第200話 「ナザロの翼」

大陸中央、南セキロニア帝国。




ジョルテシア連邦とミュンヘル王国の間にある、




人口80万の歴史ある国だ。




南の首都は旧帝都バハロ。




北セキロニア帝国の人口は60万。




北の首都はナザロ教発祥の聖都ジャブール。




元々は一つの国だった。




山岳地帯で貧しい北部と、恵まれた土壌を持つ豊かな南部で争いが絶えず、




数十年前、遂に国が二つに割れた。








南セキロニア帝国、北西の町、ラロ。




ナザロ教の寺院では100人を超える信者が礼拝中だった。




祭壇には痩せた男が座禅を組んで祈っている絵画が飾られている。




ナザロ教唯一神クラークの一番有名な画だ。




ナザロ教の国々ではこの画が各家庭や食堂などに当たり前にある。




人々は朝夕の二回、この画に向かって地面に額を擦りつけ祈りを捧げる。








礼拝所にはお香の匂いが充満し、祈りの言葉が響き渡る。




その後ろを寺院の僧たち10人ほどが通り過ぎた。




最後尾の一人が立ち止まり、柱の影から壇上を見つめる。




その僧の頭上には金色の蜂が飛んでいた。




やがて僧は仲間たちとは別の通路に進み、




寺院内部の書物庫に入っていった。




数人の僧が仕事をしているが、




彼は本棚の影や死角を歩き、




誰にも気づかれず一番奥の禁書棚にたどり着く。




頭上の蜂から青いスキャンレーザーが数秒照射され、




本棚をくまなく走査した。




彼の視界に本棚の一部が赤く表示される。




そこの本を数冊取り出すと、奥に鉄製のレバーがあった。




レバーを引くと床の石板の一枚が沈んだ。




音はほとんどしない。




誰も気が付いていないようだ。




そこには2冊の本と一枚の巻物があった。




彼はそれらを懐に入れ、全てを元に戻す。




何食わぬ顔で書物庫を出たが、警備の僧兵に止められた。




「見かけぬ顔だな。新入りか?」




ゆったりとした僧衣に鉄の胸板をつけ、




腰に幅の広い片刃剣を下げている。




「ええ、先月ホアン様からの推薦を受けまして。




私はあなたの事は知っていましたよ。




いつも昼下がりには寺院裏の壁際で仲間と賭け事をしている」




「お前……見ていたのか。なんて生意気な奴だ。




いいか、誰かに話したら承知しないぞ、分かったな?」




彼は頷き、その場を離れた。




しばらく歩きさりげなく振り返ると、




さっきの僧兵が別の僧兵とこちらを見ながら話していた。




寺院の出口はもうすぐだったが、




後ろから「扉を閉めろ」と声が飛んできた。




出入り口には僧兵の詰め所がある。




3人の兵が出てきて鉄の柵が閉められた。




「お前、名前は?」




名簿を持つ僧兵、その両脇の僧兵は2人とも腰の刀剣に手をかけている。




ちらっと後ろを見ると先ほどの僧兵もこちらに歩いてくる。




彼は気付くとほくそ笑んでいた。慌てて手で口元を隠す。




「……殺すか」




「何? 今なんて言った?」




名簿の兵はそう言ったが最後、




目にも止まらぬ速さで心臓を刺されその場に崩れ落ちた。




「貴様!」




剣を抜いた2名も流れるような体術であっという間に剣を落され、




首を斬られた。




後ろから来ていた僧兵たちは、




あまりの実力差に青い顔で足を止める。




彼は詰め所脇の馬の手綱を取り、




「この子、貰ってくよ」




と微笑んだ。














「待て! 止まれ!」




屋台が並ぶ町の市場を馬が一頭猛スピードで駆けてゆく。




道行く人々は慌てて脇に逸れ、




その後ろを十騎以上の僧兵が追ってくる。




野菜や果物が宙に飛び、土埃が舞う。




逃走する彼の視界には後ろから追ってくる僧兵たちが、




彼の肩に止まる金色の蜂を介して、振り返らずとも表示されていた。




彼は剣を抜き、通り抜けざまに屋台の支柱を叩き斬る。




「ぐおおっっ!!」




後続の追手の半分が崩れた屋台に飲み込まれた。




市場を抜け、住宅街に入る。




煉瓦造りの建物に石畳が迷路のように伸びている。




道幅が狭く、そして真っ直ぐになったところで、




彼は馬の上で身をよじり、投げナイフを立て続けに投げた。




住宅街を走り抜け、大きな街道に出る。




「……予定通り」




彼は楽しそうに笑う。




その時、上空から物凄い速さで鳥人族の僧兵が襲い掛かった。




何とか剣で弾いたが、肩に一太刀食らってしまった。




ドクドクと血が流れ出るのに、彼は笑いを堪えるのに必死だった。




「ヤバい……楽しすぎる」




追手は2騎に減っていた。




彼は上空を確認してからすぐに馬の方へ駆け出す。




手前を投げナイフで始末してから、




奥の兵と一騎打ち。




負けるはずがなかった。




笑顔のまま地上の兵を片付けた彼は、




迫りくる鳥人族兵に向けて馬を走らせた。




ぐんぐんスピードが上がり、




お互いの剣がキラリと光る。




ぶつかる直前、彼は馬の上からジャンプした。




体当たりの格好で鳥人兵に剣を突き立て、




そのまま地面に落ちて転がった。




タイミングを崩された鳥人兵は、




対応する間もなく絶命した。




彼は大の字に倒れたまま、静かに笑い続けた。




「クククっ……あー楽しかった」















隣町の宿屋で夕食をとった後、




彼は自室で蜂に向かって話しかける。




『ご苦労だった。送ってもらった書物は本物だ。




……しかし、また派手にやったな、タイタス。




ファンリール城でレオプリオの妹を救出した時も後始末に苦労した。




お前は血を流し過ぎる。我らの身元がバレるようなことはないだろうな?』




『それはご心配なく、長官。




闇市で手に入れたシャガルム帝国軍の短刀を投げまくりましたから。




それより、中身はなんなんですか?』




タイタスは奪った書物をペラペラとめくる。




『「ナザロの翼」……前時代の古代兵器だ。




とてつもない速さで空を飛び、山を消すほどの火球を撃ち、




魔人も魔剣使いも魔獣も敵わない……と記述がある』




『にわかには信じられないですね。本当ですか、それ』




『セキロニアの南北国境線上に鉱山があり、




この書物によればそこにあるらしい』




『じゃあそこに行けってことですね。




発見したらどうします? 壊しますか?』




『その前に北セキロニア帝国のレジャという男に会え。




我ら〝ラウラスの影〟の協力者だ。




彼らも長年「ナザロの翼」を追ってきた』




『了解です。人と一緒に動くのは気が進まないけど』




『大人になったな、タイタス。




それともう一つ。




寺院にて機械蜂が送ってきた映像に重要人物が映っていた。




テアトラ合衆国のネグロス、小皇帝と呼ばれている男だ。




おそらく聖ジオン教の地方監督官ってとこだろうが、




こいつはペトカルズでも目撃されている。




裏で動くのが得意な奴だ。何か企んでいるのだろう。




こちらは詳細が分かり次第追って連絡する。




地図は明日送る。頼んだぞ』




通信を切ったタイタスはベッドの上に剣や短刀を並べ、




一つずつ丁寧に手入れを始めた。




そして包帯を替えて傷の確認をする。




機械蜂のおかげで傷口は塞がれ、腫れも引いた。




今日の出来事を思い出し、




タイタスは自然に微笑んでいた。




「また笑ってた。いけないいけない。




でも……楽しかったなあ。クックック……」

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