第203話 セキロニア帝国編 寺院奇襲作戦

出発の日の朝。




タイタスが村の井戸で顔を洗っていると傍らに村の少女、モナがきた。




鶏が鳴き、犬が吠え、




各家庭から煙が出始め、朝食の匂いが漂い、




子供と母親の声が聞こえてくる。




「おはよう、タイタス。今日は早いね」




「ああ、おはようモナ。今日はいくつか村を回るんだ」




濡れた手を服で拭いたら




「手拭きないの?」




と笑われた。




「ここは乾燥してるし暑いからすぐ乾くよ」




「だめよ、行儀悪いもん」




そう言ってモナは布を差し出した。




深い青と紫が混ざる綺麗な柄だった。




「これあげる」




「いいのか?」




モナは笑顔で頷く。




「私が染めたの。いっぱいあるから」




どうやらモナは染色の仕事をしているらしい。




お礼に果物を渡すと言うと「いい」と断られてしまった。




「いつ帰ってくるの?」




「分からない。帰ってくるかもしれないし、帰って来ないかも」




モナは一瞬悲しそうな顔をしたが、




すぐに笑みを浮かべ「お土産よろしくね」と言った。








三人は馬車3台に分かれ、商人の格好で出発した。




途中シボ率いる三番隊と合流した。




三番隊は普段白毛竜に乗っているが、




今回は身分を隠し、他国へ潜入ということで馬で来た。




当然自らがキトゥルセン軍と分かるものは装備していない。




一見して行商とその護衛団だ。




「美人だな~」




レジュはシボに釘付けだった。




「ねえタイタス、紹介してよ」




レジュは馬上でタイタスの腕を掴んで揺する。




「やだよ、僕だって今日初めて会ったんだし」




シボ隊にはすでに今回の作戦詳細が送られていた。




行軍中も脳内チップ経由で作戦を詰める。




新たな情報として、




北セキロニアにはアルトゥール軍が駐留予定で、




数日以内には到着とのこと。




そして既に外交官20名が入国済みで、




様々な準備を始めているということが分かった。




オスカー王子はじめ城の重臣たちが、




如何にこの一帯を重要視しているか、




その緊張が伝わるような内容だった。








夜。メデュス寺院周辺のかがり火にきらりと光る無数の虫が散ってゆく。




シボが持って来た50匹の機械蜂だ。




機械蜂は周囲の建物に寝泊まりしている敵兵を索敵してゆく。




タイタス、ウォルバー、シボと副隊長のレグロの右目が青く光り、




4人の視界に次々と暗殺対象者がマークされてゆく。




「1班、正面の建物。手前の部屋に4人、




二階に2人。2班、右の建物3階に3人、4階に6人……」




シボは次々と指示を飛ばし、部下たちを送り込む。




「かっこいい……」




レジュはそんなシボに見惚れていた。




「ほら、行くよ」




タイタスに促され、二人は担当の建物に入っていく。




シボ隊は音もなく周囲の建物に散らばり、




連弩で次々と敵兵を暗殺してゆく。




何度か怒声と剣の音が聞こえたが、




大した騒ぎも起きず、




僅か一時間足らずで敵兵200名ほどを片付けた。




「さあ、あとは内部ですね。




残りは30名くらいかな」




顔に血痕をつけたレグロは連弩に矢を装填している。




「ウォルバー、手筈通りに」




シボに頷いてからウォルバーは城壁の上に向かってワイヤーを発射した。




シュイイインと小さな機械音と共に、




ウォルバーの身体は上昇してゆく。




シボ達は部下を率いて門の傍に待機。




しばらく待つと見張りを無力化したウォルバーが、




内側から門を開けた。




「行くよ」




素早く中に入ったシボ隊とレジュは壁際をぐるりと一周、




残った見張りを次々処理していった。




タイタスとウォルバーはネグロス捕獲のため真っ直ぐ寺院の中へ。




闇夜にカシュっという連弩の音が至る所から聞こえてくる。




寺院の中を巡回していた僧兵2名をタイタスが投げナイフで片付ける。




「あー今のはキレイに刺さったな……」




タイタスの独り言にウォルバーは立ち止まり、




「なぜ笑う?」と厳しい剣幕で問いただした。




「敵にも家族がいるんだぞ。命は軽いものじゃない」




タイタスから笑顔が消える。




「おかしな人だな。同じことしてるくせに……




じゃああんたは何でこの仕事してるのさ?」




ウォルバーの目尻がピクッと動く。




「……早く争いのない世の中にしたいだけだ」




「……ご立派。だけどそれは理想論だね。




現場の人間が一番現実を知っている。そうだろ?」




二人は無言のまま、しばし向かい合う。




『タイタス、ウォルバー、ネグロスはいた?』




シボからの連絡に二人はようやく視線を外し、




足を動かした。




『今向かってる。そっちは?』




『半分終わった。もう半分ってとこ』




2階の角の部屋の前で二人は立ち止まる。




ウォルバーが扉を破壊、




部屋の奥のベッドにいたネグロスに駆け寄り急いて拘束した。




『こちらウォルバー。ネグロス確保、ネグロスを確保した』




「お、お前らなんだ……北の連中か!?」




寝込みを襲われたネグロスは狼狽えていた。




「……おい、見てみろ」




ウォルバーが顎で示した先には、




灰色の腐樹の実が3個カゴに入っていた。




「戦争に魔物を使う気か……」




押さえている手に力が入る。




「いてててっ!!」




「〝ナザロの翼〟の動力はどこにある?」




「なんだそれは? 初めて聞いたぞ。




人違いだ!」




タイタスが短剣の先を腹に当てると




「やめろやめろ! 分かった、言う!




ここにはない、本当だ。城に置いてある」




と脂汗を流しながらネグロスは早々に観念した。




「トゥーロン城か?」




「ああ、そうだ……」




部屋を出るといきなり黒い鎧の兵が襲い掛かってきた。




とんでもない威力の一太刀に、




タイタスは反応するも吹っ飛ばされた。




「ネグロス様を放せ!」




どうやら護衛兵のようだ。4人いる。




全員身体の大きな牛人族だった。




「いった~……けど、面白くなってきたっ!」




タイタスはニカっと笑うや否や地面を蹴り、




恐ろしい速さで隊長格の首筋を斬りつけた。




「あ……がぁ……」




「スタイン殿!!」




二人目に襲い掛かったがこちらは剣で防がれた。




「奇襲はここまでか」




「おい、離れろ」




ウォルバーが腕を前に出し、青白い電撃を出した。




一斉に三人の牛人兵が崩れ落ちる。




「……僕の獲物だ……」




タイタスはギロリとウォルバーを睨む。




「こいつらは強い。お前でも時間がかかる。




モタモタしてたら味方にも犠牲が出る。




そう判断した。文句あるか?」




「ちっ……」




ネグロスはウォルバーの電撃に驚いて怯えていた。




「おい、血が出てるぞ」




タイタスは歩きながら腕の傷を布で巻く。




「……何なんだ、お前ら……」




「黙れ。次喋ったら指を切り落とす」




イラついたタイタスの声にネグロスは縮み上がった。




「その布の柄、いいな」




タイタスの腕に巻かれたのは村の少女モナに貰った布だ。




「黙れ。次喋ったら指を切り落とす」




「こっちもかよ……」




ウォルバーは深いため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る