第202話 セキロニア帝国編 クハナ村のアジト

北セキロニア帝国、国境沿いのクハナ村。




この辺りはいつも砂塵が舞っている。




茶色い土壁の民家が連なり、




遠目に見れば朽ち果てた集落に見える。




この村にレジュの用意したアジトがあった。




入り組んだ細い通路の住宅地が途切れる村のはずれ、




半分瓦解した砂避けの塀に隣接する建物。




入り口の前は井戸のある広場になっており、




二階建ての家が円型に広場を囲む。




乾燥に強い植物や痩せた犬、洗濯物などが視界に入る。




タイタスはアジトの入り口前に座り、




リンゴを齧りながら広場を眺めていた。




昨夜のことを思い出す。




囲まれたとき、ウォルバーの助けがなかった場合、




自分はどう動いていたか。




タイタスは頭の中で何パターンもイメージしていた。




自然と小さく手が剣の動きを真似る。




ふと気づくと、傍らに少女が立っていた。




10歳くらいで長い黒髪に緑色の瞳。




白いゆったりとした一枚布の服に青い石のベルト。




そして彫りの深い顔立ち。




昔からこのあたりに住む民族の特徴だ。




民族の名前はなんだっけと考えていると、




少女は「あなたが新しい人?」と聞いてきた。




「そうだよ。この前引っ越してきたんだ」




そう優しい笑みを浮かべた。




タイタスは子供が嫌いだった。




子供とはそもそもまだ人間になっていない、




虫でいえば幼虫だと思っている。




だからまともに話しても意味がない。




村になじむのも仕事のうちなので演技をするだけだ。




タイタスは人当たりのいい子供好きのお兄さんになりきる。




「君の名前は?」




「モナ・ジャハースク」




モナの服は所々擦り切れていたり、破れていたりした。




体つきも細い。




「あなたは?」




「タイタスだ」




「タイタス。……なんの仕事?」




風が吹き、目を細めながらモナは聞いてきた。




興味津々と言った感じだ。




モナにとって自分はおそらく、




単調な毎日に突然やってきた刺激なのだろう、と思った。




タイタスは貿易商だ、と答えた。




リンゴをあげるとモナは可愛らしい笑顔を見せて喜んだ。












『〝ナザロの翼〟の発見、ご苦労だった。




それとネグロスも。




ここまで深く絡んでいることが分かっただけでも大手柄だ』




アジトの壁には機械蜂から投影された〝ラウラスの影〟長官、




ユーキンの顔が映っていた。




「確保できなくて申し訳ありません。




動力も目の前にあったのに……」




タイタスはため息交じりに答えた。




投影された画面の前にはタイタス、レジュ、ウォルバーが立っている。




その脇には山積みにされた木箱があった。




中身は武器と食料などだ。




『ガイロン鉱山から移動できる範囲は限られているし、




ネグロスの隠れ家もいくつか当たりはつけてる。




身元がバレなかっただけよかった。




下手に動くと大事になるからな、慎重に越したことはない』




撤退せずにネグロスを誘拐すべきだった、




タイタスが呟いた。




「……誰かが犠牲になっていたぞ」




ウォルバーは厳しい声だ。




「この仕事に犠牲はつきものだよ」




タイタスもまた鋭い目つきで返す。




「囚われたら拷問を受ける。死んだほうがましだと思うほどの。




分かってるのか?」




ウォルバーは元キトゥルセン軍の将軍だった、




ギバ・グレイヤーに捕まり拷問で両腕を無くしたらしい。




そしてユウリナ神に機械の腕を与えられたと聞いた。




「結果として〝神の腕〟を手に入れたんだからいいじゃないか」




「……貴様っ!」




ウォルバーは一瞬頭に血が上ったが長官の手前何とか怒りを収めた。




「……お前は知らないからそんなことが言えるんだ」




二人のやり取りの間でレジュは腕を組みながら肩をすくめた。




『もういいだろう。そこら辺にしておけ』




ユーキン長官もため息交じりだ。




「僕は初めから暗殺要員だった。




連絡要員だったあんたとは覚悟が違う」




「捕まって拷問を受けても平気だと?




ふん、経験が無いからそんなことが言えるんだ。




お前の言葉には説得力がない」




『おい! いい加減にしないか!』




長官の叱責にようやく二人は黙った。




レジュのため息が静寂に響く。




「はあ、まったく、先が思いやられるよ」














『ネグロスが潜伏していると思われるのは、




このメデュス寺院、もしくはトゥーロン城だ。




メデュス寺院の方が可能性がある』




上空からの画像が映し出された。




「ふむ、市街地のど真ん中か。




周辺の建物に兵士が潜んでいそうだな」




レジュはあごを手で擦る。




「おそらく聖ジオン教騎士団を連れて来ている。




私服で町民に紛れているだろう」




ウォルバーは腕組して眉間にしわを寄せていた。




「ネグロスを誘拐した後が大変だね、こりゃ」




タイタスは笑いながら画面を見つめる。




『〝ナザロの翼〟の映像を見た。ユウリナ神にも見てもらった。




動力を入れればすぐに動く状態だそうだ。そうなれば……』




「北セキロニアを攻撃……その後は北ブリムスの同盟国……」




レジュは厳しい顔だ。




「そしてキトゥルセン連邦」




ウォルバーがため息交じりに繋いだ。




『ユウリナ神曰く、一機あれば複数の中小国を一晩で堕とせるらしい。




あの禁書に書かれていたことは本当だったわけだ』




「しかし……襲撃するにはいささか人数が足りないな。




我々北セキロニア帝国軍は正式に動けないし……」




『レジュ殿、心配は無用だ。




こちらから既に援軍が向かっている。




【護国十二隊】の三番隊。




隊長はシボ・アッシュハフ。




あのルレ隊長の副官だった女性で、




先の戦争でもいくつもの功績を残している優秀な将官だ』




画面にシボのプロフィールが映し出された。




「お、可愛い」




レジュは笑顔になった。


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