第86話 謎の少女
ノーストリリア城下、〝白樹亭〟。
ここは農家が直に経営する酒場で、
新鮮な野菜や豪快な肉料理が売りの王都でも指折りの人気店だ。
その席にミルコップ軍傘下の小隊長ルレと、副隊長のシボが座っていた。
「だからぁ~いいんでしゅよ~わらひの復帰会なんてぇ~」
シボはエールを片手に赤い顔でルレを指さす。
「お前、酔うとへにょへにょするのね」
「わたひもダンジョン行きたかったなぁ~」
「いやいや、結構大変だったのよ? 下手すりゃシボも死んでたかも……」
「な、なにをー! わらひは死にましぇん!
誰よりも剣の腕を……ねえ、あの人凄い食えうね」
「た……タメ口」
振り返るとショートボブの女の子が大食いしている。
確かに尋常じゃない数の皿が並んでいた。
店内でも注目の的だ。
しばらくして食べ終わった少女がこっちに来た。
「あら、ルレ。この間はご苦労様。ここ美味しいわよね。じゃ」
彼女はそう言って店を出た。
「……だあれ? 知り合いだったん?」
「いや……誰だ?」
王都から西に20キロの平原。
巨大な氷柱と、強烈な光を放つ雷がそこに入り乱れる。
実践訓練をしているのはネネルとクロエだ。
宙を舞い電撃を放つネネルに、氷の柱で足場を作り接近戦に持ち込むクロエ。
その時、二人の間にショートボブの少女が割って入った。
「楽しそうなことやってるわね。私も入れてよ」
少女はそう言うと空中でネネルの腹に掌底を叩き込み、クロエを蹴り落した。
「ぐっ……誰? 何なのよ、あんた!」
ネネルが腹を抑えながら立ち上がる。
「あら、これが本当に敵の襲撃なら二人とももう死んでるわよ? ……ん?」
気が付くと少女の足は凍って地面から離れない。
「その言葉、そのままお前に返すよ」
クロエは氷弾を撃ちながら駆けだした。
「そうこなくっちゃ」
王都、外縁の森。新工業地帯。
ファウスト家の倉庫にジェリー商会の関係者が入っていく。
棚には商品が隙間なく並び、
その間のテーブルにマイマ、そしてファウスト家の数人が集まっている。
マイマの護衛としてアーシュも参加していた。
「わざわざお越し頂きありがとうございます。まさかオスカー様直々に来て頂けるとは」
頭を下げたのはマイマの弟、ユスケ。緊張して顔が強張っている。
ファウスト商会を立ち上げ、主にオスカーの企画を商品化している。
「いいんだ。早く完成品が見たくてね。これか?」
テーブルの上に置いてあるのはオスカーが発案し、
ユウリナが設計した『タイプライター』だ。
「おお、完璧だ」
オスカーは一つのタイプを押してみる。カシャンと小気味いい音が響いた。
「オスカー様。これがそれ程重要な商品なのですか?
私には書くのが多少楽になるくらいにしか思えないのですが」
マイマの発言に周りはヒヤリとする。
確かに一国の王子にこんなこと言えるのはマイマくらいだ。
「うん、重要も重要だ。新聞や本が出来れば、
同じ情報を沢山の人が手軽に見ることが可能になる。
そのための魔法の道具さ」
マイマはあまりピンときていないようだ。
そうですかと言いタイプをカシャンカシャン押している。
「遅くなったわ。皆もういるのね」
倉庫に見知らぬ少女が入ってきた。
ショートボブでややきつめの眼差し。
朱色と灰色でデザインされたワンピースで堂々と進んできた。
「誰だ? 止まれ」
すかさずキャディッシュとリンギオが前に出た。
アーシュも腰の短剣に手を伸ばす。
「いや、いい。通せ」
「……知り合いですか?」
キャディッシュは剣から手を放した。
「知り合いも何も、コイツはユウリナだよ」
「えええ!? ユウリナ神!」
「あら、何で分かったのオスカー。皆気付かなかったのに」
「え、あーそうだな……喋り方?
いや、ほら長い間一緒にいたからなんとなくわかるんだよ」
「王子、なにを慌てている?」
リンギオは首を傾げた。
「コ、コホン……まあそれはいいとして、一体どういう手品だ?」
「この間の地下ダンジョンから色々使えそうなものを持ってきたのよ。
それで自分のボディに取り込んだの。
表面を液体金属でコーティングしているからこうして普通の人間にもなれるし、
アップデートもしたからスラスラ喋れるようになったでしょ?
他にも色んな機能を追加したわ。あそこは私にとって楽園ね」
「ユウリナ神よ。あそこに小さな人間たちがいなかったか?
あいつらは無事なのか?」
「リンギオ、君は神に向かってもその口調なのか……」
キャディッシュは首を振って呆れていた。
「ああ、いたわね。安心して、全員解放したわ。
あのあたりの森にでも住んでるんじゃないかしら」
「そうか、よかった」
「リンギオ、あなた見た目とは裏腹にやさしいのね」
「別に……」
リンギオはぷいっと横を向いた。
夜。ノーストリリア、十神教の神殿。
ユウリナは地下へと続く階段を下っていく。
やがて着いたのは図面にもないユウリナの秘密の部屋だ。
室内は回収してきた機械類で溢れかえっている。
「ここもそろそろ片さなくちゃ」
そう呟きながらユウリナは透明のタンクを腹の中から取り出した。
内部は水で満たされ、中心には人間の幼体が浮かんでいる。
大きな頭に瞼もない。ソレはまだ人の形を成していなかった。
その容器を一つの機械に置き、繋げた。
「うまく育つといいけど。うふふ、あなたは最後の切り札よ」
ユウリナはタンクの前に座り、長い間ソレを見ていた。
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