! 変わったお方だ。




そんなこと言う王族はいませんよ。




ここに来るとみんな眉をひそめて鼻をつまむ」




ブンターオは豪快に笑った。




「ここは中立都市ですからね。




正直、戦争が始まって景気がいい。




ウチの商会も武器、奴隷、傭兵などはご用意できます。




どうですか? お安くしときますよ」




こいつは根っからの商売人だな。




まあそう来るだろうと思ってたけど。




「ふむ。そいつは魅力的だな。




言い値でいいぞ。買おうか」




ブンターオは方眉を上げ、真顔になった。




「……見た目によらず聡明な方ですね。




では書面を用意しますのでお待ちください」




ブンターオが席を立つと、




九番隊隊長のホノアが「なぜあんな奴と取引を?」




と怪訝な顔をして聞いてきた。




「俺に断られたらテアトラに資源が渡るだろ。




あいつはな、




俺が買わざるを得ないというのを知ってて言ってるんだ」




ホノアは渋々納得した。あいつが嫌いらしい。




分かるけど。




そこで外に出ていた【ナルヴァ旅団】ナシッドとロハが帰ってきた。










屋敷を出た俺たちは、ナシッドとロハの案内の元、




渓谷の中を馬で移動していた。




大昔は川の底だったので、




地層が綺麗なグラデーションを見せていた。




時折、地中に埋まった古代文明の機械片が顔を覗かせていた。




なぜ俺たちがジャベリンに来ているのか。




それは【ナルヴァ旅団】の団長、リリンカに会うためだ。




テアトラでアーキャリーを助けてくれたナシッドとロハを、




治療のためノーストリリアに連れて帰り、




今回の会合が実現した。




ふと頭上を見上げると、




ガゴイル族や鳥人兵が大勢見下ろしている。




俺の護衛達は全員気が付いていて、




皆緊張した面持ちだ。




「彼らはウチの兵士や、雇っている傭兵なんで、




安心して下さい」




先を行くロハが振り返る。




「それとブンターオに気を悪くしないで下さい。




彼の商会が我らに資金提供をしているので、




どうしても付き合いをやめるわけにはいかないのです」




ロハは申し訳なさそうに言う。




別にとんでもないゲス野郎ではなかったが、




長い付き合いの彼らにはいろいろあるのだろう。




そんな言い方だ。




「カサス軍とミーズリー達、心配ですね」




横を行くルガクトが神妙な面持ちで口を開いた。




「ああ、だがユウリナの調べでは死体も見つからないし、




レオンギルトの魔素反応もないらしい」




「……それはつまり?」




「魔人や魔剣使いは力が暴走したり、死に際なんかに、




その能力が広範囲に渡って影響を及ぼすそうだ。




彼女らはレオンギルトを追い詰めたんだろう。




そして死に際に集団転移させられた……」




「しかし、もしも大海原の上なら……」




「ああ、絶望的だ。




ユウリナが探してくれてるが……。




そうじゃないことを祈るしかないな」




しばらく渓谷の底を進み続けると洞窟が見えてきた。




アジトの入り口だ。




十数人の団員がいくつかの小屋と天幕の下にいた。




一人、異様に目立つ雰囲気の男がいる。




狼人族の戦士だ。




「彼はファンガ。リリンカ様の右腕です」




ナシッドが教えてくれた。




近くに行くと右目がないことに気付く。




大きな裂傷が目の上を縦に走っていた。




「ファンガ。キトゥルセン連邦のオスカー王子だ。




リリンカ様の元へご案内する」




入口へ進もうとするとファンガが立ち塞がった。




「……何のつもりだ、ファンガ。




このお方をどなたと思っているのか!」




ロハは厳しい口調でたしなめたが、




ファンガは微動だにしない。




「……オスカー様。あなたを疑うわけではない。




ナシッドとロハは信頼できる仲間だ。




彼らが間違うはずもない。




だが私はこのアジトの門番だ。




リリンカ様は三万人を束ねる組織の中心……。




万が一のことも起こってはならない。




考えうる全ての事を把握するのが私の仕事だ。




だから……オスカー様。




その魔剣フラレウムの力が本物かどうか、




この目で見させて頂きたい」




ファンガが合図すると、渓谷の上層から大柄な鳥人族が降りてきた。




「おい! 失礼だぞ。ファンガ!」




怒鳴るロハを手で制したファンガは




「これはリリンカ様も了承済みだ」




と返した。




「噂によると……




フラレウムは【千夜の騎士団】に折られたそうですな。




まだ炎は出るのですか?」




ファンガの目は鋭い。




フラレウムが使えないなら用はなしということか。




「……まぁいいぞ。




そいつを倒せば信用するってことだろ」




俺は刀身の折れたフラレウムを抜いた。




周りがざわめく。




「オスカー様、くれぐれもお気をつけて」




「分かってる、ルガクト」




鳥人兵は銀の甲冑姿で表情は読めない。




盾と大剣を装備し、さっそく躊躇なく襲い掛かってきた。




単純な力では体格差で負ける。




俺は振り下ろされた剣を避け、




フラレウムに炎で刀身を作った。




例えるなら強力なバーナーだ。




もしくはライ○セーバー。




背中を斬りつけると甲冑が一瞬で溶け、




真っ赤な液体状の鉄が、周囲に散らばった。




背中も多少焼けたはずだ。




だが鳥人兵は一切痛がる素振りも見せず、




振り向いてまた襲ってきた。




ん? この臭い……。




突いてきた剣先を交わし、その腕を切断した。




やはり痛がらず、鳥人兵は残った腕で予備の剣を抜いた。




予想が確信に変わる。




「これ以上は茶番だな」




俺はフラレウムを鳥人兵に向けた。




剣全体から巨大な炎が上がり、渦を巻く。




クウカカカッ!!!




炎はカカラルとなった。




フラレウムから炎で出来たカカラルが飛び立つと、




鳥人兵の身体を通過して、燃やし尽くした。




そのまま渓谷の岩肌を飛び上がり、




上層から見ていた者たちを驚かせた。




「見事です。フラレウムも、噂の魔獣も健在だ」




ファンガは満足そうな顔だった。




カカラルは俺の傍に着地した。




「殺さない甘ちゃんなら、




リリンカ様は会わないと言っていました」




「死人兵を出してきたってことは、




まあそういうことだろうと思ったよ」




カカラルを剣に戻し、鞘に納める。




「ご案内します」










洞窟の内部は古代遺跡だった。




真っ白な近代的なパネルで床と壁と天井が覆われており、




長い廊下にいくつもの小部屋があった。




しばらく進むと巨大な空間に出た。




そこは前世の高層ビルが、




すっぽり入ってしまうような広さがあった。




下に目線をやると大勢の構成員が働いている。




「かなり大規模な組織ですな」




ソーンが小声でつぶやく。




「ああ、やっぱり来て正解だったろ?」




その時、辺りに霧が発生した。




「なんだ?」




ルガクトもホノアも身構える。




「オスカー王子。ナシッドとロハが世話になったな」




急に女の声が聞こえた。




ファンガが片膝をついて頭を下げた。




つーことは……こいつがリリンカか。




霧が一ヵ所に集約する。




やがて霧は片腕のない兎人族の女になった。




長い黒髪を一つに結び、目つきが鋭い。




おそらく三十代。全体から聡明さを感じる。




一筋縄ではいかない雰囲気。




しかも魔人。




「私がリリンカだ。




ようこそ我がアジトへ。歓迎する」

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