第64話 ケモズ共和国攻略編 囚われのアーキャリー・レニブ

暗い。


赤い小さな光が呼吸するように一定間隔で瞬いている以外は、長い間何の変化も無い。


攫われてから一体何日、何時間経ったのか。


侍女がたまたま大きなパンを持っていたから餓死していないが、


それが無かったらとっくに息絶えている。


それだって7人で分けたので、一人当たりはほんの少しだ。


口にしたのはそれだけ。


全員壁に背をつけ、ぐったりしている。


小さな物置の広さしかない部屋に監禁され、体力は尽きようとしていた。


「アーキャリー様、大丈夫ですか?」


侍女のミレが衰弱しながらも笑みを浮かべて王女を気遣う。


「……うん。大丈夫。ありがとう、ミレ」


男は一人もいない。ミレともう一人の侍女以外は皆いとこだった。


魔物に襲撃された時、外交でザサウスニアに行っていた親戚が帰ってきたので食事会をしていた。


全員20前後の若い女性だった。それ以外は殺された。


「アーキャリー、あなたが死んだら羊人族とケモズ共和国は終わりよ。


いざという時は私たちが守るから。あなたは気をしっかり持つのよ」


「……お姉さま方。ありがとうございます」


息は荒く、目は虚ろ。それでもまだ全員希望は失っていない。


アーキャリーたちを攫った女王蜘蛛はこの部屋の前にいるようだ。


時折足音や息遣いが聞こえてくる。


皆自分たちが女王蜘蛛の非常用食料だと気が付いていた。


異形の化け物。灰色の肌の女。蜘蛛の足。


いきなり目の前に出てきて、恐怖を抱かない者はいない。


アーキャリーは今でも目の前で衛兵5人の瞬殺された光景を忘れられない。



「アーキャリー様、覚えていますか? ホーンヒル学園の裏庭で迷った時の事」


ミレは目を瞑りながら昔を振り返った。


「……もちろん、覚えているわ。あの時は大変だったわね」


言葉を発するのもつらい状態だったが、


アーキャリーは温かい思い出に浸りたくなって答えた。


「牙猪から逃げ回って木の上に避難しましたね。


ふふふ、あの時のアーキャリー様の慌てようといったら……」


「もう、ミレったら。その話はやめてよ。


でも……懐かしいわね。


私の頭に引っかかった蜘蛛の巣を取ってくれたり、


大きな蛇を追い払ってくれたり……。


あなたはいつでも私を守ってくれた……ありがとう」


「……やめて下さい。あの時がきっかけで、


私はアーキャリー様にお仕えできるようになったのです。私の方が感謝しています」


ミレはずり落ちたメガネを直した。


「……あの時、たった2時間ほどだったけど、


二人で泥だらけになって冒険したことは、


今までの人生で一番スリリングで、楽しかった。


怪力のベミーがいたらもっと簡単だったのだろうけど、


私たち二人だけだったことに意味がある気がする」


「ベミー、今どこにいるんでしょう……」


「きっと私たちを探してくれてる。きっと……」


アーキャリーは隣に座るミレの手をぎゅっと握った。



出入り口付近で物音がした。女王蜘蛛だ。


皆に緊張が走る。


ガゴゴ……と扉が開き、部屋に光が射す。


「さて……どいつにシようかナ……」


女王蜘蛛は人に似た声を出した。あまりの不気味さに背筋が凍る。


やっぱり誰かが食べられるんだ……。


あまりにも残酷な状況に、アーキャリーは血の気が引いて倒れそうになった。


私が犠牲になって、皆が助かるなら――――――――――。


アーキャリーは恐怖で全身を震わせながらも、意を決して立ち上がろうとした。


しかし、すぐにいとこたちに抑え込まれた。


「何やってるの。それはあなたの役どころではないわ」


「でも……」


「あなたの仕事はここから生きて出る事。何を犠牲にしても」


アーキャリーといとこたちが小声で話している隙に、ミレがスッと立ち上がった。


「ミレ!」


「アーキャリー様、これは侍女の役目です。


私はこのお仕事に誇りを持っています。王族を守るのも仕事のうちですから」


「……ミレ、やめて」


「……新しい礼服のボタンは右が前です。髪飾りは棚の5段目に移しました。


馬の乗り方はもう大丈夫ですか? 


礼拝は階段の手前で一礼です。アーキャリー様はいつもお忘れで……。


読みかけの本はいつも通り枕元に……。


アーキャリー様はおっちょこちょいで天然で、正直不安な部分もありますが、


もう私がいなくても大丈夫でしょう。すでに立派な姫君です」


アーキャリーとミレの目からは大粒の涙が零れていた。


「……だめ」


アーキャリーの声は届かない。


ミレは一歩前に足を踏み出した。


「なンだ、喰われタいのか、おまえ」


女王蜘蛛は身を屈み、顔をミレの前に持ってきた。


ミレの足は震えてた。


「うマそうだな、イイだろう」


女王蜘蛛は脚を一本振り上げた。


「アーキャリー様、お仕え出来て幸せでした」


ミレはアーキャリーに微笑んだ。


瞬間、女王蜘蛛の脚がミレの肩を貫いた。


「ミレッ!!!」


そのままミレの身体を持ち上げ、女王蜘蛛は扉の外に消えた。


すぐに扉の外から生々しい咀嚼音が聞こえてきた。


あまりに残酷で、あまりに急な出来事に、アーキャリーは嗚咽を漏らすことなく、


ただただ扉を見つめていた。


床にはミレの割れたメガネが落ちていた。




ミレが喰われてからどのくらい経ったのか。


いつの間にか眠っていたアーキャリーは目を覚ました。


いとこの一人が壁に耳を当てている。


「何かが動く音が聞こえる」


重い何かかが動く音。耳を澄ますと確かに聞こえた。


突然、アーキャリー達がいる部屋の壁の一部が、横にスライドした。


暗くて分からなかったけど、どうやら扉だったようだ。


先も視界が悪くよく見えないが、かなりの広さがありそうだった。


「もしかしたら、どこかに出られるかもしれない」


いとこの一人が中に入る。


「行けそうよ。早く、アレに気付かれないうちに」


アーキャリーはミレのメガネを胸の前で握りしめながら、


いとこたちに促され扉を潜った。

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