第16話 牢獄の三人

牢獄の事が気になったのは、地下の出入り口から遺体が運ばれている現場を


偶然目撃したからだった。牢に何人か入っていたのは、


着いた日に【千里眼】で城の中を一通りチェックしたので知っていた。


だから遺体はこの寒さに耐えられなかった、その中の一人だと思っていた。


まあ、結果的にそれは合っていたのだが……。


もう一度【千里眼】で地下を見てみたら、何ともおぞましい光景が目に入って、


すぐにラムレスを探した。


「地下の牢にいるのは何者だ? 犯罪者か?」


「……ええ、まぁ説明が難しいのですが……普通の犯罪者ではなくて……


何と言いますか……」


ラムレスは言いよどんだ。


「もういい。行くぞ」


「待って下さい、オスカー様!」



地下牢には三人の男女が磔にされていた。全員裸で、ずいぶんと痛めつけられている。


「これはなんだ? 敵か?」


「……この者達はジェリー様の元護衛兵です。ジェリー様が怪我を負い、


ご家族が亡くなったのは、南の森の渓谷で落石にあったからなのですが、


この者共は守れなかった自分たちのミスだと言い、自決させてほしいと聞かなかったのです」


「自分たちの責任だと?」


「はい。この者達の祖先は、昔大陸の中央から戦火を逃れてきたググルカ族と言いまして、


当時受け入れてくれた国王に感謝し、今でもその末裔は強烈な忠誠心を残しております。


加えて彼らの伝統武闘術は有名でしたので、代々護衛兵は彼らの一族が担当していました」


「その強烈な忠誠心ゆえに、自決をしたいという事か」


「ええ。歴代の栄えある護衛兵団の顔に泥を塗ってしまうと。


不幸な事故だったので、そんなことはするなと私たちもなんとか宥めまして……。


妥協案が、この【ウルザの試練】という訳です」


「【ウルザの試練】?」


「はい。【ウルザの試練】とは数百年前の将軍、ウルザが考案した禁断の訓練です。


内容は、敵国に捕まった時を想定し、敢えて凄まじい拷問に耐えるというもの。


訓練中に死亡する兵が続出し、すぐに中止された、半ば伝説や噂話になっている類のものです。


磔、むち打ち、水攻め、リンチ、暗室監禁。


それらが終わると不眠不休で、男は重いブロックを端から端へ運ぶ意味のない労働、


女は犯され続けます。これを1カ月。


8人がこの試練を始め、今はこの3人しか残っていません。


途中で何度も中止せよと言っているのですが、彼らは頑なに首を縦に振りません。


期限はあと一週間。……とても耐えられる状態ではありません」


三人とも起きてはいるが目は虚ろ、薄暗くてよく見えないが床には糞尿が広がっている。


自分の足元でこんな惨いことが行われていたなんて。


毎日【千里眼】を使っていたらもっと早く見つけられたのに。


剣選の儀の時も、カカラルの時も、一番奥のこの牢までは来なかった。


少し足を延ばせば、その時に気付いたものを。


「やめろと言っても、聞かないのか?」


「はい。鎖を外し医務室に運んだものの、いつの間にか自害していた者が一人、


王家の墓の前で息絶えていたのが一人、牢獄に戻っていたのが一人。


強制的に外に出すのは簡単ですが、そうすると高い確率で自害してしまいます」


何だよそれ。


「中に入る。鍵を開けて」


「鍵はかけておりません。自ら進んでここに入った連中ですし、犯罪者でもありません。


何より……友軍ですから」


「……そうか」


入り口をくぐり、中に入った。糞尿のにおいが鼻を衝く。


「オスカー様、それ以上進むとお召し物が汚れます」


「この人たちの方が汚れてるよ」


「……そうですね。失礼致しました」


磔にされている三人の前に立つ。年はみな二十歳くらい、顔は痣だらけ、


腫れがひどくて直視したくないほど痛々しい。


「聞こえるか? 俺はオスカー・キトゥルセン。この国の新しい王だ」


三人は顔を上げ、こちらを見た。


「も、申し訳ありません! 我々のせいで、ジェリー様を……お父様を……本当に申し訳ありません!


 もう少しで我々は死にます! この命をもって償います!」


真ん中の男が、動かなければ死体だと思ってしまうほど衰弱しているにも関わらず、


大きな声で答えたので、訳もなく泣き出しそうになった。


「わかったわかった、普通に喋るんだ。体力を消費するな。


お前たちの話は聞いた。とてつもない忠誠心だ。


キトゥルセン家の人間としてうれしいし、とても誇りに思う。


父のことは残念だったが、暗殺ではないし、もう過ぎたことだ。


俺は正直、もうお前たちは十分な罰を受けたと思っている。


この試練を終えてはもらえないか?」


詳細は知らないが、事故だったなら罰ではないだろう。


だがここは彼らに寄り添って話を進めた方がいい。


「……それは出来ません。ジェリー様の無念を考えると、これでは足りないくらいです」


「もう王は変わったのだ。今は俺が王だ。俺の命令が聞けないのか?」


「そ……それは」


「この試練で5人死んだ。もう十分だ。今後は俺の護衛に就くのだ。


それを、父を守れなかった償いと考えよ。俺を最後まで守ることが出来れば、


お前たちの罪も消えよう。お前たちの一族には、俺から手紙を送る。


お前たちの一族で取り決めがあるのか知らんが、


俺の顔を立てて、言うことを聞いてくれ。どうだ?」


男同士は顔を見合わせた。女はぐったりして動かない。かなり危険な状況だ。


「あ、ありがたきお言葉……」


そう絞り出すと、男は気絶した。



三人をすぐに医務室に運び、モルトの治療を受けさせた。


あと半日遅かったら全員死んでいたらしい。


打撲、骨折、内臓にもダメージがあったそうだ。足の指は凍傷で全員が1,2本切除した。


女の方は半分精神が崩壊していて、時々暴れると、モルトの助手のモリアに言われた。


モリア・アーカム。


長い髪を後ろでまとめ、十代後半のくせに妙に色っぽい。


最近はすれ違う時に色目を使ってくる。


多分俺がメイドに手を出し始めたと、女の間で広まっているのだろう。


へたくそとか言われてないかな。


笑われてないかな。


女は怖いからな。


そしてあわよくば自分も、といったフェロモンが容赦なく襲ってくるのだ。


彼女に近寄られるといい匂いで膝ががくがくする。




俺と話した男はリユウ、もう一人はケタル。女はアーシュ。


護衛兵の中でも若手の三人だった。


完全に身体が回復するのは数カ月先になるだろう。



彼らが復帰したら、いい鎧を用意してやりたい。そう思う。

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