第124話 軍団長ボサップvs六魔将ギラク

ボサップ・ガランテは大陸中央のとある砂漠の国に生まれた。


現在その国は二度国境と国名が変わり、今も激動のさなかにある。


ボサップが暮らした名もなき集落は砂漠のオアシスにあり、


50人にも満たない村人と明日まで命を繋ぐことを日課に、


過酷な日々を生きてきた。


父は物心ついた時からいなかった。


母は健康だが6人の子供を育てるのに忙しそうだった。


末っ子のボサップは生まれつき体が大きく、


9歳で兄弟の誰よりも腕力があった。


力仕事を率先して手伝い、少しでも母の負担を減らそうとした。


母はよく言った。


「太陽の神に気に入られてはダメよ、


砂の神に気に入られなさい」と。


寿命を全うした死は砂の神のもとに行けて、


病気やケガなどの死は太陽の神のもとへ行くという、


その土地の土着信仰の話だ。


だがボサップの周りで砂の神の元へ行けた人はあまりいなかった。




過酷だが平穏な日々は突然終わりを告げる。


ボサップ11歳の時だった。


村が人狩りの武装集団に襲われたのだ。


30名ほどの集団は馬で小さな集落を駆け回り、


何度も往復して子供以外を簡単に殺した。


ボサップたちは攫われ、大きな町で売られた。


僅かな水とパンしか与えてもらえなかったので、


常に意識が朦朧としていた。


その間に兄弟はバラバラになる。


一人、上から二番目の姉、チムだけとは同じだった。


同じ人物が買ったのだ。


見たこともない大きな船に乗せられ、


何日もかけて主人の国へ着いた。


ボサップは体の大きさと腕力を買われ主人の私兵見習いとなった。


チムは主人が取り仕切る綿工場で働くことになる。


ボサップはそこで剣術を習った。


先輩はやさしく、飯はたらふく食える。


もともと力も体力もあったので訓練は辛くなかった。


奴隷の身分ながらここは天国かと何度も思った。


やがてボサップは16の若さで主人の専属護衛を任されるまでになる。


「お前といると仕事がうまくいくよ」


主人は事あるごとにそう笑い、ボサップもまたそう言われることが誉だった。


いい主人に買われ、自分は幸せだと知った。



二年後、主人が死んだ。病気だった。


聡明な人物だったので亡くなる前に家の事はすべて遺言書に示してあった。


そこには、ボサップたち奴隷は解放し、自由の身とすると書かれてあった。


姉のチムは同じ奴隷身分だった男と結婚して子供もいたので、


この町で暮らすことを選んだ。


いきなり自由と言われても、と悩んでいたボサップは、


私兵長だったサントールという男に誘われ、


男の故郷だというイース公国へ行くことにする。


出発の日、チムは心配そうな表情で


「どうか砂の神に愛されますように」と言ってくれた。


生まれたばかりの二人目には同じボサップと名付けた。


それを聞いてボサップは涙する。


簡単に会える世界ではない。今生の別れだ。


そうしてボサップは新天地を求めて旅立った。




イースに着いた二人は数週間街を見て回った。


ある日の夜、路地裏で7人の男たちに絡まれている若い女性を見つける。


サントールが止めに入ったのでボサップもついていく。


七人は当然襲ってきたが、二人で難なく片付けた。


後日、噂を聞き付けた兵士二人組が軍に入らないかと誘ってきた。


話を聞くとイース公国ではなく、隣の国の軍隊らしい。


サントールは助けた女性ナリアナとイイ感じだから行かないと言った。


ボサップは一人で勧誘を受けた。



キトゥルセン軍に入り、ボサップはみるみる頭角を現す。


誰もボサップに一対一で勝てる者はいなかった。


22歳で部隊長になり、妻を貰った。


アンジールという名の、農家の娘だ。


自分にはもったいないほど器量のいい女性で、


ボサップは何よりも妻を大切にした。


26歳で子供を3人授かり、幸せな生活を送っていた。


しかしどこか物足りない毎日だった。


ある日、王都に行った際、とてつもなく強い奴がいるとの噂を聞く。


戦ってみたくなった。


ボサップはその人物に、試合をしないかと人づてに誘う。


しばらくして了承の返事がきた。 


ボサップは全身に血が滾るのを感じる。


やはり自分は戦いを求めている、そう確信した。


相手の名はバルバレス・エメリア。


ボサップと同じ、若き小隊長は強かった。


剣でも拳でも負けた。


ショックを受けたが、どこか嬉しくもあった。


日々の目標と生きがいが出来て、楽しくなったのだ。


その後、何度も試合をしたがことごとく負けた。


「なぜ身体も筋肉も俺の方が大きいのに勝てない?」


何度目かの試合の後、地面に拳を叩きつけ、


悔し涙を浮かべながらバルバレスに訊いた。


「お前の戦い方は直線的だ。故に読みやすい。


その腕力で曲線を描くように動かれたら……厄介かもな」



数十年後、二人は共に軍団長になる。


仕事が忙しくなり、決闘する時間は次第に無くなっていった。


結局バルバレスには一度も勝てないまま、


何年もの月日が経った。


あれだけ目の敵にしていたにも関わらず、


今では会えば会議や仕事の話も普通にする仲だ。




そして戦争が始まった。






現在。


ボサップはザサウスニアの六魔将ギラクと一対一で剣を交えていた。


実力はほぼ互角で双方の体には傷が増えていく。


その一角では両軍の兵士は手を止め、


二人の戦いを固唾を飲んで見守っていた。


「がははははっ! 戦は楽しいなぁ!


お前もそう思うだろ!?」


ギラクは笑いながら大鉾を振り回す。


「お前の気持ちも分らんでもない!!


だが俺は国のために戦ってるんだ!


戦闘狂のお前とは種類が違う!」


ボサップは槍で反撃しながら反論した。


「素直になれ、軍団長!! 


他者を殺し、喰らって生きるのがこの星に生まれた生物の定めよ!!」


「ふん、そうであってもお前など楽しみにも入らん!!


お前よりも強い奴を俺は知っているからなっ!!」


ボサップの放った一撃がギラクの足を突いた。


「ぐおおっ!!」


体勢を崩したギラクにすかさず槍を投げる。


ドスッと勢いよく、槍はギラクの腹を貫いた。


周りの部下たちが大歓声を上げる。


「敵将を討ち取ったぞ!!」


「ウチの団長が敵将を仕留めた!」


長い時間やりあっていたのでボサップもへとへとだ。


『オスカー様。敵将ギラクを仕留めました。


このまま進軍……』


いやに腹が熱い、


そう思ったボサップは固い物が自分の腹から生えているのに気が付いた。


「団長!!」


振り返ると口から血を垂らしたギラクが剣を握って笑っていた。


「俺をそこらの兵と一緒にするな……油断したな、がはは、ごふ、ごふっ……」


『ボサップ、どうした?』


そのまま崩れ落ちたギラクは今度こそ本当に死んだようだ。


ボサップもその横に倒れる。


周りの兵達は再び衝突した。


『くそ、ボサップがやられた!! 誰か……ネネル!』


『今行く!』


『ボサップ! おい! バルバレスだ! 聞こえるか!』


鈍くなった頭に宿敵の顔が浮かび上がる。


『おお、バルバレス。結局お前には一度も勝てなかったな……』


『何を言う! 今度また試合をするぞ! ……おい! 返事をしろ!


くそ! だからギラクは私が相手すると……』


周りには部下がいるようで、何か話しかけてくるが、何も聞こえなかった。


とにかくボサップは掠れた声でありがとう、ありがとうと囁いた。


『……バルバレス、お前はまだ死んじゃいけねえ人間だ……


お前は生きて、お、オスカー様のお傍に、いなきゃいけねえ。


必ずオスカー様に天下を取らせろっ!! や、約束だぞ……』


既に痛みはなく、全身から力が抜けて心地よかった。





すまないアンジール。そして息子たち。


おれは今日、死ぬ。


『……ボサップ』


オスカー様の声だ。少し意識の焦点が合う。


『ありがとう、大金星だ。お前の武に感謝する』


『……ありがたき幸せ……』


オスカー様には不思議な力がある。


俺がもう助からないことも知っているのだろう。


母と兄弟、そして姉のチムの顔が浮かぶ。


俺は結局太陽の神の元へ行くのか……。


忌み嫌われる存在だったが、


今ではいいじゃないか、と思う。


密かに炎の奏者であるオスカー様を、


太陽の神の化身だと思っていたのだ。


ボサップはゆっくりと目を閉じた。


思い返せばほとんどは幸せな人生だった。


不思議と心が穏やかだ。


そしてボサップは太陽の神の元へ旅立っていった。

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