第224話 ビスチェ共和国戦線編 White hair Avenger

十四歳のレオンギルト・ウォーダはその日、




同い年で恋仲のウラと共に湖のほとりにいた。




雲も風もなく、春先の温かい日だった。




湖の水面に陽の光がキラキラと反射して、




白い水鳥の群れが飛んでいる。




レオンギルトとウラはこの瞬間、




世界で一番幸せな二人だった。




ウラの両親が婚姻に許可を出してくれたのだ。




二人の住む村では十五歳で成人となる。




来年の婚姻に向けて、




明日から両家が準備を始めることとなった。




水辺には漁の船がいくつか上がっており、




その隙間で子供たちが走り回って遊ぶ。




「これからよろしくね。




お仕事では、お父様を怒らせないようにしてね」




二つ結びの髪を揺らし、ウラは心配そうな顔をした。




レオンギルトは婚姻したら、




ウラの家の稼業を継ぐことになっていた。




「わかってるって。ダッハさん、怒ると怖いからな……」




レオンギルトは苦笑した。




「あと、製鉄の仕事は危険だから、




怪我しないように気をつけてよ」




「大丈夫だよ。俺は要領がいいし、慎重だから」




二人は見つめ合い、微笑み合って、




それから手を取り、口づけをしようとした。




その時、村の方から悲鳴が聞こえてきた。




一人二人ではない。




遊んでいた子供たちも立ち止まり、村の方を見ていた。




漁師の老人が心配そうに子供たちを呼び寄せる。




やがて村から煙が上がる。




「ウラはここにいろ。様子を見てくる」




レオンギルトは駆けだした。




「レオンギルト!」




村へは斜面の道を上って5分ほどの距離だった。




レオンギルトがついた時には、




至る所に火の手が上がっており、




道端には死体が転がっていた。




とにかく家族が心配だ。




自分の家に行ったら、その先のウラの家に……。




人影が見えてレオンギルトは咄嗟に隠れた。




騎兵が三、歩兵が五、旗には掌の紋章……




悪名高い軍人崩れの盗賊団、ベルジュルク団だ。




家に帰ると両親は殺され、姉は今まさに犯されていた。




悲鳴を上げる姉に覆いかぶさる大男は、




腕に髑髏の入れ墨があり、




腰に豪華な短剣を差していた。




衝動的に落ちていた木片で殴り掛かったが、




大男には全く歯が立たず、




外まで蹴り飛ばされて気を失った。








気が付くと自分の家が燃えていた。




姉がどうなったのか分からない。




周りを見てみると村全体が火の海だった。




もう誰も生きていなかった。




湖に戻るとウラまでも殺されていた。




子供も老人も死んでいる。




レオンギルトは自分の選択を悔やみ、




ウラを抱いて泣き叫んだ。




その瞬間、地面と空間が揺れた。




目の奥に割れんばかりの激痛が走り、




気が付くと見知らぬ場所にいた。




海の見える崖の上。




空は今にも雨が降りそうだった。




反対側は……腐樹の森。




悲しみと恐怖と不安で、




心が張り裂けてしまいそうだった。




あふれ出た涙は腕の中のウラの頬に落ちる。




森には入れなかったので、




何時間もそこで何が起こったのか考えた。




やがて自分の内側に見知らぬ感覚があることに気が付く。




それが魔素だと本能的に分かり、使い方を模索する。




何も食べず、一切眠らず、




丸々二日間、力の使い方を練習した。




始めのうちは近くにしか移動出来なかった。




ここまでこれたのだから帰れるはずだ。




何度も折れそうになる心を、




復讐することだけを考えて耐えた。




もはやレオンギルトの頭には、




ベルジュルク団の壊滅しか頭にない。




ウラは崖の上に埋めた。




埋める前に、あの時できなかった口づけをした。




故郷に帰らせてあげられないのが心残りだったが、




絶対に全員殺すから、と誓った。




それから二週間、魔物から逃げつつ、




使い方をほぼマスターしたレオンギルトは、




自分の村に帰ることが出来た。




髪は真っ白になっていた。














粗暴な男達の笑い声が、




夜の村に響く。




この山間の小さな村はほとんどを燃やされ、




男達は村長の屋敷に集まり、宴会をしていた。




部屋の端には奪った金品が山になり、




その横には縛られた若い女たちが集められている。




反対側には奴隷として売り飛ばす幼い子供達、




それと食料が山になっていた。




屋敷の外に繋いである馬の鞍には掌の紋章が見える。




村人は全員道に転がっていた。




「おい、隊長はどこだ?




こいつらこんないい酒を隠してやがった」




「便所じゃねえか?




さっきまでいたんだが……」




ドシャッ!! とかなり大きな音がして、




騒いでいた男たちは一瞬静まり返った。




開け放された扉の先に、




さっきまではなかった、何か塊のようなものがあった。




見に行った男が悲鳴を上げた。




それは頭がつぶれ脳みそをぶちまけて絶命している隊長だった。




手足もぐちゃぐちゃに折れていて、




じわじわと血が広がってゆく。




男達は酒を放り投げ、外に出るが、




何が起こったのか分からず、




ただ右往左往するだけだった。




そうこうしているうち、




ひとり、またひとりと、




仲間が空から落下し絶命してゆく。




「なんだ、これは!?」




「おい! 何が起こってるんだ!」




男の叫び声が大きくなり、ドシャ!ドシャ!と、




潰れる音が暗闇に連続して響く。




段々と生きてる人間の方が少なくなっていった。




最後に残った大男は太刀を抜いて、




鼻息荒く周りを睨む。




「誰だ! 卑怯者め! 姿を見せろ!」




腕に髑髏の入れ墨がある大男だったが、




膝は震えていた。




大男は気が付くと上空を落下していた。




「うっ、うおおおおおおっ!!!!」




そして太刀を持っていた腕が、




切断されていることに気が付く。




「ッ!! ぎゃああああああっっ!!!!」




「一年前の事、覚えているか?」




急に耳元で男の声がした。




「んああっ!?? だ、だれ……」




男は狼狽していた。




「探すのに苦労した。




だが同じようなクズを何人も殺すことが出来た。




おかげで能力の訓練になったよ」




俺が誰か分かるか?




そう聞かれたが、




一遍に色んな事が起こってそれどころではない。




「ダタ―ル村でお前が犯した女の弟だよ。




どうやら俺は魔人だったらしい」




男が眼前に来た。




白髪だが、まだ少年だ。




一体どうやって移動したのか。




「助けてほしいか?」




「た、助けてくれ!!」




「やだよ」




白髪の少年はにっこり笑うと姿を消した。




途端、股間に激痛が走る。




「ぎゃあああああああ!!!!!!!!」




少年が短刀でめった刺しにしていた。




「俺はな、簡単に殺しはしない。




しっかりと恐怖を感じさせてから、




殺すようにしてるんだ」




地面が目前に迫る。




「うわああああああっっ!!!」




しかし次の瞬間、




男は違う場所の崖の上にいた。




「……あ……あれ?」




雨の中、墓が一つ、




海を臨むようにして立っていた。




「……お前らが殺した女の墓だ。




今からお前に、




死んだほうがましだと思うくらいの苦しみを授けよう。




絶対に喧嘩を売っちゃいけない奴がいるってことを、




お前に分からせてやるよ」




雷が近くに落ちた。




そう言ってニタリと笑う少年が、




男には悪魔に見えた。

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