第227話 十二回目の夢とマイヤーの誘惑
「待って!
あなた達、もしかしてリバーランド警備の人たち?」
博士の声に、
一番手前の強面が眉間にしわを寄せた。
「……あんたは?」
「元メルス製薬の社員。ここは私の職場よ」
「全員か?」
「横浜のスカイマークタワーに、
生き残った人たちが集まって暮らしているのよ。
私たちはそこから来たの。
敵じゃないから銃を下ろして。……昴君も」
ゆっくりと双方が銃口を床に向けたが、
まだ一触即発だ。
お互い猜疑の視線をぶつけ合わせている。
「……どういうことですか」
昴は博士に訊いた。
「メルス製薬もリバーランド警備も、
同じ会社の子会社なのよ」
「〝アトランティカグループ〟ですね」
「おお、さすが飛鳥」
秋人は誉めてくれたが、
世界で十本の指に入る巨大企業だ。
メルス製薬も有名企業だし、
知っていて当然だった。
「海外の研究所とかで、
リバーランド警備にお世話になってたし、
会社のロゴマークに見覚えあったからね」
確かに彼らのタクティカルベストにはロゴマークが入っていた。
「……そういうことか。
俺たちはここの研究所には、
独立した自家発電システムがあることを知っていてな。
お邪魔させてもらったぜ」
「いいのよ。あなた達が来た時、誰かいなかった?」
「いや、誰も。形跡も無かった」
「そう……私たちは研究機材を取りに来たの。
その後ろの部屋は無事?」
「何もいじっていない。見てみろ」
私たちは強面の男性に続いて部屋の中に入った。
部屋はかなり広かった。
たくさんあるテーブルの上と壁際の棚には、
機材やPC、書類などが置いてあった。
博士の助手たちはさっそく機材を物色している。
「私たちは機材の選別と、
ちょっとこの環境じゃないと調べられないことがあるから、
しばらくこの部屋に籠るわ。
悪いけど昴君以外は外で待っててくれる?」
私たちは皆、昴を見た。
博士の言うことは問題ないが、
保安局員は保安局員の命令しか聞かない。
「みんな出てくれ。機材搬出の時にまた呼ぶ。
一ノ瀬、〝リマ2〟との連絡を怠らないように。
秋人、その人たちの事は任せた」
「分かりました」
「了解」
廊下に出た私たちは武装を解き、
改めてリバーランド警備の三人と話すことにした。
強面の男性は伊達と名乗った。
三〇代半ばで筋骨隆々、ラグビー選手のようだ。
20式5.56mm小銃に9㎜機関拳銃、
他の二名も汎用機関銃ミニミ、
対人狙撃銃のM24をもっていて、
全員ホルスターには9mmSFP拳銃が差してある。
装備は全て自衛隊のものだった。
「……今までどこに?」
「ここ半年ほどは都内を転々と……。
初めは自衛隊のはぐれ部隊と一緒に行動してたんだ。
俺も民間行く前は自衛官だったんで、
すんなり入れてもらえた。
同僚も一緒にな。
池袋の方に拠点があったんだよ。
けど、月日が経つにつれ人の数は減っていき、
さらには他のグループと撃ち合いになったりで、壊滅だ。
ここの事はずっと頭にあってな、ほんの数日前に来たわけだ」
言い終わると伊達は煙草に火をつけた。
「他にも生き残ってるグループがいるんですね」
小夜は目を丸くした。
「ああ、たまに会うぞ。
今はどうか知らんがな……
で、そっちは? 横浜はどうなっているんだ?」
「見たら驚きますよ。ぜひ一緒に来て下さい」
伊達は仲間の方にちらっと目をやり
「行ってもいいのか? 俺たちも」と言った。
「ええ、もちろん」
それから私たちは、横浜について事細かに説明した。
聞いてるうちに三人共殺伐とした雰囲気が、
徐々に明るくなっていった。
「日本にそんな場所があったなんてな……
ここに比べたら、まるで天国だ」
伊達は信じられないといった表情で笑った。
「そうだ、この前会った集団から面白い映像を貰ったんだ。
この前って言っても半年くらい前だけど。
そいつら千葉の方から来たって言ってたな。
三十人ほどの武装した一般人って感じだった。
そいつらは【ワーマー】の巣の場所を知っててさ、
その映像を貰ったんだよ」
「……巣ですか?」
私と秋人の声が揃う。
【ワーマー】に巣があるなんて全く想像してなかった。
ただただ徘徊しているだけかと思っていたのだ。
人間が感染すると【ワーマー】になり、
一定期間経つと地に根を張り【腐樹】となって実をつける。
やがてその実が孵り、様々な形態の【キケイ】が生まれる……。
それが私たちの知っている【ワーマー】の進化サイクルだ。
「ちょっと待ってろ、吉良、動画ファイル用意して」
吉良と呼ばれた若い男は立ち上がり、
少し離れた場所に置いてあった荷物からタブレットを持ってきた。
「ちょっと見にくいが、ほら」
再生ボタンをタップし、動画が始まった。
画面の中には、
ライトに照らされた階段を降りる数名の兵士が映っている。
どうも在日米軍と自衛隊の混成部隊のようだった。
やがて彼らは巨大空間に出た。
地下施設らしいその場所には巨大な柱が何十本も、
まるでパルテノン神殿を思わせるように並んでいる。
しかし、すぐに違和感を感じた。
床や天井、柱に凹凸があるのだ。
画面はズームされていき……
そこにあるのは、どこからどう見ても、【ワーマー】の卵だった。
ライトに照らし出されたそれは、
【腐樹】の実と同様に、不気味な灰色の光沢を放っていた。
大きさはバレーボールほどで、
隙間が無いほどびっしりと並んでいる。
「ここからだ……よく見ておけ」
伊達は意味深に呟いた。
そこに映っていたのは、
見たこともない巨大な【ワーマー】だった。
全身は捉えられてないが、高さ一五mはある。
顔は人型だが、身体の作りは違うもののように思える。
全身に突起が目立ち、体液だろうか、どす黒く光っている。
筋や筋肉に相当するものが見えている箇所も確認できた。
かなり遠くから撮っているので、
少しブレ気味だが、それでも緩慢に動いているのが分かった。
「……何ですか?……これ」
「おそらくこいつが親玉だ、こいつが卵を産んでいる」
「こんなのがいたなんて……これ全部孵ったらやばいな……」
秋人は苦い顔だ。全員、言葉が出なかった。
「この連中は全滅したそうだ。
映像をくれた連中が面白い事を言っていた。
中国の昆明市に落ちた隕石から、
十三体の〝女王〟が生まれ、
世界の大都市近辺に巣を作ったって噂があると。
で、その内の一体がこれだってな。
そいつらも何処からか聞いた話で、
世紀末の都市伝説だって笑ってたけどさ」
「それでこの場所は?」
「埼玉だ。国道16号線の地下に巨大な施設がある。
……首都圏外郭放水路。
大規模な洪水の時に水を溜める為に作られたそうだ。
東京ドーム二個分の水量が入る広さらしい」
「映像データ、もらえますか」
「いいぜ」
それから私たちは交代で休憩をとった。
昴は部屋から一度も出てこなかった。
執務室の椅子で寝落ちした俺は、
夕食を持って来たマイヤーに起こされた。
「オスカー様かわいい。よだれ垂らしちゃって」
伝書カラスからの手紙や、
脳内チップ経由で次々入ってくる戦況報告に疲れ、
いつの間にか眠りこけてしまったようだ。
「ああ、マイヤーか……。ありがとう」
山積みの書類の間に美味しそうな飯が置かれた。
「あまり無理しないよーに!
はい、特製チキンカツバーガーと山盛りポテト」
うまそー! ジャンクフード万歳!
マイヤーの作る秘蔵の甘辛ダレが入ったこのバーガーは、
俺以外にもファンが多い。
「ねえオスカー様、
最近夜番断ってるそうじゃない?」
マイヤーは俺の膝に乗ってきた。
気付けばエプロンの下は丈の短いスカート姿だった。
おいおい、誘ってるのか?
「そんな気分になれなくて。
アーシュの事もあるし……俺も明日には出発……」
「だからです。今度は一体いつ会えるのか……」
マイヤーは目に涙を浮かべていた。
俺たちは見つめ合い、唇と唇が触れ合おうとした瞬間、
唐突に扉が開いた。
「オスカーちゃん、これ……
あーー!! ちょっと今何してたのー!!」
入ってきたのはロミとフミだ。
マイヤーは慌てて俺の膝から飛び降りた。
「廊下出るから続きして!
覗いてるから続きして!」
「うるさい! 急に入ってくるな!」
マイヤーがポテトを掴んで投げつける。
ああ、俺のポテト……。
しかしまあ、この騒がしさも久しぶりだな。
つかの間の平和に心が温かくなる。
「ロミ、フミ、ブルザックはどうだ?
そろそろ吐いたか?」
「え? ああ、それはもうペラペラと。
明日には報告書にまとめておくわよ」
新手の拷問は上々だ。
こいつらコックじゃなくて拷問官にするか……
その時、視界に緊急通知が来た。
開いて俺は青ざめた。
そこには
『カサス軍及びミーズリー軍、
信号消失。全滅の可能性大』
とあった。
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