第195話 ジョルテシア連邦編 交渉の席にて

ネネルはルガクト率いる50名と外交大臣のギャイン、




その補佐役2名を連れて、午前中にジョルテシアに到着した。




残りの軍は道中のペトカルズ共和国に置いてきた。




彼らは逃亡中のライカ・ダリナ・モレッツの捕獲任務だ。




雪の降る上空にてジョルテシア軍の小隊に誘導され、




王城の大きなテラスに着陸した。




「ネネル……久しぶりね」




「……ヴィッキー姉様。この日を夢に……夢に見てました」




兵や文官の中にヴィッキー・ラピストリアはいた。




豪華な灰色の毛皮コート、手には真っ白な手袋。凛とした立ち姿。




二人は静かに抱擁した。




「申し訳ありません。私のせいで………」




ネネルは涙をこらえながら小声で囁いた。




「いいのよ、私はここで幸せだわ。




それより母は残念だったわね……




なんとなくこうなるのではと思っていたけれど。




マリンカは元気?」




「はい。頼もしいです」




ヴィッキーに負い目のあるネネルは、




父を殺めてしまった日から敬語で話すようになった。




ヴィッキーはそれについて特に指摘してこない。




そこに静かな怒りを感じた。




もう昔の関係には戻れない。




破滅まではいかないにしても、




二人の間には常に薄い氷が張っていた。




事実、長年ジョルテシア連邦へネネルは入国が禁じられていた。




今回の会合は二人の雪解けとなるきっかけになるかもしれない。




そうネネルもヴィッキーも静かに期待していた。














会合が始まる前、




来客用の豪華な部屋で待機していたネネルたちに、カフカスが会いに来た。




「カフカスさん!」




ネネルは駆け寄り、抱き着いた。




「おうおう、大きくなって。会議が始まる前にあいさつでもと思ってな」




青い法衣を着た白髪の老人は穏やかな笑みを見せた。




「カフカスさんこそ元気そうで安心しました」




ネネルの無邪気な様子にギャインやルガクトは互いに目を合わせた。




「まさか将軍になっとるとは驚いたぞ。




上手くやっとるようで安心した」




「みんな優しい人ばかりで……私は幸せ者です」




幼い頃のネネルに魔素の扱い方を教えてくれたのはカフカスだった。




二人は数年間、同盟国を旅しながら共に過ごした。




「立派になったな。母の事は聞いた。残念じゃ。




だが今はキトゥルセンの王子と婚姻間近なんじゃろ?」




「ちょっと! 何言ってるんですかぁ~!




そ、そんなことないですってえ!!」




ネネルはバンバンと力強くカフカスを叩くが、




その顔は嬉しそうだ。




「さ、さすが将軍じゃ、力強いの~。




わしみたいな老人は死んでしまうの」




はっと我に返ったネネルは




「ごめんなさいっ!」と慌てて謝った。








二人は別室に移動した。




ひとしきり話をした後、ネネルは懐から黒い球を取り出した。




ザヤネと戦った時、足に埋め込まれた黒玉だ。




ユウリナがザヤネに問いただしたが、




感覚的な話だから説明するのは難しいらしく、




うやむやになっていた。




「ふむ、これは確かに魔素の塊じゃな……




わしでも初めて見る代物じゃ。




千夜の騎士団の〝夜食い〟か……有名な魔人じゃな」




「そうですか。カフカスさんなら知っているかと……」




「古代文明の遺物に、




魔素を操作できる機械があるとは聞いたことはあるが……」




「それ、どういうものですか?」




「わしも詳しくは知らんが、




シャガルム帝国にいるマティアスならあるいは……」




「マティアス……〝ガラスの男〟ですね。




確かに彼なら古代文明に精通してますけど……。




……でもユウリナはそんなこと言ってなかったな……」




「キトゥルセンの機械人か。




機械人も全能ではないからな」




その後、呼ばれるまで二人は思い出話に花を咲かせた。














「我々は特に北ブリムス同盟に対して支援などは行っておりません。




南側はほとんど聖ジオン教ということでまとまりやすいのでしょうが、




ご存じの通り、北は十神教とナザロ教。




同盟や併合の打診は数多く届いておりますが、




我が連邦王国のオスカー王子は、




両国国民の生活が混乱しないよう慎重な姿勢です」




外交大臣のギャイン・ゼルニダは淡々と説明する。




毅然とした物言いで、相手に付け入るスキを与えない雰囲気で話す。




交渉のテーブルにはギャインの他に補佐役2名、ネネル、ルガクト。




ジョルテシア連邦側はパラス国王、




宰相のザン、セトゥ将軍、そしてカフカス議長。




「ブリムス同盟が出来てから、確かに小国同士の小競り合いは減りました。




しかし現在、大陸を二つに裂くような動きを見せ、




このままいけばかつてない大きな戦が始まってしまう恐れが……」




セトゥ将軍は中央に置かれた近隣諸国の地図を見ながら手を組む。




「私は正直、テアトラのやり方が気に入りません。




なのでどちらか選べと言うのなら北ブリムス同盟に加入したいと思っています。




そしてバランスを取るためにも、




あなた方には北ブリムスの力になってもらえると非常に心強い」




国王が真摯な視線でネネルとギャインを見る。




「しかしですね、キトゥルセンはこれまで戦にて領土を拡大してきた経緯があります。




北ブリムス同盟に加担するとなると、また予期せぬ争いが生まれるのでは、




と言う一派も多少いるのが現実ですな」




宰相のザンが国王に釘を刺す。 




「我々は自ら戦を起こしたことはありません。




キトゥルセン王国がまだ北の果ての一小国だった頃から、




全ての戦は敵側から仕掛けられたものでした。




それはこれからも変わらないでしょう。




十神教は平和と平等を求めます。




併合した国々も大きな反対や反乱などもなく、




むしろ両国、両地域の治安や経済は上昇しています」




落ち着き払ったギャインに、




パラス王は幾分安心した表情になる。




「……この際はっきりお尋ねします。




このままいけばキトゥルセンは北ブリムスと手を組むのではないか、




と多くの国が思っています。いや、組むべきだと。




もし正式な要望があれば同盟を組みますか?」




「例えば同盟を組んだとして、




我らキトゥルセンに何か益はありますかな?」




しれっと言ったギャインの発言に、一瞬場が静まり返る。




よく言えるな、とルガクトは横目でギャインを見た。




大陸の命運がかかっているときに。




相手は顔を見合わせ動揺している。




揺さぶりをかけるのはギャインのいつもの手だ。




いつだって為政者は穏やかに見えても腹の探り合いをしている。




場の空気を溶かしたのはネネルだった。




「南のテアトラはずる賢い手でいくつもの国を吸収しました。




南ブリムスとテアトラは実質既に手を組んでいるとみていいでしょう。




更にテアトラは東の大国シャガルム帝国とも同盟を結ぼうとしています。




我々が危惧しているのは、先ほどザン殿が言った通り、




この状態で我らが北ブリムスと正式に同盟を結べば、




それはもはや大陸を二分する戦争の合図になりはしないか、ということです」




ルガクトとカフカスはネネルの発言に眉を上げた。




年齢が若いだけで、中身はもう立派な指導者だと。




この会合はネネルの人脈で実現したものだ。




現在こちら側で、パラス王と対等の役職は七将帝のネネル以外にいない。




ギャインは宰相と言ったところだろう。




そのあたりの事も十分に理解し覚悟しているのだ。




ルガクトは表情に出さなかったが、




自分の娘の成長を見るようで嬉しかった。




「テアトラ合衆国、シャガルム帝国、




南ブリムス連合……対するはキトゥルセン連邦、ミュンヘル王国、北ブリムス連合。




おそらく、お主らが戦争を回避しようとしても、




テアトラはあらゆる手で開戦を仕掛けてくるでしょうな。




あの国はそういう国じゃ……」




「どのみち戦争は避けられぬと言ったところですか……




ならば早めに同盟を組んだ方が益はあると……。




カフカス殿はお詳しいようで……」




ギャインはため息交じりに言った。




「長く生きておるのでの。




オスカー王子は、今回のこの会合、どう捉えておりますかな?」




「ネネル様の親族とのこともあり、非常に前向きです。




双方の条件さえ合えば、と申されました」




風向きが変わり、パラス国王とセトゥ将軍の緊張がやや取れた。




「伝え聞く歌ではネネル殿が実質未来のお后との印象ですが、




間違いありませんか? 




いやなに、無粋な話で申し訳ないが、




オスカー殿と一番距離が近い女性かどうかというのが、




意外にこの同盟の肝と言いますか、




他にもたくさんの候補がいるとの情報がありますので……」




「失礼だ、ザン。口を慎め。ネネル殿は七将帝の一人。




その事実だけでも十分だ……」




パラス国王が叱責の声を上げた時、




遠くから耳鳴りのような音が聞こえてきた。




「ん? 何だこの音は……」




ルガクトが部屋の外に顔を向けた。




はっとネネルも廊下の方を見る。




「魔素を感じる! カフカスさん……」




その途端、壁がバラバラに吹き飛んだ。


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