第37話 ノストラ王国攻略編 魔女裁判

「殺せ!」


魔女の目が覚める。ここは採掘場近くの製鉄工房だ。


既にアルトゥール率いる増援部隊も到着した。


魔女は年頃の女の子に戻っているので簡単な服を着せ、


石の台に寝かせて、手足を鎖で縛っている。


万が一氷で攻撃されないとも限らない。


「魔女を殺せ!」


俺は魔剣を抜いた状態で、カカラルと共にすぐ脇で待機している。


頭上にはドロドロに溶けた鉄が、鎖を引けば落ちてくるようになっている。


もう会えないかもと言ったユウリナはあっさり目を覚まし、


もげた腕も自分で修理して、当たり前かのように俺の横にいる。


いわく「キカイナメンナ」だそうだ。


もう一度気絶させるだけの電気もチャージしてあるらしい。


「何百人殺されたと思ってる! 殺すだけじゃ足りないぞ!」


周りはいくつもの炉があり、どこも真っ赤に溶けた鉄が煮立っている。


その傍にミルコップ、ノストラの族長たち、ダルハンとその部下たちが並ぶ。


族長たちの野次がすごい。分からんでもないが。


俺たちは考えうる最高の対処をして、氷の魔女が目覚めるのを待っていた。


「話はわかるか? 名前は?」


魔女はパニック寸前だった。呼吸が荒く、怯えた目をしている。


「……クロエ」


何ともか細い声に周りがざわめく。「名があるのか」「普通のおなごじゃ」「本当にこの子供が?」


「そうか、クロエ。いい名だな。俺はオスカー。


キトゥルセン王国の王子だ。キトゥルセン王国は知っているか?」


クロエは不安そうに頷く。


「俺の事は覚えているか?」 


しばらく俺の顔を見た後「夢で見た」と呟いた。


「ヤハリ〝ギカク〟カノアイダハキオクガアイマイナヨウネ」


周りの殺せという野次に怯えている。


またギカク化しないか心配だ。


「静かにしろ!」


一喝したら静まり返った。


どうもノストラ人は規律が甘く感情的だ。


これは不安を取り除いて精神を落ち着かせた方がいいな。


「魔人なんだな、俺は魔剣使いだ」


俺はフラレウムに火を付けた。


クロエは目を見開く。族長たちも驚いていた。


「俺もクロエと似たようなもんだ」


「似てる……同じ」


「何があったか覚えているか?」


「あまり……何かに乗って歩いてた……ここはどこ?」


「ココロノドコカニハカイガンボウガナイト、


アアイウボウソウノシカタハシナイワ」 


「復讐の相手は誰だ?」


「復讐?」


「うなされていたぞ。復讐すると」


しばらくののち察した顔をした。


「……私を捨てたノストラだ」


やはり過去の出来事やトラウマがギカク化の原因か。


周りを見て怯える。


「ああ……私が、沢山の人を……」


顔つきが変わった。理解した、というか思い出したようだ。


「私が……意味も無く……なんてことを……」


クロエは静かに泣きだした。


「何泣いてんだ! 死んで償え!」


うるさいな、あいつら。


「思い出したか? そうだ、クロエが氷の能力でノストラの民を殺し、


気候をも変えてしまった。おっと、力を使うなよ? 


使ったら俺たちはクロエを殺さなきゃならない。


この鎖を引いたらドロドロに溶けた鉄がクロエにかかるからな。よく考えろよ」


クロエは子供のように怯え始めた。とても一国を崩壊させた魔女とは思えない。


「私だって、こんな力欲しかった訳じゃない……」


「チカラニアヤツラレテシマッタノネ。ホンライハタダノオンナノコ」


慎重にいかないと工房が凍るかもしれない。


「よかったら何があったか聞かせてくれないか?」


ゆっくりと、途中話が前後しながら、涙をこらえつつ、


それでも時間をかけてクロエは説明してくれた。


壮絶な人生だった。その場の誰もが押し黙った。


話し終えて、ミルコップが口を開いた。


「……我々が未熟だったのだ。他の国には魔人が生まれた際、


どう扱うか、どう接するか、どう育てるか、書物や教えがあるそうだ。


先ほどダルハン殿に教えてもらった。我々は他国との交流を拒み、


自分たちだけが良ければいいとずっと知識を入れてこなかった。


厄介者はまとめて蓋をする悪しき風習を、何の疑問も無く続けた。


そのツケが回ったのだ。たくさんの人が死んだし、国も荒れ果てた。


……しかし、ある意味で彼女も被害者なのかもしれん。我がノストラ王政のな……」


クロエは涙を流した。


「俺はこの娘を死なせたくはない。


もちろん何百人もの命を奪った罪は消えないが、それは自分の意思ではなかった。


ただ力の制御を知らなかったのと、不運な人生が重なってしまっただけだ。


俺は魔剣使いだし、知り合いに魔人もいる。


力の制御を教え、正しい扱いが出来れば、


この力は国の財産になる。……と俺は思う。どうだ?」


皆考え込んでいる。声は上がらなかった。


「オスカー様がそうおっしゃるなら」


ダルハンだけが応えた。


「私は救ってくれたオスカーとノストラの民を守る! 


それで罪を償う。なんでもする。オスカーに忠誠を誓う! 


私の命をオスカーとノストラの民のために使う!」


クロエの声だけが響いた。恐怖におびえた必死の訴えだ。



俺は鎖を解いた。


クロエは族長たちの前に行き土下座した。


「ごめんなさいごめんなさいゆるしてくださいもうしませんゆるしてください」


涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、


薄布一枚、半裸のような汚れた格好で這いつくばるクロエを見て、


複雑な表情の族長が多い。自分の娘か孫と重なれば、多少なりとも心が痛むだろう。


「族長たちよ。もしもの時は俺が責任を取る。


この子は嵐や落雷や雪崩の様なものだ。


今までの事は天災だと思って、どうか許してくれないか?」


俺は頭を下げた。


全員が咄嗟に膝を付く。


「オスカー様、王が頭を下げるなど……」


その時、一人の族長が前に出た。ガタイのいい老人だ。


「わしはオルゲ。トルファン族の族長じゃ。


魔女よ。わしは娘夫婦と孫6人をお前に殺された」


オルゲは剣を抜いた。一気に空気がピリつく。


もしもの時は止めろとユウリナに目配せした。


「他の族長がお前を許してもっ! ミルコップ王がお前を許してもっ! 


キトゥルセンの王子がお前を許してもっ! やはりわしはお前を許せん。


……両目、乳房、右腕、左腕、右足、左足。要らぬものを一つ選べ」


「おい、勝手に決めるな、オルゲ!」


やはり簡単に納得してはくれないか。


ミルコップが声を荒げたがオルゲは怯まない。


王と言っても族長の代表レベルという事がこの短い間で分かった。


絶対的な権力はないようだ。


「オルゲ族長、気持ちは分かるが……」


「王子よ。お主は我らの中で一番強いミルコップ王を下し、


我らが束になっても敵わなかったこの魔女をも倒した。


今後、わしはお主に忠誠を誓う。いや、誓わせてくれ。


しかし、それとこれとは話は別じゃ。何百人と殺された。


わしが生きてる間に氷は解けんじゃろうから故郷も失ったことになる。


……娘たちはわしの全てじゃった。わしの人生じゃった……。


この怒りと悲しみを軽々しく分かってなど欲しくない」


「左足」


一瞬全員がきょとんとした。


「オ、オスカー……いいよ。


わ、私は取り返しのつかないことをした。罰はしっかりうける」


「しかし……」


「罰を受けないと私も苦しいから」


胸が傷んだ。なんて悲惨な運命の元に生まれたんだ。


だが、ここが落としどころだろう。いけると思ったがそんなに甘くなかったか。


「……医術師を呼んできてくれ」


十分後、モリアの父、ボッシュ・アーカムがやって来た。


白髭ダンディお父さんって感じの男だ。


「オルゲ族長、他の者も……これが済めば一切の遺恨を残さないと誓うか?」


皆頷いた。


「死んだ娘たちに誓えるか?」


「誓おう」


オルゲは剣を構えた。


クロエは石の台に寝そべり、左足だけ椅子の背に乗せている格好だ。 


恐怖で歯がガチガチ音を立てていた。


くそ! 痛ましくて正直見ていられない。


「ちょっと待ってくれ! ユウリナ、この判断は正しいか?」


「ワカラナイワ。デモホンニンノカクゴヲソンチョウスベキ。


ソレトアナタハセキニンシャナンダカラドウドウトスベキヨ」


「……そうか。そうだな。……クロエ、氷は出すなよ」


「だだだ大丈夫……」


ユウリナがクロエの両腕を押さえた。すぐに電流を流せるように。


他の者は工房の外に出た。万が一だ。


中にいるのは俺とミルコップ、カカラル、ユウリナ、


ボッシュ、ダルハンと数名の兵士、そしてオルゲ。


「いくぞ」


オルゲは剣を大きく振りかぶった。


「魔女よ! 償え!」


ザンッとクロエの左足が宙を舞った。


次いですさまじい絶叫。


氷は出なかった。ボッシュがすぐに止血をする。


クロエは泡を吹き、失禁して意識を失った。



数百人の命と足一本。普通ならば釣り合わない。


クロエの魔人という価値がなきゃ確実に死刑だ。


しかし、魔人じゃなければ数百の命は奪えない。


意識はなかったが、虐殺は実際に起きたことだ。



この終わり方が果たして最善だったか、俺には判断できなかった。

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