第29話 機械人

北の採掘場から機械人形が発見されたと報告があったのが三日前。


それがバルバレス軍によって先ほどノーストリリア城に運ばれてきた。


実物を見て驚いた。精巧な人形どころの話ではない。完全な機械だ。


前世を思い出すようなレベルのテクノロジー。いやそれ以上。


表面のくすんだ色の金属には精巧な細かい紋様がびっしりと彫られている。


フォルムは完全に女性で、160cm以上はあるだろう。


頭部はつるんとしていて、顔は映画に出てくるようなアンドロイドのそれだ。


肘や膝の稼働部から内部が見える。とんでもなく精巧な作りだ。


中世の魔物がはびこる世界に来たと思ったのに?


こんなSFが出てくるとは。大どんでん返しだね。


「機械人ではないですか」


バルバレスが言った。


「古代文明の遺物です。確か書庫に資料があったかと……調べておきます」


お、バルちゃん、気が利くね。



次の日、厨房の芋が無くなる事件が起きた。


あんな大量の芋を一晩で? とマイヤーが不思議がっていた。


「どーろーぼーうー」「怖すぎて震えるー」と壁越しに聞こえてくる。


ほんとにあいつらうるさいな。



その日の夜、物音で目が覚めた。まだ真夜中だ。


隣で寝ているメイドのリーザ・ベリサリカの腕をどけて、ベッド脇に座った。


外は雨が降っている。ズリズリと何かを引きずる音が僅かに聞こえてきた。


やだな~こわいな~こわいな~見たくないな~。でも一応城主だからな。


千里眼で城を一通り見た。厨房の前に動く影。


マジかよ、めっちゃこわいんですけど。リーザ起きてくんないかな。


ちょっとゆすってみたら「こぼしてんじゃねーよ」と寝言を言った。


いつもと口調が違い過ぎてビビる。一応謝っておいた。


影はやっぱり機械人だった。


動いてんじゃん。生きてんじゃん、え、なに、昼間は死んだふりしてたってこと?


やだな~こわいな~こわいな~。


俺は魔剣を手に、ナイトビジョンを発動したまま部屋を出た。


途中夜勤の護衛兵3人を連れて厨房に向かう。


足音で逃げてしまうかもしれないので忍び足だ。


「ヤッパリデンプンシツハエネルギーテンカンコウリツガイイワネ……


ア、ブタニクハッケン! イタダキマ……」


「動くな」


機械人は固まった。


「こっちを向け」


両手を上げて機械人は振り返った。護衛兵は剣を抜いているが腰が引けていた。


なんだだらしない、と思ったが自分も同じだった。


「ゴ、ゴメンナサイ。エネルギーガキレソ……ア、エート、オナカガスイテイタモノデ」


あ、謝った。少なくとも話は出来るらしい。


何話せばいいんだ?


「……機械なのに肉食うのか?」


よく分からない状況だったので変な質問をしてしまった。


「あー、なんか騒がしいと思って来てみたら、それ明日使う豚肉……ぎゃーーーー!」


寝着のマイヤーが尻もちをついて、悲鳴を上げた。


「キャーーーー!」


なぜか機械人も絶叫を返した。


うるさい。



機械人はユウリナと名乗った。何千年も前から土の中に埋もれていたらしい。


危険は無さそうだ。


身体には自己修復機能があり、日光や食物から動力を得られると言って、


2階のテラスに居座った。


初めて見たメイドたちはびっくりしていたが、


人間っぽい喋り方をするのですぐに慣れたようだ。


「シバラクオセワニナリマス」と頭を下げたりする。


マイマも頭を下げた。シュールだ。


もう、話しているとほとんど人間。


壁越しに喋っていれば気が付かないかもしれない。


ユウリナは気まぐれに動いたり寝たりする。


まだ本調子じゃなく、二割程度しか復旧できていないという。


動きやしぐさも非常にスムーズで、まったく機械感がなかった。


中に人間が入っていると言われたら、やっぱりね、なんて返してしまいそうだ。


それだけ高性能という事だろう。寝ている時に話しかけると小さくピッと音が鳴る。


耳を澄ますとキュウウウンとかシュイイイインとか身体の中から聞こえてくる。


「ユウリナ。城の外には出るなよ」


「エー、ウソー。イキタイデスー」


子供か。


「お前の姿見たらみんなパニックだよ」


「ヒドーイ。ケドナットク」


「フードを被ればバレないかもしれませんね」


ラムレス、めんどくさい事を言うなよ。


「……分かった。誰かと一緒に行くならいいぞ。守れなければ追放する」


「オスカー、ヤサシー」



見つけて助けてくれたからと、しばらく俺に尽くすと言ってくれた。


「この世界は過去にものすごい技術の文明があったんだな」


「ソウデスネ。ゲンザイノカラダノフッキュウレベルデハオモイダセマセンガ」


そういうものか。


「なんで滅んだんだろうな……」


「ハイ、ザンネンデス。デモ、ホロンデナイカノウセイモアリマスヨ」


「ん? どういうこと?」


ユウリナは寝てしまった。猫か。気まぐれにも程がある。



医術師モルトと見習いモリアが、寝ているユウリナの身体を興味深そうに観察していた。


「うーん、腹を開きたい……」


ぼそっと呟きが聞こえた。


え? ボディをってこと?


俺は紅茶を飲みながら後ろから見ていた。 


「死ぬかもしれませんよ?」


「ここをこっちに引っ張れば……」


おいおい、マッドサイエンティストだよ、この人。


飲んだくれマッドサイエンティストとムンムンナースだよ。


大丈夫? この城の医療。


「ア、ナニスルンデスカ。エッチ」


ユウリナは逃げてった。


モリアはモルトを指差して爆笑した。




別の日、王の間にユウリナとネネルの姿があった。


どうやらネネルの羽に興味津々のようだ。


ネネルは遠慮ないユウリナに戸惑っていた。


「なになに、何なのよ、あんた……」


ユウリナは翼を勝手に広げて「ホウ」とか「ナルホド」とか呟いている。


俺はラムレスの監視のもと事務仕事をしていたから、遠目に見ているだけだったが、


「アタラシイシュダ……ダレノサクヒンダロウ」


との言葉に筆を止めた。


うーむ、謎は深まるばかりだ。




バルバレスから呼ばれてラムレスと食堂に向かう。


文献が見つかったようだ。


「機械人は古い伝承に度々登場します。もっとも数は圧倒的に少ないですが」


「ザド島の洞窟に住む魔獣を倒したり」


ア、ソレトモダチデス


「たった一人で1万の軍勢を相手したり」


ナツカシイ


「伝説の魔剣使い【巨狼のシュペロン】が唯一倒せなかったり」


アノモフモフイケメンネ


「かつての超大国が3体の機械人に滅ぼされたり」


ワタシジャナイワ、サソワレタケド


「神話学者や歴史研究者の間では、


十神教の神々はこの機械人じゃないかって言われています」


ソウイエバマツラレテタナ……


振り向くとユウリナがもっちゃもっちゃとチキンレッグを食べていた。


ちょっとだけ沈黙。


「ええええええええーーーー!」


ラムレスとバルバレスが絶叫した。うるさい。


「ちょっとーそこの機械女、勝手に食材盗むなって言ったでしょー


……ってあんたそれ生じゃない! ねーマイヤー! ここに馬鹿がいるんですけどー!」


「シツレイナ! ロミサン! ワタシノカラダハ……」


「ぶー! 私はフミよ! 間違えるなんてあんたの方が失礼ですぅー」


「グヌヌ」


「うっそー! ロミでしたー!」


「モー、ダマシタナー」


オネエと機械……


「神! 神がここにいますよ!」


「ほんとに? ほんとに?」


デブとマッチョ……


うーん……カオス!


そしてうるさい。


もう部屋に帰りたい。

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