第14話 魔獣カカラル

書庫にあった世界魔獣図鑑によると、こいつは大陸東部で昔から目撃されていた炎を操る魔獣で、


名をカカラルというらしい。羽ばたき一つで周囲を焦がし、口から炎を吐けるという。


300年前から生きていて、森を一つ燃やしただの、国を一つ滅ぼしただの、


恐ろしい事が書いてあった。


「なあ、カカラル。ここに書いてあること本当?」


カカラルは首を傾げクゥ? と鳴いた。……それはどっちだ。


まあいいや、悪い奴には見えない。


「じゃあ乗っていいか?」


俺がそう聞くと、カカラルはその場で伏せた。


外に出たのはこの為でもある。この世界で空を飛べたら凄い事だ。


首の付け根にまたがるとカカラルは身を起こした。結構高くて不安定だ。


「ゆっくりな、そ~っとだぞ、そ~っと……ぐわっ!」


そういう調節は出来ないらしい。というかなんとなくこうなるのは分かってたよ。


あっという間に人間が豆粒になり、城がマッチ箱になった。


風が冷たい。モンク〇ールのダウンが欲しい。


下腹部がぞわっとし、尻がきゅっとなった。


高いとこ平気だったのに、これはちとキツイ。


安全バーもほしい。固定ベルトもほしい。


低速飛行をさせ、試しに火を噴かせてみたら、20mほどの炎が伸びた。


フラレウムの弱火より少し大きいくらいだ。これが本気らしい。


その後ノーストリリアの上空を大きく1周し、元の場所に着地した。


着地した際の風圧で、周辺の草がチリチリと焦げる。


飛び立つ前よりも野次馬の兵士たちが集まっていた。


城の窓からもギャラリーが覗いている。


ネネルの姿もあった。丁度いい。俺は手招きしてネネルを呼んだ。


「カカラル、この娘を覚えているか? お前が食べようとしてた娘だ」


ネネルに睨まれて、カカラルは小さく鳴いた。


「この娘は仲間だ、もう食おうとするなよ?」


ごめんなさいと言うようにカカラルは頭を下げた。


触れ合ってみて分かった。こいつはまだ子供だ。人間でいえば思春期ぐらいか。


教育さえ間違わなければ、素直で信頼できる仲間になるだろう。



カカラルの巣は使っていない塔の一つの最上部にした。


外壁を取り除いて、外から自由に出入りできる様にする。


本日から改装工事開始だ。



「さ、オスカー様、いい息抜きになられましたな。今日は夜までに書類の山と


格闘ですぞ。……なんですかその顔は。王族の仕事はほとんど事務作業です。


はい、ネネル様もどいて下さい。ああ、暖かい。オスカー様の近くは暖かいですな。


これなら手が悴むこともなく、早く終わりそうですぞ!」


ラムレスは俺の二の腕をガっと掴んで離さない。


「ラムレス、俺は別に逃げないぞ?」


「ええ、私も信じていますが、サインをしている時のオスカー様のお顔が、


それはそれは嫌そうでしたので、なんとなく。聡明なオスカー様に限って


逃げるなど子供じみたことは万が一にもしないとは思いますが、なんでしょうか、


咄嗟に嫌な予感がしまして」


「むむむ」


そんな俺たちを見てネネルが笑った。





夜遅くに書類の山が片付き、自分の部屋に向かう途中でマイマに呼び止められた。


「オスカー様、本日は週に一度の浴場開放日です。いかが致しますか?」


週に一度しか風呂に湯を溜めないと聞いていたが、それが今日だったか。


「行くよ。楽しみだったんだ」


案内されたのは大きくはないが王族用に特別に作られた豪華な浴室で、


沢山のロウソクが幻想的でおしゃれだった。


熱い浴槽に入るときおっさんみたいな声が出た。


いや実際中身はおっさんだから何も間違ってはいないのだが。


やはり湯船に浸かるというのは最高の贅沢だ。手足も思いっきり伸ばせて、


気持ち良過ぎてよだれが出そうだった。


しかし、この温度のお湯を、これだけの量溜めるのは大変だっただろうに。


ボイラーがあるわけでもない。この世界では沸かしたお湯を地道に溜めるという、


とても効率的とは言えない方法が主流だった。


「何とか効率的な湯沸かしシステム出来ないかな……」


そしたら毎日入れるのに。そんなことを一人夢想していたら、


後ろから「失礼致します」とマイマの声が聞こえた。


振り返ると湯気の向こうにマイマともう一人、二つの人影があった。


あれ、二人とも……裸?


「ちょちょちょ! なんで入ってきてんの!」


近くにきて気が付いたが、二人は大きめの金の首輪をしていた。


そしてそこから垂れているだけの薄い布が、かろうじて前の肌を隠している、という恰好だった。


いやいや、ほとんど裸じゃん。湯気で濡れてぴったり張り付いてるじゃん。


まじかまじかまじか。


「こちらはメミカといいます。まだ入ったばかりの新参者ですが、


器量のいい娘です。よくしてやって下さい」


「メミカ・トーランです。よろしくお願いします」


そんな普通に自己紹介されても。


直視しても悪いので、俺は斜め上の剥がれている壁を見ていたが、


挨拶されて顔を見ないのも失礼なので、ちらっと顔を見た。


ドストライク。好みです。


丸顔でツインテール、年は十代後半、少し童顔だが目つきは既に女性の目をしていた。


何というか、男に媚びる目というか、からかわれているようなというか、


とにかく、前世だったらめんどくさい事態に巻き込まれそうなタイプだ。


あ、ちっちゃくウインクした。うそでしょ? 普通するか? 初対面で。


「よ、よろしく……。えーと、これは何かなマイマ? もしかしてこれも仕事なの?」


「はい。お風呂でのお世話をさせて頂きます。初めての事で驚かれているかと思いますが、


昔から続く至って普通のことです。他国の王族も同じようなものです。どうぞお気になさらず」


「いや、気になさらずって言われても」


「申し訳ございませんが、ここは寒くて敵いません。


私たちも湯船に入れて頂けると嬉しいのですが……」


「ああ、ごめん。そうだよね、どうぞ」


あれ、これ完全にマイマのペースだ。


「ありがとうございます。……ふう、温まります。


オスカー様、いい機会ですのでご説明させて頂きます。


我々メイドはみんな各村の村長や王都の貴族の娘でございます。


私共はキトゥルセン家とそれを支持する貴族の信頼の証でもあるのです」


「それって人質的な?」


「そういった側面もあるのでしょうが、少なくとも私のファウスト家とこの娘のトーラン家は


心からキトゥルセン家に忠誠を誓っております。


私の父などは頑張って王族の子種を搾り取ってこい、と大真面目に言っておりました。


私もそのつもりですし、他の家も同じでしょう。魔剣を扱えるキトゥルセン家の血は特別なのです」


マイマは表情を変えずサラリと言ってのける。


なるほど、そういうことね。規模は小さいけど、大奥みたいなものか。


「王家の血筋を絶やさないための仕組みということか」


「さすが聡明なオスカー様です。ジェリー様の時は王妃様がこの仕組みを嫌い、


当時のメイドたちは身の回りの世話しか許されなかったそうです」


「当時と言うと?」


「ジェリー様が床に臥せている期間、我々も準備してきました。


オスカー様のご年齢に合わせ、メイドも一新されたのです。


ジェリー様の時は本当に血筋が絶える危機でしたので……


その、正直に言います……貴族の評議会や城中の者は、一刻も早く新しい血を欲しているのです。


私共の一番の使命は、現在お一人しかいないキトゥルセン家を増やすこと。


それが出来なければ最悪、私共は家から追放されてしまいます」


これがこの世界の普通なのだろう。説得力があり、特に疑問も湧いてこない。


それに真摯な彼女たちの眼差しには答えてあげたいと思った。


いや、真面目な話。


「わかった。俺はもうキトゥルセン家の人間だ。受け入れよう」


下心のないキリリとした顔で言ったにもかかわらず、


「ありがとうございます」と両肩にそれぞれ手を触れられ、すぐに鼻の下が伸びた。


今一番好きな言葉は「郷に入っては郷に従え」だ。

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