第三章 ザサウスニア戦記編

第104話 魔獣カシュブシュ

落下したネネルへ向け、俺とカカラルが急降下した。


「ネネルッ!!」


うまい具合に空中キャッチし、顔を覗き込むと、


眉間にしわを寄せ、煤で頬を汚した美人がそこにいた。


どこも痛がっていない。意識もある。無事だ。


どうやら咄嗟に翼で防いだらしく、


肩周辺の服が焼け焦げ素肌が出ているのと、


髪の毛が多少乱れて、


アホの子みたくなっているだけで済んだみたいだ。


「大丈夫か?」


顔が近かったのかネネルの耳が赤くなる。


「……あ、ありがと」


さすがにこの距離だとこうなるか。


「いける?」


「当たり前よ!」


カカラルの上で羽ばたいたネネルは突風を起こしながら


飛び上がった。


それに呼応するかのように「クウカカカ!」とカカラルが鳴いた。


「頼むぞ、カカラル」


首筋を撫でたら気持ちよさそうに目を瞑った。



迫りくる敵勢力は赤らむ空を背景に、


初めはまるで渡り鳥の大群に見えた。


実際は、すべて翼を持った亜人種の軍だ。


視界に文字が表示された。


魔素確認

魔獣 カシュブシュ

対象1 爆弾コウモリ 

対象2 ガゴイル族


千里眼でも見てみる。


一番たくさん飛んでいるのがガゴイル族だろう。


きわめて人間に近いが、手足は黒い毛が生えていて鋭い爪がある。


翼は薄い膜、顔は犬……に一番近いか。


装備は槍、弓が大半だ。盾を持っている者は少ない。


悪魔の化身、それも最下層。


そういうと多くの人が納得するかもしれない容姿だ。


次に多いのが爆弾コウモリ。


見た目はまんまバレーボールに羽の生えたコウモリだ。


ユウリナのデータベースには体内で燃焼物質を生成可能で、


自らを爆発させることが出来ると書いてある。


さっきのネネルへの攻撃はこれか。


そして中央にいる一際でかい奴が魔獣。


一応ヒト型だが、それでよく飛べるなと思うほどの体躯で、


顔は豚というかコウモリというか、とにかく人ではない。


顔や体中に傷があり、耳や鼻に銀色のピアスが光る。


『オスカー様、大丈夫ですか?』


バルバレスから通信が入った。


『映像を確認しました。援軍を送ります』


こちらはダルハンだ。


他にも次々と軍団長や隊長から通信が入る。


『いや、相手は飛んでいる。ルガクトだけでいい』


『了解しました。すぐに向かいます』


俺はすぐ横の有翼人兵に話しかけた。


「それでいけるか?」


背中に護衛兵団員を乗っけている。


「このままでの実戦は初めてですが、なんとかします」


機動力は大幅に落ちるだろうな。


あまり期待は出来そうもない。


大量の爆弾コウモリが一固まりになって向かってきた。


「オスカー!! いくよ!」


「ああ!」


ネネルは電撃を放った。


バリバリッ! と派手な音があたりを包む。


爆弾コウモリの群れに小規模な爆発が連続して起きる。


俺もフラレウムから炎弾を放った。


炎弾は火球を20コくらいに分けた小さな炎の弾丸だ。


それを機関銃のように連射して撃ち込む。


爆弾コウモリは炎弾と雷撃で爆発しながらバラバラと落ちていく。


気が付けば結構近くまで魔獣カシュブシュが迫っていた。


急に近くの有翼人兵とその背中の護衛兵団員が耳から血を流して落ちた。


「なんだ?」


「おそらく音響波でしょう。正面に行かない方がいいですぞ」


振り返るとソーンがいた。


彼が言うとなんだか説得力がある。


確かに、コウモリっぽいからね。


しかし、目に見えない攻撃とは厄介だ。


『ネネル、あのでかい奴の正面に行くな』


ネネルは雷撃を放ちまくってガゴイル族も容赦なく落としている。


もうすでに一人で100人ほどは仕留めているだろう。


『うん、私もなんかやばそうだなと思ってた』


バリバリと轟音を響かせ、ばらばらと敵を下に落としながら、


あまり緊張感のない声で答えた。


ネネルにとってはさほど脅威はないのかもしれないけど、


普通の人間にとっては結構修羅場だ。


友軍は爆発したり矢を受けたり耳から血を出したりで結構落とされている。


しかし圧倒的に数が少ない中、それでも均衡が保てているのは、


護衛兵団が装備している連弩の存在が大きいようだ。


「バラけるな! 4人ずつ固まれ! 上を取るんだ!」


兵は要所要所で固まりながら上昇して追ってきた敵に矢を落とす。


「魔獣をやるぞ」


俺の合図に【王の左手】がカカラルの周りに集まった。


まるで僚機だ。


リンギオとソーンは連弩、アーシュは投げナイフ、


有翼人も弓を装備している。


速度を上げ、敵集団の外縁をなぞる様に飛ぶ。


風の音が耳を打つ。


なんかエース〇ンバットみたいだ。


イエロー13? ラーズグリーズ? それともガルム1か?


俺の炎弾で前方の敵を処理し、


撃ち漏らしを僚機が仕留める。


爆弾コウモリはほとんど片付けた。


ガゴイル族は俺たちの速度についてこられない。


リンギオはもちろん、ソーンと有翼人達も中々の腕前で、


敵は成すすべなく落ちていく。


やがて敵軍の中に切れ目を見つけた。


目指すは魔獣カシュブシュ。


俺たちは大きく迂回し、上空から一気に敵軍に突入した。


炎弾とカカラルの炎が道を開き、ぐんぐんカシュブシュに近づいていく。


イケる。俺は炎蛇を放った。このまま燃やして終わりだ、


そう思った時、こちらに気が付いたカシュブシュが音響波を出した。


炎が掻き消え、咄嗟に右に舵を切った時、耳がグワーンと鳴った。


一瞬だけ視界が歪み、吐き気が込み上げる。


カカラルも目を回して、飛び方が不安定になってしまった。


「王子! 一旦離脱だ!」


何とか立て直し、地表ギリギリで見上げると、


カシュブシュがこちらに向かってきていた。


これはまずいと思った時『オスカー、危ないから動かないで』


とネネルから通信が入った。


次の瞬間、カシュブシュに強烈な雷が落ちた。


上空からほとんどの敵を撃ち落としたネネルが降下してくる。


「やったか」


「多分」


しかし、カシュブシュは起き上がった。


「タフね……」


「逃げるぞ」


ネネルが腕を上げ、とどめを刺そうとしたとき、


辺りに黄色い粉塵が舞った。


すぐ視界に〝至急退避。毒の可能性大〟の文字が表示される。


「くそ、毒だ! 下がれ! 吸い込むな」


毒が晴れるころにはカシュブシュの姿はどこにもなかった。




「で、しっぽを巻いて逃げてきたと?」


「も、申し訳ありません! 次は必ず……」


ムルス大要塞にてラドー将軍の眼前で膝をつき、


恐怖に慄いているのはガゴイル族の部隊長だ。


「まあいい、フラレウムと雷魔、


それに魔獣が揃っていたんじゃ仕留めきれんだろう。


むしろやられなかっただけマシだ。


こちらもハナから期待してないわ」


その言葉に部隊長はほんの少し安心した。


こんなにやさしい将軍は初めてかもしれない。そう思った。


「しかし、失敗は失敗。責任は取れよ」


近くにいた黒い甲冑を着けた副官が剣を抜く。


前言撤回だ。一気に絶望が襲ってくる。


「そ、そんな……今一度うぐっ!!」


責任を全うした部隊長は赤い水たまりを作りながら、


ゆっくりその身を床に倒した。


「さすがに〝雷魔〟の方は無理だったか……まぁいい」


ラドーは楽しそうに笑いながら大要塞の階段を上がっていった。

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