第58話 六人目の軍団長

レニブ城。


そこでは大量発生したグールをボサップ軍が駆除していた。


攻撃の中核にいるのは、ボサップ・ガランテ軍団長。


褐色の巨人と呼ばれる男。


常人の枠を大きく超えた体躯を持ち、単純な筋肉量はバルバレス将軍より上だ。


4人の槍兵を率いてグールを駆逐していく。


並の兵では扱えない大きな鉾をブンブンと振り回し、


次々とグールの頭を落としていく。


「はっはっは! 爽快爽快! お前ら俺の近くに来るなよ?」


「はっ!!」


門から城に続く中庭には相当数のグールが溢れている。


「火を放て!」


後方の弓隊から火矢が次々と放たれ、広範囲に炎を広げる。


「うーん、いい光景だ……」


ボサップはニマリと笑う。


右側では先ほど部下たちが馬小屋の中にグールを閉じ込め火を付けたのだが、


派手な音と共に壁の一部が焼け落ちて、大きな穴が開いてしまった。


中から火のついたグールが出てくる。


「どいてろ」


「ボサップ軍団長!」


ボサップは足元の丸太を持ち、出てきた数体を一気に薙ぎ払った。


グールが、まるでちり紙のように吹っ飛ぶ。


「こんなものか! はっはっは!」



オスカーの命令はボサップ軍100名をラツカ村、100名を山間の森に展開、


グールを一匹も国内に入れないよう配置しろとのことだった。


現在、レニブの町でグールの駆除をしているのは残るボサップ軍100名と、


増援に来たアルトゥール隊、ルレ隊、各50名の、計200名だ。



有翼人兵が塀の上に降り立つ。


「ボサップ殿! 大通りに大きな群れがいる! 何人か寄こしてくれ」


「分かった。ノワ! 30人連れて行ってこい!」


「しょうがねえなぁ」


悪態をつきながらも親友で副団長のノワは意気揚々と反対方向へ駆け出した。


上空では有翼人のルガクト隊が、各部隊の連絡員として飛んでいる。


どこに何体のグールがいる、というのが分かるので、駆除するのが相当楽になる。


ただ本隊は東の町に避難したという王族の増援に向かったらしい。


「伝令! 小僧共はちゃんとやっているのか!?」


「……小僧とは?」


「増援で来た若い隊長達よ!」


ボサップは笑みを浮かべながら近くのグールを3体まとめて串刺した。


「ああ、二つの隊はゆっくりだが確実に駆除を進めている。既に町の半分は制圧済みだ」


「ほーう、なかなか優秀じゃねえか」


有翼人兵は仕事を終えると再び上空へ舞い上がった。


「俺たちも負けてられねえ! そろそろ城の中も掃除するぞ!」


「オオー!」



正面入り口で4体のグールを一瞬で倒したボサップは、階段で部隊を分けた。


二階、三階は部下に任せ、自身は6名を率いて一階の奥に進んだ。


石の廊下には赤い絨毯が敷いてあり、壁には金のロウソク立てが等間隔に続いている。


向かってきたグールの頭を鉾で突き、ドスドスと足音を響かせながら、


微塵も恐れずにボサップは進んでいく。


倉庫、厨房、武器庫、客間など全ての部屋で計36体のグールを片付けた。


「これで全部ですね……」


キャハハハ……


部下の一人が一息ついた時、どこかで少女の笑い声が聞こえた。


「……おい、今の聞こえたか?」


「ボサップ団長、聞こえましたか?」


「ああ、生存者か?」


「だといいのですが……しかし、なぜ笑っているのでしょう?」


また聞こえた。


「地下か!」


床に耳をつけると、くぐもった声が微かに聞こえる。




地下に続く階段は倉庫にあった。


床に鎖が打ち込んであり、持ち上げると下へ降りる階段が現れた。


底は暗くて何も見えない。


「……よし、お前ら、行け」


ボサップの額からつうと汗が流れる。


「あれ、団長……もしかして怖いんですか?」


「ばばばばか! 怖くなんかないわ!」


ボサップはわざとらしく笑った。


「俺はキトゥルセン軍で一番強い男だ! 


いつかバルバレスから将軍の座を奪い取る予定だぞ! こんな暗闇が怖い訳なかろう!」


「そうですよね、分かりました。では一緒に行きましょうか」


古参兵のトロサーはボサップの肩に手を置いた。


「お、おう」


ボサップは小さく安堵の息をついた。


一行は松明を手に、ゆっくりと階段を下っていった。


下は酒樽があちらこちらに転がっている狭い空間だった。


グールの姿はない。


古めかしいドアを開けると、上階と同じような構造の廊下が広がっていた。


壁の上の方に天窓があり、外の光が辛うじて入ってきている。


松明が無くても充分明るい。


少女の笑い声が一段と近くなる。


気を引き締めながら廊下の角を曲がると、目の前に黒い腐樹が現れた。


しかしそれは通常の腐樹ではなかった。


まるで壁のように廊下全体にその黒い枝が伸びており、


もはや樹と呼べるものではなかった。


中央に人の顔らしきものがあり、口がかすかに動いている。


「……触るなよ」


部下の一人が松明を投げた。


火は黒い壁全体に燃え上がったが、中央の顔は何も反応が無かった。


「ただの腐樹ではないですね」


「こんなのは見た事がないな」


キャハハハ……


少女の声が大きくなる。


「誰かいるのか! ……ん? ……ぐああああ!!」


部下が声を張り上げた時、急に悲鳴を上げその場に崩れ落ちた。


「なんだ!? どうした!?」


見てみると首や腕が腫れあがっている。


やがてその部下は泡を吹いて動かなくなった。


キャハハ……


ベキベキベキ……と腐樹の壁を破って、髪の長い女の子が顔を覗かせた。


「おいおいおい……火の中を……」


少女は燃え盛る黒い壁を壊し、ボサップ達の前に姿を現した。


人ではなかった。


上半身は人間の女の子だが、下半身は蜘蛛だった。


ケンタウロスの蜘蛛バージョンだ。


そして全身灰色の肌……。


「こいつは魔物か……?」


「この騒動の中にいるので、そうでしょうね」


トロサーは剣を構え直した。


その時ブシャっと蜘蛛少女は口から糸を吐いた。


「うぐあああ!!」


ボサップの横にいた兵士がまともに浴び、顔を押さえて悲鳴を上げる。


見る見るうちに顔は腫れ、兵士は泡を吹いて動かなくなった。


「下がれ!」


残る四名の部下に盾で防御の陣を組ませ、ボサップはその後ろから槍を投げた。


槍は蜘蛛少女の足一本を吹き飛ばした。


キャキャキャッ!!


今までと違う声を上げた。威嚇しているようだ。


この時点で容姿や笑い声など人を模しているが、


生物的に全く違う生き物だという事を理解した。


再び糸を吐いてきたが、これは四人の盾が完璧に防いだ。


部下の一人が弓を持っていたので矢を放ったが、


壁や天井を素早く動き回り、中々当たらない。


先ほどの槍で警戒させてしまったみたいだ。


蜘蛛少女が近くに来た。一人が防御を解いて剣を振り下ろす。


しかし難なく躱され、糸を吐かれた。


悶絶して床に倒れこむ。


蜘蛛少女はまた距離を取った。


厄介な相手だ。的が小さいうえに素早い。


ボサップは考えるのは苦手だったが、敵の動きや癖を観察し、ある作戦を立てた。


三人にそれを伝え、鉾を構えた。


部下の一人が弓矢で牽制し、蜘蛛少女を追い込む。


トロサーも短剣を投げ、蜘蛛少女を天井や壁に行かないよう調節する。


「今だ!!」


ボサップの合図と共に、三人の部下は一斉に足元の赤い絨毯を引いた。


少し先で、知らないうちに絨毯の上に誘導されていた蜘蛛少女は、


脚をすくわれて後ろに転倒した。


そうだ、一瞬でいい。一瞬動きが止まれば……。


ボサップは鉾を投てきした。


ドッと、重量のある鉾が、蜘蛛少女の腹に深々と刺さった。

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