第155話 謁見の間の戦い ノストラの誇り

「シボ、大丈夫か?」




「あ、コレ私の血じゃないんで大丈夫です。




ルレさんこそ腕……」




「ああ……深くないから問題ないよ」




ルレ隊と一部の護衛兵団は、




有翼人兵のハイガー旅団とにらみ合っていた。




黒装束の下は明らかに正規兵ではない自由な装備で、




全員肝が据わった顔でこちらを睨んでいる。




傭兵として数多の戦いを潜り抜けてきた歴戦の猛者たちだ。




ルレとシボは共に白毛竜の上で、




敵の血肉がべっとりと付いた剣を構え、




その後ろには同じように返り血を浴びて瞳孔の開いた部下がずらりと並ぶ。




「最後の戦いだ! 皆死力を尽くせ!」




「オオッーー!!」




ルレの檄に部下が叫ぶ。




口元を真っ赤に濡らした白毛竜が牙をむくと、




両陣営が一斉にぶつかった。




剣と剣が当たり、怒声と悲鳴と鳴き声が入り乱れる。




有翼人兵は強かった。




地上の戦いでは邪魔になりそうな大きな翼も問題なく、




むしろ各々の戦闘技術ではルレ隊の方が劣っているくらいだ。




白毛竜と護衛兵団の連弩でどうにか均衡を保つことが出来た。






シボは3人の敵兵に捕まり苦戦していた。




二人は地上から、一人は空中から攻撃してくる。




白毛竜が一人の翼を噛んで地面に倒し、




足の鋭い爪を心臓にめり込ませる。




「ぐ……あああああああああ!!!!」




一人減って状況が好転したのもつかの間、




空中からの攻撃を防いでいる間に、




地上の敵が白毛竜の胸に剣を深々と突き刺した。




短く鳴いた白毛竜は倒れ、




シボはバランスを崩して投げ出された。




「きゃあ!……いったぁ……」




「こいつは副隊長だ! 絶対に仕留めろ!!」




何とか起き上がったシボに二人の敵は容赦なく追撃をかける。




二人ともかなりの使い手だが、




一瞬の隙をついて一人の翼を下から切断、




返す刀で上半身を斜めに斬る。




一人が死んでも、もう一人の敵は表情を変えず冷静だった。




二人の間を剣と剣を圧し合う兵達が通り過ぎた時、




シボは間合いを一気に詰めた。




名剣ブロッキスの鋭い切れ味に、




渾身の力を込めた一振りは、




敵の剣を根元から叩き折った。




しかし、顔に翼の打撃を食らい、とどめを差すことは出来なかった。




再び斬りかかろうとした瞬間、




敵の腹に矢が刺さり、あっけなく倒れた。




振り向くとスノウが連弩を構えている。




二人は目だけで会話すると各々の戦いに戻っていった。




「お前、何をする! おい!」




味方の声に首を向けると味方同士が斬り合っている。




どうやら一人の兵士が寝返ったようだ、そう思った矢先、




その兵士は剣で刺され絶命した。




敵のスパイだったのか……護衛兵団の兵なので知らない顔だ。




しかし、今度はとどめを差した兵士が別の味方兵に剣を振るう。




「止めろ! どうなってやがるんだ!」




「ぐあああ!」




何が起きているのか、一瞬戦場から意識を奪われたシボは、




向かってくる殺気に気付くのが遅れた。




「お前は獲っておきたい首だな!」




横から突然斬りかかってきたのは敵方の隊長、ハイガーだった。




あまりの速さにブロッキスを構えるのが少し遅れる。




態勢も悪く、剣が当たった瞬間にシボは後方に吹っ飛ばされた。




柱に叩きつけられ、起き上がろうとしたと同時に、




ハイガーの剣がシボの肩に深く突き刺さる。




「っっ!! ああああっ!」




剣は柱にも刺さり、シボは身動きが取れなくなった。




「はは、あっけないな。




首は貰うぜ、ちゃんと仕事したって証拠がないとな……」




ハイガーは腰から短剣を抜き、シボの目線にしゃがんだ。




「ひっ……いや……」




シボは一気に血の気が引いた。




「久しぶりだな……




きれいな姉ちゃんの首、生きたまま切断するの……ぐわっ!」




ハイガーが横に吹っ飛び、




シボの視界に現れたのは白毛竜に乗ったルレだった。




「平気かシボ!」




「……平気では……ないですね」




「待ってろ、今……うっ!」




飛んで反撃してきたハイガーに落とされたルレは、




着地と同時に剣を構える。




「お前が隊長か! 探す手間が省けたぜ!」




ルレとハイガーは凄まじい剣劇を繰り広げた。




実力はほぼ互角。




しかしハイガーは白毛竜の爪で腕を深く切られていた。




もしその傷がなければルレでも圧倒されていたかもしれない。




「ほう、中々やるな若いの!




ここを死に場所と定めているのか?」




「そっちこそ、こんなところまで攻め込まれて強がるなよ!」




ルレの剣を躱し、ハイガーは翼で打撃を食らわす。




シボの近くまで吹っ飛んだルレはブロッキスを手に取り、




二刀流で立ち上がる。




「待ってろ、シボ。もう少しだ」




いつもと目つきが違うことにシボは気が付いた。




本気のルレの目……。




「む、無理しないで下さい……」




ハイガーは立ち向かう兵士二人をあっという間に切り伏せ、




こちらに向かってくる。




血にまみれ笑みを浮かべる顔は悪魔のようだった。




再び斬り合いが始まった。




二人の体には小さな傷がみるみる増えていく。




ハイガーは翼をまるで腕のように使い、打撃を与えてくる。




物理的に防ぎきれないルレは次第に押されていった。




「やるな若き隊長! だがここまでだ。




あの柱にぶっ刺さってる部下の女にお別れを言うんだな!」




視界を覆った翼から飛び出した剣は、




ルレのわき腹を貫いた。




「ふっ……ぐっ……」




「ルレさんッ!!!」




シボの悲痛な叫びに多くの兵が動きを止めた。




「終わりだ」




続けざまに振り下ろされた剣はしかし、




ルレの首を飛ばすことはなかった。




どこかから飛んできた矢がハイガーの背中に刺さり、




更に最後の力を振り絞り、振り上げたルレのブロッキスが、




翼を根元から切断したのだ。




「ぐお……」




二人は同時に倒れた。




「ああ、ルレさん……ルレさん……」 




手が切れるのもお構いなしに、シボは刀身を握り剣を抜こうともがく。




血が止まらない腹を抑え、ルレはよろよろと立ち上がる。




「……まだ生きてるんだろ? 立てよ」




ハイガーも部下に支えられて立ち上がる。




「ふふ、こりゃまいった……まだやるのか……




お前……見た目とは違って根性あるな……うぐっ……」




「もう……もうやめて下さい! ルレさん!」




シボは涙を流しながら叫んだ。




「早く治療を!」




「たとえ己の命が尽きようとも……




一度狙った獲物は死んでも放さない。




それが狩猟民族の……ノストラの……誇りだ」




「……言ってくれる……




お前に惚れちまったよ。敵ながらあっぱれだ」




嬉しそうにしながらハイガーは乱戦の中に姿を消した。




追おうとしたルレは足に力が入らず、その場に崩れ落ちる。




すぐに数人の部下が集まった。




「シボさん! 大丈夫ですか」




近くに来た部下が剣を抜いてくれた。




自分の痛みを無視して、シボはルレに駆け寄った。




「ルレさん! ルレさん!」




「……シボ……よかった……生きてるな……」




泣きじゃくるシボを見て、笑みを浮かべたルレの腹からは、




とめどなく血が溢れ出ていた。




二人は血に塗れた手を握る。




「ルレさん、わ、私が助けますから……




ほ、ほら……心肺蘇生法で……」




シボは震える手をルレの胸の上に乗せた。




「ふふふ……それは心臓が止まった時にするんだよ……




今やっても無駄だ……」




「でも……でも……ああ、血がこんなに……」




すでに青い顔のルレは穏やかな表情をしていた。




「い、いつか死ぬと思ってた。軍人だもんな……当たり前だ。




でも……シボ、お前の顔を見ながら死ねるなんて……なんて贅沢なんだ」




「死にませんよ! 何言ってるんですか! 




私が助けますから、ルレさんは……」




「……今まで支えてくれて、ありがとう。部隊の指揮は任せたよ……




オスカー様と、ミルコップさんのために、祖国のために……




僕の分まで……シボ、君は、い、生きるんだ……




愛している、心の底から……




でも、僕の事は……忘れて……くれ。




君は、自分の、人生、を……」




そこで握っていた二人の手は離れた。




力を失ったルレの手は血だまりの中で動くことはない。




「……いやあああああああっっっっ!!!!!!」




シボの叫び声は戦いの中に消えた。

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