第二章 半島統一編

第51話 ノーストリリア城改築計画

ネネルは正式にノーストリリア城に引っ越した。


母については何も語らなかった。こちらも聞きづらい事案だ。


ラピストリア家に起った事は〝悲劇〟という言葉以外で何と表現が出来るだろうか。


引っ越す前に恐らくは姉のマリンカと慰め合ったのだろう。


本人はどことなくすっきりした顔をしているので、心配は無用……と思いたい。


部屋は俺の隣だ。ここで懸念事項。


夜の、その、声とか……聞こえないだろうか?


この城に戻ってきた時、ネネルは王の間の壊れた天井を一人見つめていた。


工事は進んでいて半分ほどは修復してあるが、まだ空が見えた。


それからあの時、自分が傷付けてしまった者たち全員に謝罪して回ったと、


バルバレスから聞いた。


なんていい娘なんだと感動した。


……あれ、俺の所には来てないぞ? ま、いいけどさ。


そんなことを思っていたらその日の夜、俺の部屋にネネルが来た。


部屋はろうそくの灯りだけで、二人だけでその空間にいると、


例えるならキャンプの焚火を囲んでるようで、ちょっとキュンとした。


あー懐かしいなーこの感じ。


「オ、オスカー。覚えてないんだけどさ、やってしまったことは事実だから謝るわ。


ごめんなさい。それと、助けてくれてありがとう」


「ネネルは悪くないんだから、謝るなよ」


「あんな怪我させておいて謝らなかったら、父上に顔向けできないよ。


それにこれは私のけじめだから」


そう言えばネネルのレーザーが肩を貫通したんだっけ。


あの時はアドレナリンどっくどくだったから大して気にしてなかったな。


いや痛かったけどね。


「肩はもう問題ない。ユウリナに治してもらった」


ほら、と言って俺はぐるんぐるんと腕を回した。


「うそ、なんで……」


「さあ? ユウリナに聞いてくれ」


少しの沈黙の後、俺たちは同時に噴き出した。


「何者なのよ、あの機械人」


ひとしきり笑い合った後、ネネルは真剣な顔になった。


「……私、キトゥルセンのために生きる。この国が好き。


あとオスカーに救われたし……か、借りを返すために……オスカーのために、い、生きる」


恥ずかしいのか、後半は顔を赤くしてうつむいた。


包帯でグルグルの翼がぱたぱたと小さく動いている。


お? なんだなんだ、この感じ……キッスなのか? キッスなのか!?


ネネルは恥じらいながら目を瞑った。


ついにこの時が。


……もう外交的な問題はないしな。気を使う必要ももちろんない。


ああ、久しく無かったプラトニックラヴ!


ガチャ……。


「オスカー様、失礼します。


今夜の夜番を務めさせて頂きます、メミカ・トーランです……あら?」


夜衣に身を包んだメミカは、ドアの前できょとんとした表情をしている。


何だろう、ネネルがフルフルと震えてるぞ?


「……夜番…………オスカーのばか!」


ネネルは俺のみぞおちにスバラシイ右フックを見舞った。


「ぐへぇ!」


そしてドスドス足音を立てて部屋を出て行った。


「……お邪魔でした?」


メミカは小さく舌を出して微笑んだ。


わざとだ、この女わざとだ。テヘペロじゃねえよ……。


お、女って怖い。





次の日は午前中から円卓会議だった。議題は城の増築計画。


ラムレスが言うには国を三つも併合したのだから、


王城は権威ある立派なものにしなければ! ということらしい。


現在は前世でいう地方の公民館やコミュニティセンターくらいの大きさしかない。


これを7~8倍のデカい城にすることが決まった。


まぁ今は地下資源バブルだし、お金はあるときに使っちゃわないとな。


城の城壁いっぱいまで拡張するので、


本当に中世ヨーロッパにあったような城が出来そうだ。


六階建ての居館、別館、礼拝堂、広場、貯水池を城壁と八つの城壁塔で囲み、


門衛塔付きの大きな城門が堂々と来訪者を迎える。構想はそんな感じだ。


「何か楽しくなってきたな。屋根はこう、円錐状に尖ってる方がいいな。


あとは居館にも大きな塔が欲しいな。そこを俺の部屋にしたいな」


俺が願望を言うとバルバレスがノってきた。


「私は広場の一角に本格的な鍛錬場が欲しいです。


それと城壁塔には兵たちの宿場を作ってもらいたい。


あと塀の上には小さくていいから投石器もあれば完璧ですな」


「食堂を大きく、豪華にしましょう。


美味しい料理は内装や雰囲気も味に影響するとオスカー様も仰っていたではないですか」


「ラムレス、お前は食べる事ばかりだな。


その腹、そのうち破裂するんじゃないか?


……でもそうすると、マイヤーが厨房を大きくしろとうるさそうだな。


あ、クロエに頼めば冷凍室も作れそうだな。冷凍室が出来ればアイスクリームも……」


「むむ、何ですかその美味しそうな響きは……ごくり」


夢は広がる。ギルも前のめりだ。


「ぜひとも私は書物室が欲しいです。


オスカー様の命で、今ユウリナ様が古代文明の知識を本にしていますが、


度肝を抜かれました。数冊読ませて頂いたのですが、あれは我が国の宝です。


正直金銀財宝より価値があるものですぞ」


「それは俺も考えていたよ。大きな書物室を作ろう」


楽しいですな、とラムレスが言うと皆が笑った。


「なあ、ついでに町と外縁の森の間にも城壁作れないかな?」


ふと思いついたことを言ってみた。


もし出来るなら、住民も安心するんじゃないだろうか。


「城郭都市にするという事ですね」


ラムレスはふむと腕を組んだ。


「それは防衛の観点から賛成です」


バルバレスは身を乗り出した。


「計算してみます。少々お待ちを」


すぐさまギルは予算の計算を始めた。


「確かにこの間ユーキンからの報告書で、


ザサウスニア軍が北上したとありましたからな。


町ごと守れるに越したことはないですね」


「その通りだ、ラムレス。仮に戦争が始まったとして、


ここまで攻め込まれた時の事を考えると、やっぱり壁は必要かなと思うんだよ」


ギルは数枚の紙を忙しくめくりながら、眉間にしわを寄せ、計算に勤しんでいる。


まだしばらくかかりそうだな。


「そう言えば、あのリンギオという男はどうなったのですか?」


「ああ、数日前にノーストリリアに入った。


怪我人だからカカラルで一気に運んだんだ。


今はアーカム家の病院にいる。なんだ? 気になるのか、バルバレス」


「ええ、まあ。あの大雪蛇を仕留めた兵士なら我が軍に欲しいと思いましてな」


「あーいや、本人的に群れるのは嫌いだそうだ。


正式にキトゥルセンに来てくれる事になったけど、まだ配属は決めてない。


というかまずは怪我を治して貰ってからだけどな」


「そう言えばウルエスト軍の【三翼】、


キャディッシュ殿からオスカー様に仕えたいとの申し入れがありました」


ラムレスは思い出したように話し出した。


「シーロとマリンカも了承済みか?」


「ええ。友好の証、もしくは忠誠を示すための人員派遣といったところでしょうか。


と言っても本人の希望という事ですが」


「そうか。どのくらいの腕だかわかるか、バルバレス」


「あの三人は軍団長レベルですね。


あの時は室内だったからまだよかったのかもしれません。


おそらく屋外なら相当な速さで上から襲い掛かるでしょう。騎兵の数倍厄介ですよ。


体調や状況次第では私も危なかったかもしれません。だからこそ楽しかったのですが」


楽しかったって……変態じゃん、この人。


「つまり、強いってことだな。じゃあ受け入れよう」


うーん、と言いながらギルが顔を上げた。


「正直申し上げますと……ギリギリです。


しかし大規模工事は大体見積り予算より多くなる傾向がありますので……


3億リルほどはみ出すと思います」


「その程度ならいいんじゃない? どこかから捻出しよう。国民の命を最優先だ」


「オスカー様……なんとご立派な精神をお持ちなんでしょう……ううう」


ラムレスは目を指で拭った。




「ネネル様」


声を掛けられ振り向くと、そこには【三翼】の一人、斧手のルガクトがいた。


「ルガクト、どうしてここに?」


「シーロ様の使いです。併合にあたっての書類などを運んでまいりました」


ノーストリリア城の城門前。兵や商人、メイドなどが頻繁に横を通る。


「あまりお話しする機会が無かったのですが……」


「なに?」


ルガクトは神妙な面持ちになった。


「ネネル様が攫われたあの日、暴走してしまったあの日、


原因を作ってしまったのは私なんじゃないかと、ずっと思っていました。


私が幼いネネル様の精神を乱してしまったから、ギカク化してしまったのではないかと……」


「やめて。ルガクト、あなたは悪くない。あなたは自分の職務を全うしただけよ」


過去を思い出すことは、つらくないと言ったら嘘になる。


「ネネル様はずっと不遇の扱いをされてきました。


母上様にお仕えしながら、私はいつも歯がゆい思いをしていました。


自分は何と無力なんだと……」


ルガクトは悲痛な表情だ。


「ルガクト……」


ネネルはルガクトの斧手をそっと握った。


「ですがこの度、軍の再編に伴いまして、


私が軍を指揮せよとシーロ様に命ぜられました」


ルガクトは顔を上げた。


「そうなの? おめでとう! ……という事はキトゥルセン軍の軍団長になるわけね」


「いえ、私は副官でいたいと嘆願しまして」


「え、どういうこと?」


「……私はあの日以来、ずっとネネル様に仕えたいと願っておりました。


ネネル様が軍団長となり、旧ウルエスト軍を率いて頂けませんか? 


マリンカ様も賛成しています。


後はネネル様ご本人のお気持ち次第です」


急な申し出に、ネネルの頭は真っ白になった。

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