第120話 リーザとオスカー、最後の夜

夜、ギラク軍野営地


ギラクのテントに黒衣のリアムが入ってきた。


一つしかない翼をたたみ、ギラクの前に座る。


「手ひどくやられた割には楽しそうじゃないか」


小さな火を前にギラクは串に刺さった肉を頬張っていた。


「がははは、こんなに強い軍は初めてだ。


けどな、ようやく俺の望む敵が現れたんで嬉しくてしょうがねえ」


奥のベッドには裸の女が数人寝ている。


「確かに強かった。私が力添えしても無理だったか。


これは驚くべきことだよ」


「なんの魔人だか知らねえが、


あの数の角牛を操るなんざとんでもねえ奴を部下にしたもんだ」


「ふふふ、だが代償もでかい。力を使いすぎたので今は寝込んでいるよ」


ギラクはぐいっと酒を煽った。


「アラギンを捕虜にとられた。1000の兵もだ……


ガオグライは死んじまったようだな」


悲しむ様子はない。死ぬのも仕事だと、


とうの昔に覚悟していたのだろう。


リアムの杯にギラクが酒を入れる。


「こちらも大打撃だ。中央から兵の補充はあるのか?」


「いや、もう間に合わんだろう。明日にでも決着はつく。


こちらは玉砕覚悟だ。もし俺が負けても、その頃にゃ向こうもボロボロだろう。


あとは誰かがやってくれるさ」


「意外に冷静だな。力だけの男かと思ったぞ」


「がはははは言ってくれる! 何が起こるのか分らんのが戦争よ。


だからこそ面白い! 俺はあの褐色の軍団長……名前はなんだったかな……


とにかくあの大男ともう一度殺し合いをしたいんだよ。


あんなに興奮したことは今までなかった。


まったくキトゥルセン軍は美味そうなのが揃ってる!」


ギラクの目は輝いていた。


「戦争中毒者か……私には理解できん」


「……それでいいさ。今日は最高に楽しかった。


明日死んでも悔いはない」


「お前は戦の申し子だな。まあ自分の人生だ、好きにするがいいさ」


リアムが去った後もテントからはギラクの笑い声が響いていた。



リアムは自分のテントに戻った。


ここには数人の私兵も連れてきている。


「リアム様、どうなさいますか? 


先ほどの密偵の件、どうやら信憑性が高そうです」


隊長のハイガーの報告を受けたリアムは


「ならば予定通りキトゥルセンの方を削るか」


とテントの奥の座敷に座った。


「マルヴァジアがキトゥルセンについたら、


カサスもそれに倣うだろう」


「はい。しかもキトゥルセンはカサスにも使者を送っています」


「ほう、動くのが早い。オスカー王子とやらは侮れんな。


クガも中々いい目をしている」


「しかし、ここでオスカー王子を暗殺したら、


キトゥルセンは止まってしまいませんか?」


ハイガーはリアムが座禅を組んだ周りに香を焚いた。


「いや、魔人の二人が中心となって更に暴れまわるだろう。


ザヤネでも手を焼くくらいだ、


ザサウスニアの魔戦力と潰し合うくらいはやってくれる」


別の兵が「入り口を閉めました。これより何人たりとも入れません」


と声をかけた。


「頼んだぞ。私は魔人じゃないことになっているからな」


リアムは深呼吸をし、目を瞑った。







同時刻、キトゥルセン軍野営地


東側を警備していた一人の兵士が急に倒れる。


「おい、フィリエット、大丈夫か?」


同僚が手を差し伸べると、呻きながら起き上がった。


「……ああ、大丈夫だ。悪い、ちょっと水を貰ってくる」


「……無理するなよ」


野営地の中に戻ったフィリエットは、


無数に並ぶテントの間を歩きながら自身の装備を確認した。


「よし、うまく繋がった……中々いい肉体だ。


それにしてもなんと整然とした野営地を作るのか……


相当練度が高い軍隊だ」


すれ違った兵に「オスカー様はどの辺にいるんだ?」と聞いてみた。


「なんだ、補給か?」


「そうだ。ネネル軍団長に呼び止められてな。


急遽使いをやらされてる」


「そうか、ご苦労。あっちだ」


兵士が指差した方を見て、フィリエットは邪悪な笑みを浮かべた。







「難しい顔をしてらっしゃいますね」


リーザに身体を拭いてもらっていた俺は、


急に顔を覗かれて我に返った。


「あ、ああ、悪い。うまくいかなくてさ。


多くの死者を出してしまった……」


温かい湯で濡らした布が、やさしく俺の肩を拭った。


誰かの血しぶきが消えてなくなる。


「……私は幼い頃、父に『失敗したときこそ笑え』と言われたことがあります。


人生はお前の思い通りになるほど小さなものではない、深く考えるなと」


ベッドに腰かけながら、揺れる炎を眺め、リーザの父を思い出した。


「……なるほど、そうかもしれないな」


「あ、でも人が大勢死んでいるのに笑えないですよね、


出すぎた真似を……申し訳ありません、私みたいなものが……」


「いやいいよ、気にするな。……グウェン殿らしいな。


ていうかリーザのお父さん面白いよな、一回しか会ったことないけど」


「ああ、恥ずかしいです。最近父はずっとうるさいんですよー」


リーザは耳を赤くして頭に手をやってふるふると首を振った。


ああ、なんだろう、和むなぁ。故郷を思い出して少し心が落ち着いた。


それからしばらくリーザの故郷の話、家族の話を聞いた。


幼馴染の男がいた事と、


姉が結婚してなかったら、


城のメイドはリーザではなく姉だった事は初めて聞いた。


家を存続させるために半分以上が政略結婚の世界だ。


「大変だよな。皆、家のためだもんな。


リーザも家に残っていればその好きな男と結婚出来ただろうに」


「そんなこと……言わないで下さい」


リーザは俺の隣に腰を下ろした。


「いやこっちも割り切ってるから変な気遣いはいいんだ。本当だよ」


俺の肩にリーザは頭を寄せた。しばしの沈黙。


「……オスカー様は不思議な方です……短い間で私たちの暮らしを豊かにして、


国も大きくして……半島が統一したなんて今でも信じられません。


それなのにまったく偉ぶらないですし……。


そして私たちに対しても、とてもやさしく接してくれて……


私はたとえオスカー様が王族じゃなくても心惹かれていました。


早くオスカー様の子供が欲しいです」


そう言うのも仕事だよなぁ、なんて思うのは無粋か。


しかし、こちらを見つめるリーザの瞳に嘘は無かった。


「ありがとう。リーザにはいつも感謝しているよ」


その後、戦術会議に向かうため外に出た。


待機していたリンギオと合流し、共に歩く。


松明の光に照らされて道行く兵士たちの背中が赤く反射している。


しばらく進んだ時「オスカー様!!」と


リーザが後ろから抱き付いてきた。


なんだなんだと思って振り向いたら、


一人の兵士がリーザに寄りかかっていた。


転んだのか? まあ、暗いからな、なんて呑気なことを思った時、気が付いた。


リーザの腹から剣が飛び出ていたのだ。


剣を握っているのはキトゥルセンの、俺の兵士。


地面が崩れたかのような衝撃。


一瞬、思考が飛んだ。


兵士は剣を抜き、今度は俺に向かって振りかぶった。


しかし、即座に反応したリンギオが攻撃を防ぐ。


俺はその隙にフラレウムを兵士に突き立てた。


「うーむ、手強いな。オスカー王子」


兵士は不気味に笑う。


俺はそいつを燃やした。


燃えながらもそいつは喋る。


「予想以上の活躍だ、キトゥルセン。


このままではバランスが取れなさそうなのでな、


今のうちに力を削いでおこうと思ったがそれも叶わぬか……」


兵士は笑いながら、やがて死んだ。


「リーザ!」


俺はリーザに駆け寄り抱き上げた。


ダメだダメだダメだ!! 死なないでくれ!!


近くの兵が集まってくる。誰かが医術師を呼んでいる。


「オ、オスカー様……オ、スカー……様……わ、わわ私……しに、死に…だく……ない……」


腹からはドクドク血が流れる。


口からもゴポゴポと血が溢れる。


「しゃべるな! リーザ落ち着け! 大丈夫だ、必ず助かる!」


俺はリーザの腹を力ずくで抑え、止血を試みたが焼け石に水だった。


リーザは涙を流しながら、


俺の顔を見ながら、


やがて呼吸を止めた。

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