第132話 海と空の間にて

雨上がりの曇り空から陽の光が幾筋も降り、




濃紺の海原に光の斑点がいくつも浮かんでいる。




風は南から北へ。




漆黒の大型船が一隻、奥に二隻、三隻……海を覆いつくすほどの船、船、船。




その数約100隻。




血のように真っ赤な帆にはザサウスニアを示す蛇と剣のマーク。




指揮を執るのはザサウスニア軍〝六魔将〟が一人、ナルガセ・ドーマ。




目的地はイース、そしてノーストリリア。




一万の兵を乗せた大船団は追い風に乗り、揚々と進んでいく。






先頭の船がちょうどキトゥルセン連邦王国の領海に入ろうとした時、




分厚い雲から幾筋のも白い線が海に向かって伸びた。




雲を切り裂いて猛烈な速さで落下するそれらは、ゆうに50を超える。




まるで雲から垂れる糸。




糸の先端から何かが落下する。




落下物はザサウスニア海軍の船団前方の船に次々と当たった。




甲板に落ちたものは樽だった。




派手に衝突して粉々に割れた樽には液体が入っていた。




一人の兵士が首を傾げる。




「……油?」




ここで初めて船上の兵士たちは空を見上げる。




彼らが目にしたものは迫りくる火の玉だった。




甲板に当たった火の玉は勢いよく周囲に広がる。




それぞれの船上では何人もの兵士が炎に飲まれた。




阿鼻叫喚の混乱が広がる。




炎の中心にはいずれも矢が刺さっていた。




兵士たちの頭上をいくつもの影が通り過ぎ、




そこでようやく「敵襲ーーっ!!!」との声が上がった。




純白の翼を羽ばたかせ、




空中を泳ぐように飛び交う有翼人兵は、




次々と矢を放ち、船長や指揮官だけを素早く仕留めてゆく。






そして船団後方には炎を吐く深紅の巨鳥が襲い掛かる。




海面スレスレの超低空飛行で、船の間を縫うように飛び、




すれ違いざまに船を燃やす。




船上から放たれた矢は深紅の巨鳥を追い切れず、




たまに当たったとしても威力が足らずはじき返された。




青い海面に赤い炎が次々に灯る。




更に黄金の光が一閃、5隻の船が真っ二つになる。




割れた船からは兵士がバラバラと海面に落ちていった。




間髪入れずに最後方部に落雷が降る。




海面に落ちた雷は周りの船を感電させた。




ものの数分で、ザサウスニア海軍は大損害を被った。










「だいぶ削れたわね。うっ……」




「大丈夫ですか、ネネル様」




ザヤネにやられた足を抑え、




顔をしかめたネネルを見て、キャディッシュは心配する。




ネネル率いる奇襲部隊は沈みゆくザサウスニア海軍の上空にいた。




「……うん、だ、大丈夫……くっ」




「いや、ネネル様、凄い汗です。




我慢しないで下さい。一旦地上に降りて休みましょう」




ネネルは飛ぶのも辛そうなので、カカラルの背中に乗ることにした。




カカラルも心配そうに後ろを振り返り、鳴く。




「う……ぅああ……ぐうう……あああああっ!!」




ネネルが苦しそうに叫んだ時、足の傷から黒い霧が吹きだした。




「うわ! なんだこれは!」




周りにいたキャディッシュ隊の数人は思わず距離を取る。




黒い霧はやがて一ヵ所に固まり、長い化物の手となった。




「な、なによ、これ……」




自身の足から生えている得体のしれない手にネネルは恐怖を覚えた。




黒い手は痙攣したように不気味に震える。




「あ、あ、い、痛い……うぐ、あああああっっ!!!!」




そのたびに傷口が広がり、大量の血と共にネネルの口から悲鳴が上がった。 




黒い手はネネルの服の中に侵入、ゆっくりと上がってくる。




「なに……これぇぇ……」




ネネルは涙を浮かべながら、




気味悪そうに服の上から手を掴もうとするが、どういうわけか掴めない。




そのまま黒い手はネネルの首に到達し、強烈に締め上げた。




「ネネル様!!」




キャディッシュは意を決して黒い手を掴もうとしたが、




伸ばした指がすり抜けた。




実体のない手……。




しかし、ネネルの首は絞め続けている。




「どうなってるんだ! ああ、まずい。




本当にまずいぞ!」




その時、ネネルの周りにバチバチと小さな放電が起こった。




「は、離れて……」




苦痛に顔を歪めながらネネルは、




キャディッシュたちに距離を取るように言った。




その声は何人もの人が重なったような不気味な声だった。




まばゆい放電の光が周囲を照らし、ネネルはギカク化した。




カカラルも野生の勘が働いたのか、




怯えたように鳴いてから遠くに飛んで行った。




しばらくだらんと腕を垂らし、




静かにその場で浮いていたネネルは、




自分の首を絞め続ける黒い手を掴んでむしり取った。




身体の周りに青白く光る電気を発生させ、




真下にいくつもの落雷が落ちる。




「く、雲が……」




キャディッシュたちが見上げると、




ネネルの上空には急速に雷雲が発生し始めていた。




内臓が揺れるほどの雷音が途切れることなく轟く。










ギカク化したネネルはぼんやりとした意識の中にいた。




暴走はしていなかった。




ただ、思考が鈍く、身体もうまく動かせない。




その時、頭の中に女の声が響いた。




『あら、意外ね。雷魔ネネルとあろうものが、




実はギカク化をコントロール出来ていなかったなんて』




「その声……ザヤネ……」




『あったりー。どお、凄いでしょ? こんなことも出来るんだよ』




まるで友達に話すかのような明るい口調だ。




「ふざけないで。姿を見せなさい……」




『それは無理よ。そこからだいぶ離れた所にいるんだもん。




ていうかあんた、私の手を一つ奪ったのよ?




もの言える立場じゃないでしょ。




絶対許さないんだから。ゆっくり殺してやる』




黒い手に力が入った。




ギカク化した力でも抑えるのがやっとなくらいだ。




「私だって……簡単にやられる訳にはいかない立場なのよ!」




ネネルは片手を黒い腕が生えている傷にめり込ませた。




『何やってんのあんた?』




「こっちは500人率いる軍団長なのよ! 




あんたとは覚悟が違うの!」




ネネルは最大出力の電撃を自分の身体に放った。




途端、上下に巨大な雷の柱が発生し、辺りに爆風が舞う。




黒い手は霧状になって宙に舞い、消えた。




力を使い果たしたネネルは意識を失い、




海に向かって落下していった。

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