第130話 マハルジラタン諸島の魔獣

ユウリナ神の命は、




『悪名高いギバに囚われてる、




キトゥルセン軍の女兵士ナナミア・ギークを救出せよ』




というものだった。




救出と聞いてウォルバー・グレイリムは不安に圧し潰されそうになった。




ウォルバーはただの連絡員で戦闘は出来ない。




〝ラウラスの影〟としての活動は、




今まで数回手紙を運んだことがあるのと、




工作員の男を一晩家に泊めたことくらいしかない。




そもそもこのマハルジラタン諸島は大陸から離れていて、




国家間の争いとは程遠い場所だ。




カロ島でのきな臭い探り合いなんて今まで一度もなかった。






ユウリナ神は機械蜂をウォルバーのこめかみに移動させ、




「神の加護を与える」と言った。




脳内チップと知らずに細工されたウォルバーは、




視界に地図が現れ腰を抜かした。




その後、色々と説明され何とか理解したウォルバーは、




その便利さに感動を覚えた。




視界の地図には人が赤い点で示されるので、




どこを通れば誰にも発見されずに侵入できるか分かるのだ。




さらに、機械蜂がウォルバーの腕に移動し、形を変えた。




あっという間に細いくすんだ金色の腕輪になった。




唖然としていたウォルバーに、




ユウリナは更に用途を色々と説明する。




一番驚いたのは5回を上限に放電できることだ。




殺傷能力はないが、大男をも気絶させる威力らしい。




ウォルバーはこれならば、と自信が出てきた。




次の日の夕方には、




短弓と短剣を装備し、黒い外套を羽織りカロ島を出発した。












カロ島から船を出し、真夜中にホゾス島の船着き場に着く。




月も出ていない真っ暗な夜だったが、地図があるので不安はなかった。




『ここからギバの館まで500m。




廃屋や藪がたくさんあるから発見されないように隠れて進むのよ』




「分かりました」




ウォルバーは今まで感じたことのない興奮を味わっていた。




他の人にはない神の加護がある、そう思えば怖いものなどなかった。




船着き場から岩の間の階段を上ると道に出た。




でこぼこの地面にはところどころに水たまりがあり、




両脇は背の高い草で覆われている。




少し進むと壊れて放置された荷車や動物の骨、




倒壊した家屋、捨てられた衣服など、




人間の痕跡が多くなってきた。




四つ角を右に曲がると二階建ての建物が見えてきた。




戸や窓は壊れ、屋根も一部崩れている。




しかし、視界の地図に赤い点が二つある。




人がいるのだ。




『ウォルバー。あの建物にギバ兵が二人いる。




経験を積むためにもやっておいた方がいいわ。




出来る?』




「も、もちろんです」




そうは言ったものの、足は震えていた。




しかし、恐怖よりも興奮の方が大きい。




ウォルバーはゴクリと喉を鳴らしながら廃墟に足を踏み入れた。




一人は一階の隅で焚火をしている。




どうやら串肉か何かを食べているようだ。




傍らには剣が立てかけてあった。




ウォルバーは足音を消してゆっくりと近づき、




後ろから至近距離で弓を引いた。




座っていた敵は横に倒れた。




初めて人を殺したが意外に大丈夫だった。




いけるぞ、俺には才能がある。




もう一人は二階で寝ている。




ウォルバーは階段を上った。




静かに近づいて今度は短剣で心臓を刺した。




自分には神がついている。




自分は神の裁きの選ばれし代行者なのだ。




そう思えば何でもできる気がした。




その後、地図通りに道を進み、




途中、藪に潜んで敵をやり過ごしたり、




立ちションしている兵士を後ろから刺したりして、




順調に進んでいった。




廃村跡で三人が焚火を囲んでいたので、




ゆっくりと忍び寄り、放電で攻撃をしてみた。




電撃を食らった瞬間、三人は声も出さずに倒れた。




あまりの威力にウォルバーは引いてしまった。






空が白み始め、ギバの屋敷が見えた時、




急に辺りに霧が発生し始めた。




なんだ? 明らかに不自然だ……まるで霧が意思を持ってるみたいに……




そう思った時、視界の地図が乱れて消えた。




『ウォ……バー、聞こ……そ……危な……げ……て……』




ユウリナ神の声も聴きとりづらくなり、やがて消えてしまった。




嫌な予感がしてウォルバーは廃墟の陰に隠れる。




やがて霧の中から大型の犬が姿を現した。




その犬は全身真っ黒で額から角が生えていた。




ウォルバーは息を飲む。




全身から冷や汗が溢れた。




恐怖で顎がガチガチと止まらない。




なぜ……なぜ魔獣レギュールがここに?




もう一度覗き込む。




間違いない。




子供の頃から吟遊詩人の歌や、絵本で知っている、恐怖の対象だ。




実在していたなんて……。




ウォルバーは廃墟の床下に潜り込み、きつく目を閉じた。




レギュールは近づいてくる。




来るんじゃなかった。




調子に乗ってしまった。




心臓の音が聞こえやしまいかと恐怖に慄きながら、




「ユウリナ神、どうかお助け下さい」と心の中で繰り返した。




しかし無情にも、足音と荒い鼻息と獣臭さは廃墟の前までやってくる。


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