第146話 〝黒霊種〟

風が、砂が、小石が、傷口から噴き出た血液が、




そして魔剣使いが、止まる。




俺がゴッサリアの背中を斬る前後の時を、




リリーナは上手いことメロウウォッチで操作した。




「大丈夫か、ネネル!」




「オ、オスカー……ありがとう」




周りの竜巻が徐々に勢いを緩め始めた。




「ぐ……油……断…した。




お前……オスカー、か……。




カサスを、動かす、とは……中々やるな……」




ネネルと共に一歩後退した俺に憎々しげな視線を寄越すゴッサリア。




そこに




「カサスを動かす、とはなんだ? 




我らとキトゥルセンはあくまで同盟。併合されたわけではない」




とリリーナは怖い顔で突っかかった。




うーん、こっち主体で話すとめんどくさくなる、と覚えておこう。




リリーナにはカサスがキトゥルセンに協力してやってる、




という上から目線感覚だ。




その時、突然ゴッサリアの背中から黒い霧の人型が浮かび上がった。




黒い人型はメロウウォッチの効果範囲内にも関わらず、




平然と動いている。




「な、なんだこりゃあ……」




人型は振り向き、ゴッサリアの身体から抜け出した。




ゆっくりこちらに歩いてくる。




「お、おい、リリーナ! 動いてるぞ!」




まるでホラー映画だ。




……久しぶりに映画見たいな。ってそんな場合じゃない。




「見れば分かる! 何とかしろ王子!」




リリーナも焦っていた。




フラレウムで火球を撃ってみたが、




黒い人型をすり抜け向こう側へ抜けてしまった。




ネネルも雷撃を放ったが結果は同じだった。




「駄目だもう来るぞ! 解除する!」




周りで待機していたルレ隊と【王の左手】たちが一斉に武器を構える。




リリーナがメロウウォッチを解除した。




ガクッと膝を折ったゴッサリアの動きに合わせるかのように、




黒い人型も動きを止める。




一時置いて、ずるりと人型がゴッサリアの体に吸い込まれた。




き、キモい。




気付けばゴッサリアの腕や首に黒い痣がある。




さっきはあったっけ?




立ち上がったゴッサリアは俺を見た。




背中に鳥肌。




こいつは噂通り洒落にならん雰囲気だ……。




背中の傷は深いはず。




それでも、油断はできない。




瞬間、ビュオッ!とその場に突風が吹いたかと思うと、




いつの間にかゴッサリアの姿は消えていた。
















野営地、医術テント






包帯を外したクロエとネネルの身体には、




複数の機械蜂が止まっていた。




新しく送られてきた医療に特化した機械蜂だ。




金色のボディに白いラインが入っている。




自らの体を這いずり回る機械蜂に、




二人とも半信半疑な視線を送っていた。




この機械蜂達は、




切り傷や痣などに効力の高い治療を施してくれるので非常に助かる。




医術テントには【王の左手】、バルバレス、リリーナなどが集まっていた。




「クロエ、大丈夫か? もうほとんど魔素残ってないだろ?




帝都ガラドレス攻略は一旦休め」




「ううん、やらせて。




私は【王の左手】だ。




もう自分の仕事を放棄はしない」




「でもさ、そんなボロボロで……」




クロエは不意に俺の手を握った。




冷たくない。




以前より魔素をコントロール出来ている証拠だ。




「オスカーに貰った命だ。オスカーのために使う。




それが私の存在意義だ」




じっと俺の目を見てくる。




「クロエ……」




ギカク化を習得してから変わったな。




瞳に自信と強い意思を感じた。




「……分かった。任せるよ」




危なくなったら引かせればいいか。




「ありがとう」




クロエはにこりと笑顔を見せた。




か、可愛い……。










話は自然とゴッサリアの話題になった。




「〝境壊〟と言うらしいですな」




ソーンは昔、西の国で魔剣使いについて




詳細に書かれた書物を読んだことがあるらしい。




「キョウカイ?」




聞いたことない言葉だ。




「鍛錬を積んだ魔剣使いはやがてその能力を自らの体に宿すことが出来る、




らしいです。ゴッサリアの持つ魔剣フォノンは風を操りますから、




ゴッサリア自身も風になることが出来るのでしょう」




まじか、初耳だ。




それにしてもソーンは物知りだなぁ。




「ならばオスカー様の体も炎になることが出来ると?」




バルバレスは俺の疑問を代弁してくれた。




「そういう事になりますな」




次いでリリーナが偉そうに口を開いた。




いや、女王だから実際偉いのだが。




「じゃあ私はどうなるのだ、じじい。




私の体は動かなくなるのか?」




じ、じじいって……。




「……どうなのでしょう、見当もつきませんな」




「ふん、使えぬ奴め……」




態度悪! 不機嫌になっちゃったし!




「ソーン、じゃああの影の人型はなんだ?




まるで魂を具現化して操っているかのような……」




なんで俺が慌てて場を取り繕わなきゃならないんだよ。




「大陸西の一部地域では精霊がいるという話を聞きますな。




ほとんどは害がないそうですが、




ごく稀に〝黒霊種〟なる邪悪な精霊が出るそうで。




もしかするとその黒霊種なのかもしれませんな」




マジでなんでも知ってるな、ソーンじいちゃん!




歩く辞書かよ。




「歌では聞いたことあるが、本当にいるのか?」




リンギオは信じてないようだ。




「あ、私何度か見たことあるよ」




ネネルの告白に全員が注目する。




そう言えば小さい頃ネネルは大陸を旅していたんだっけ。




ふとネネルの暗い過去を思い出して辛くなった。




「私が見たのは緑とか青に光る魚のような精霊だった。




雲の上をたまに泳いでるのよ。




それで、本当かどうかは知らないけど、




確か……精霊に触ると簡単に死んじゃうらしいわ」




「初めて聞いたな……。間近で見てどう思った?




あれはその精霊の類なのか?」




「分からない……」




ネネルは険しい表情で首を振った。




「そうじゃなければ、腐樹やグールの類という可能性は?」




バルバレスの問いに「さあ、聞いたことはありませんな」




とソーンも首を振った。




そこで伝令兵がやってきた。




「失礼します。ザサウスニア軍約1万が進軍してきます。




おそらくニカゼ軍かと」




うん、千里眼で見てたから知ってたよ。




「来るぞ、オスカー。リアムがいるなら私は行く」




眼帯の高飛車女王は殺気をムンムンにしてテントから出ていった。




俺たちも準備をするためテントを出た。










王族専用のテントに戻る。




テント内の簡易牢の前に座った。




中にいるのは拘束されたアーキャリーだ。




アーキャリーは俺の顔を見て泣いた。




「すまないな、アーキャリー。




しばらく耐えてくれ」




「申し訳ありません……申し訳ありません」




操られていた時の記憶はないようだ。




憔悴しきって顔色も悪い。




「私はなんてことを……」




心が痛い。




王族を、仲間を、こんな扱いをしなきゃいけないなんて。




もう完全に中身はアーキャリーのはずだ。




俺はそう思っているが……。




「まだ操られていて、全て演技という線も考えられます」




スノウとリンギオはそう言ってまだ疑っている。




確かに可能性は捨てきれない。




どうしたら証明できるのか……。




「しばらく出る。




アーキャリー、自分を責めるな。




操られていたんだから仕方ないさ。




俺は何とも思っていないよ。




だからもう泣かないでくれ」




アーキャリーは頷きながらも泣き続けた。










上空で旋回するカカラルが鳴いた。




ネネルは進軍する馬の上でポケットから黒い球体を取り出す。




ゴッサリアが自分の身体の中から取り出してくれたモノ。




ザヤネがネネルの体内に仕掛けた魔素……なのだろうか?




詳しいことは分からない。




調べてる時間もない。




「ネネル、悪い。思ったより時間かかった。




何だ、話って」




軍列の前方から【王の左手】達を連れて、




馬に乗ったオスカーがやってきた。




髪の毛がサラリと風に舞い、やさしい笑みで近づいてくる。




何だが顔も体つきも逞しくなった……




一瞬そんなことを考えて、体の中が熱くなった。




オスカーの周りには常に女性がいる。




しかもみんな可愛い。




私が初めてオスカーと出会った頃はこんなにいなかったのに。




クロエ、アーキャリー、アーシュ。




ベミーとも仲がいいし、




城に帰ればメイドたちにモリア、マイヤー、ベリカ……。




オスカーは王だし、子孫を残すのも仕事だし、




頭ではそのことを理解しているつもりだ。




私は嫉妬しているのだろうか。




焦っているのだろうか。




この気持ちをうまく整理して言葉にするのは難しい。




先ほどのクロエの覚悟に打ちのめされたと言えば、そうなのだろう。




けど、おかげでこっちも覚悟が出来た。




私の事も見てほしい。願いはただそれだけ。




「あの……オスカー。




この戦争が、お、終わったら……その……」




「ん? 終わったら?」




「わ、私と……私と……」




「私と……?」




「キ、キキキ……キッスして!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る